Stage2-24 賞賛と暗躍
床に転がった三人の生徒。
落ちた衝撃で眼鏡が砕けたシェルバ。芋虫のように転がるだけのマルカ。なぜか恍惚の表情を浮かべて尻を突き上げているボーデン。
それらを確認した審判が白旗をあげた。
『な、なんと言うことだ! 蓋を開けてみれば完勝……! 圧倒的な実力です! 昨年は煮え湯を飲まされたリッシュバーグ魔法学院が新戦力をひっさげて、ミソソナ魔法学院を完膚なきまでに叩きのめしました!』
司会による決着のアナウンス。
一拍開けて、観客の様々な感情が載った声が会場に響き渡った。
俺たちを賞賛する声。予想外の結末に驚愕した声。応援していた選手が負けて悔しがる声。
今は耳に届く全ての声が嬉しい。
いろんな声で、俺たちの勝利を伝えてくれるから。
「マシロ。レイナ」
「オウガく~ん、いぇいっ!」
「お疲れ様です」
同じ喜びを噛みしめる二人とハイタッチを交わす。
まだ一回戦だが、この試合がもたらす影響は大きい。
他校はやはりリッシュバーグ魔法学院は強いのだ、とそれまで抱いていた希望を捨て去ることだろう。
少しでも諦めない気持ちに陰りが差せば、勝利の可能性は非常に薄くなる。
だが、今はそれよりも。
「なぁ、レイナ。俺に任せてよかっただろう?」
「……はい。オウガ君をチームメイトに選んで正解でした」
「これからも何かあれば俺を頼ってくれ。レイナのためなら俺はなんでもしよう」
「……わかりました。遠慮無く頼っちゃいますね」
そう告げる彼女の表情は何かが吹っ切れたようだった。
ふぅ……これでなんとか一安心か。
彼女が選択に迫られたとき、俺に相談してくれるだろう。
そうなれば対処がずいぶんと楽になる。
「オウガ~! 格好良かったよ~!」
「みなさま素晴らしかったですわ~!!」
「会長! こっち向いてくださ~い!」
「……さぁ、勝者の権利だ。声援に応えようか」
「そうですね。とても良い気分ですから」
「ありがと~ございます!」
投げかけてくれる賞賛に手を振って、礼をした俺たちは会場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第一回戦突破を祝して~かんぱ~い!!」
「乾杯」
「ふふっ、乾杯です」
マシロのかけ声に合わせて、カツンとグラスをぶつける。
ミソソナ魔法学院との試合が終わり、夕食に舌鼓を打った後、俺の部屋に集合していた。
本当はカレンも呼んで生徒会メンバーでお祝いといきたかったんだが、宿泊施設は関係者以外立ち入り禁止。
なら、せめてカレンも参加できるように外部で行おうとしたが彼女自身に止められた。
『オウガたちなら優勝できるって信じているから。貸し切りできるレストランを押さえておくよ。楽しみは最後まで取っておこう?』とは彼女の言葉。
そう言って送り出してくれた婚約者を悲しませるわけにはいかない。
また一つ、優勝しなければならない理由ができた。
「ん~。冷たい紅茶も美味しいね」
「ああ、やはりレイナが淹れてくれると味が変わるな」
俺は購入していたラムダーブ産の茶葉を利用したアイスティーをレイナに淹れてもらい、再挑戦していた。
店では消し切れていなかった匂いが和らぎ、きちんと楽しめる香りになっている。
「コツがあるんです。お湯で温めた手で優しく揉んであげるとまろやかになるんですよ」
「メモはしたか、アリス」
「はっ、滞りなく」
「ふふっ。ただこうすると手に匂いが付いちゃうのが難点なんですが……」
「本当だ。……でも、こっちは嫌いじゃないな。なぜだろう」
差し出してきた彼女の手をとってスンスンと匂いを嗅ぐ。
茶葉の匂いがしみこんでいるが、その中にほのかな甘い匂いも感じ取れる。
レイナの歴史とも言える……うん、俺好みのいい匂いだ。
「……あ、あの、オウガ君?」
「ん? どうかしたか?」
「私も……流石にそれは恥ずかしいといいますか……」
顔を上げれば珍しく口をもごもごとさせるレイナ。
彼女の言葉を受けて、改めて自分の状況を客観的に見てみた。
異性の先輩の手を取り、その匂いを嗅ぐ男か……ふむ。
アウトだな!!
「オ・ウ・ガ・く~ん……?」
「……すまなかった」
甘んじて怒り心頭のマシロのつねりを受け入れる俺は痛みを堪えながら、レイナに謝罪する。
「い、いえ、ちょっと驚いてしまっただけですから。……と、匂いがついちゃっても美味しいからついつい飲んでしまうんですよね」
そう言ってレイナも美味しそうに、コクコクと喉を鳴らしていた。
「やっぱりお気に入りなんだな」
「ええ……思い出の味ですから」
故郷の特産物だ。彼女にとってはなじみ深い味なのだろう。
そういえばフローネも魔物の軍勢を追っ払ったこともあって、ラムダーブ王国とは深いつながりがあるんだったか。
となれば、レイナとフローネの出会いはこのラムダーブだったん……だろう、な……。
自分の中で点と点が結びつく感覚が脳をほとばしる。
……待て。俺の中でとある最悪のシナリオが浮かび上がる。
彼女がこんな重労働させられているのが生徒会長になってからではなく、もっと考えられないくらい幼少期からだったとしたら?
彼女の心の奥に溜まった負の感情は俺の想像を遙か超える域に達しているんじゃないか。
「……なぁ、レイナはいつからフローネ学院長の弟子になったんだ?」
「……さぁ、いつからだったでしょうか」
「答えてくれ」
「……仕方ないですね。乙女の秘密なんですよ。……五年前からです」
嘘だと直感的にわかった。
なぜなら、彼女の瞳が
彼女は俺に伝えようとしているのだ。いま口にした情報は間違っていると。
そうか……これがお前の頼り方か、レイナ。
あくまで俺が気づくかどうか、試しているんだな。
「もう、どうしたんですか、オウガ君。顔がこわばっていますよ」
この間のようにムニリと頬をつつかれる。
「本当だよ、オウガくん。せっかく勝ったのに、そんな顔してたら損だよ?」
「……そうだったな。水を差してすまなかった」
「いえいえ。気にしていませんよ。よく聞かれる質問ですから」
「……フッ。なら、乙女の秘密でもないじゃないか」
「そういうことは言ってはいけないんですよ」
「……しゅまない」
「ぷっ、あははっ!! オ、オウガくん……すごい……すごい顔してる……!!」
今度は強く唇を挟むように押されて、変顔状態になってしまった。
それを見て、マシロが大笑いして雰囲気が変わったのでよしとしよう。
「それじゃあ、オウガくん、また明日!」
「今日はしっかり休んでくださいね」
「ああ、二人もお疲れ様。おやすみ」
あの後、特に何かが起きるわけでもなく数十分の間、楽しくおしゃべりして解散の流れになった。
……さてと。
「アリス。紙とペンを」
「はっ、すでに用意しております」
「流石だな。優秀なお前がいて、俺は幸せ者だ」
「ありがたきお言葉です」
そう言って、アリスは流れ作業のように俺の横顔を
気にしたら負けだ。彼女なら変なことには使うまい。
それよりも今はレイナについてだ。
父上ならば何か知っているかもしれないと思った俺は詳細を記していく。
「そういえば、アリス。お前に一つ聞きたいことがある」
「私に答えられることであれば、なんなりと」
「試合中に見たあの応援団は何だ?」
「彼女たちはオウガ様のファンクラブを名乗っていました」
……本当にファンクラブだったんだ。
物好きもいるなぁ。前世でもヒーローではなくヴィラン推しの人たちもいたし、彼女たちもそういう類いなのだろうか。
しかし、ファンクラブか……クックック、いい響きだな。
「しかし、オウガ様にはふさわしくないと思い、誠に勝手ながら指導に至りました」
「……そうか」
それであんなに恥ずかしい応援文句になっていたのか……。
「オウガ様の試合は全て観に来るようなので、次回以降も指導を続けるつもりです」
「……ほどほどにするんだぞ」
「かしこまりました」
……と、やりとりをしているうちに書き終えた。
「アリス。悪いが、これを運送屋まで届けてくれ。金銭はいくらかかってもいい。早ければ早いほどいい」
「かしこまりました。早速、行って参ります」
アリスは便せんを受け取るなり、即座に部屋を出て行く。
これで後は父上からの返事が届くのを待つだけだ。
できる限り早いのが望ましいが、父上は多忙の身。こればかりはわがままを言えない。
今まで通り、できる限りのことをしよう。
「……何事も起きなければいいが」
そう決意した俺はかいた汗と焦りを流し落とすためにシャワールームに入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
漆黒の言葉がふさわしい暗闇のトバリが落ちた夜。
ミソソナ魔法学院の宿泊施設の外出時間を過ぎているにもかかわらず、出歩いている生徒がいた。
「くそが……レイナ・ミルフォンティ……!」
対抗戦前とは縁の色が違う眼鏡をかけたシェルバは憎しみをこめて、ライバル校であったリッシュバーグ魔法学院の生徒会長の名前を口にする。
「おかしいだろ……この僕が負けるぅ……? それも一年コンビとのパーティーだぞ」
文字だけ並べれば負ける要素はどこにもない。
だが、残った事実は自身の敗北だ。
シェルバはそれが受け入れられず、目を覚ました後からずっと荒れていた。
善戦でもしていたのならもう少し溜飲は下がっていたのかもしれない。彼が食らったのは見事なまでの完封。
一切の見せ場がなかった。三年として何の実績も残せなかった。
「あいつが、あの【落ちこぼれ】さえいなければ……!」
次なる怒りの矛先はオウガ・ヴェレットへ。自身を倒したヴェレット公爵家の息子。
彼はレイナ・ミルフォンティとの再戦を思い描いていた。そこで奴を倒せば、尊敬するフローネ・ミルフォンティ先生の弟子にしてもらえるだろうと明るい未来を見ていた。
蓋を開けてみればレイナ・ミルフォンティは自分に興味すら持っておらず、挙げ句の果てに魔法を使えない男に負ける始末。
これでシェルバ・アンセムという魔法使いの評価は地に落ちた。昨年の優勝はただのまぐれと大半に見られ、卒業後の道も一気に閉ざされる。
「殺す……殺してやりてぇ……」
魔法使いとして、これほどまでにない屈辱感が彼の心をむしばむ。
――不運というのは重なるものだ。
きっとこれがラムダーブ王国という舞台でなければ、彼はこれ以上奈落へ転げ落ちていくことはなかったのだろう。
だが、無情にも賽は投げられ、悪魔が微笑んだ。
『力が欲しいか?』
「あぁ……?」
シェルバの前に現れたのは奇妙な仮面を着けた男とも女ともわからない黒ローブ。
仮面に見初められた彼はなぜかその場から脚が動かなくなっていた。
『オウガ・ヴェレットを殺す力が欲しいか?』
「……フッ……クハハ……! できるのか、そんなことが……」
『貴様が望むのであれば』
「欲しい! あいつを殺す力が! あいつより強いと証明すれば、僕は、僕はまだ……!」
シェルバはもうその言葉が己の意思なのかどうかも判断できていない。
頭を支配するのは力への渇望とオウガ・ヴェレットへの強烈な殺意。
『いいだろう。ならば、存分に暴れてみせろ』
「ガッ!?」
シェルバの首筋に突き立てられた緑の液体が入った注射器。
黒ローブは彼の体内へと液体を注入していく。
それを全て体内に受け入れたシェルバの肉体に変化が起きるのはすぐだった。
「あっ……これなに……ぐっ……!」
ボコリ、ボコリと筋組織が隆起したり、へこんだり、紙のようにくしゃくしゃと変化する。
己の肉体が自分の物でなくなっていく感覚をシェルバは感じ取っていた。
「アッ……グォ……アァァァァァァ……!」
夜に、新たな怪物の咆哮が響く。
それを黒ローブは冷酷なまなざしで見つめていた。
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