Stage2-21 抽選会での一波乱
「わぁ……! 本当にこれが食べ放題なの……!?」
「リッシュバーグの生徒は貴族ばかりだからな。 食事の基準も高く設定されているんだよ」
「そうなんだ。えへへ、入ってよかった、魔法学院!」
「……さっきまであんなにケーキを食べていたんだ。これから何日もあるんだし、無理に食べないようにな」
「甘いものは別腹だよ! いっぱい食べるぞ~!」
「満腹になったら眠くなってしまうぞ」
「んふふ~、大丈夫! 今日のボクは元気百倍だから!」
数十分後。
「んん……もう何も食べられないよ~……」
「案の定だ」
観光が終わり、カレンと別れた後夕食のバイキングに目を輝かせたマシロはそれはもう食べに食べまくった。
カレンが見れば、自由に食事ができるマシロの姿をうらやましく思うくらいには。
聞けば、どうも彼女はお腹が太らない体質らしい。多分、栄養が全てその豊満な胸に吸収されているんだと思う。
ありがとう、神様。おっぱい栄養回路をマシロに授けてくれて。俺は神に感謝した。
お腹いっぱいに膨れ上がった彼女は抽選会の時間まで俺とカードゲームで遊んでいたのだが……途中でうつらうつらと船を漕ぎはじめ、眠りの世界に誘われたわけだ。
今は俺の部屋のベッドに運んで、気持ちよさげに夢を見ている。
「フッ……愛らしい寝顔だ」
顔にかかった髪をもとに戻して、そっと頭をなでる。
さらりとした手触りで、よく手入れされているのがわかった。
「アリス。俺は抽選会に向かわなければならない。一人でも問題ないからマシロに付き添ってやってくれるか」
「かしこまりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」
「留守は頼んだぞ」
頭を下げるアリスに見送られて、俺は部屋を出る。
各魔法学院の宿泊施設は上から見れば雪の結晶状に配置されており 、その中心部が抽選会場だ。一階のエントランスから直接つながっており、誰かに襲われたり、迷子になる心配は無い。
抽選会場には出場するチームの代表が一人いれば良いので、マシロは部屋で寝ていても問題ない。
俺もあのまま彼女の寝顔鑑賞を楽しんでいてもよかったが、他校の生徒の実力がどんなものか直接感じたかった。
出場選手は各学院に行き渡っており、データはもちろんあるがあくまで昨年のもの。急成長を遂げている奴だっているだろう
アルニアとの決闘と同じく【
「あら、オウガ君。来ていたんですね」
入り口に着くと偶然、中に入ろうとしていたレイナと目が合った。
「ああ、どんな奴らがいるのか見ておきたかったからな」
「熱心で私は嬉しいです」
だったら、もっと嬉しそうな表情をしてほしい……とは言ってはいけないんだろうな、きっと。
「家族との時間は楽しめたか?」
「……えぇ、おかげさまで。そういえばリーチェさんとメイドさんの姿が見当たりませんが……」
「マシロはお腹いっぱいで寝ている。アリスはそのお守りだ」
「ふふっ、なんともリーチェさんらしいですね」
「そんなところも可愛いんだが……立ち話もあれだ。席に座ろう」
「そうですね。もうすぐ始まるみたいですから」
抽選会場は俺の想像していた以上に広かった。リッシュバーグの大講堂 に負けず劣らず。
奥の壇上には、それぞれの部門のトーナメント表が貼られており、すでに魔術戦部門以外は終わっているみたいだ。
見渡せば他の学院の生徒はすでに着いているらしく、空いている席は俺たちのところだけだった。
メンバーが三人来ていないのも俺たちだけなのもあるが……まぁ、なんというか、ずいぶんと視線を集める。流石はレイナ・ミルフォンティ。
中には嫉妬に似た感情をわかりやすくぶつけてくる奴もいた。
レイナは実力 も然る事ながら、見た目も人を惹きつける魅力的なものを持っている。
そんな彼女の隣に噂の【落ちこぼれ】が座っているのだから、仕方が無いか。
「……あまり気にしないでくださいね」
「慣れている。むしろ勲章だ」
嫉妬する。それはすなわち俺がレイナの隣にいてお似合いという評価をもらったということだから。
「どうやら始まるみたいだな」
壇上にスーツを着た男性が
彼は小さく礼をすると、挨拶をする。
「みなさま、お集まりいただきありがとうございます。学院魔術対抗戦の運営委員会です。それではこれより魔術戦部門の抽選会を始めたいと思います。すでにご存じではあると思いますが、改めて抽選方法の説明をいたします――」
彼が語った内容を簡潔にまとめるとこうなる。
出場チームは各校一チームの計九チーム。一校だけ抽選でシードが与えられる。
昨年の成績がよかった学院から順に演台に置かれた魔法の札――魔力を込めると文字が浮かぶ仕組みになっている――で作られたくじを引く。
一日二試合。全ての順位を決めるので合計六日間の勝負で、魔術戦は対抗戦開催各日の最終種目となる。
魔術戦が最後に持ってこられるのは単純に人気が高い部門だから。
一級品の魔法と魔法がぶつかり合う瞬間を生でお目にかかれる機会はそうそう無い。
故に花形とされ、有力な代表選手にはファンもついており、その声援も凄まじいものになるという。
「どちらが引きに行きますか?」
「俺はあんまり運が良くないんだ」
「でしたら、私が行きましょうか」
そう話している内に昨年の優勝校であるミソソナ魔法学院の名前が呼ばれ、代表者が壇上に上る。
「ミソソナ魔法学院。代表のシェルバ・アンセムです。よろしくお願いします」
……ん? あいつ、今こっちに視線を送ったような……気のせいか?
……いや、違う。あの男の視線……ちょうど似た種類のものをつい先月に受けたばかりだ。
シェルバと名乗った眼鏡の男が迷いもせず右端の札を取ると、「1-A」の文字が浮かびあがる。
これでミソソナ魔法学院は第一試合であることが確定した。
「リッシュバーグ魔法学院の代表者は壇上へ」
「それでは行ってきますね」
レイナは席を立ち上がると、綺麗な所作で札の前へ。
これまた彼女も迷うそぶりを見せずに真ん中の札を取った。
そこに書かれていたのは――
「リ、リッシュバーグ魔法学院……1-Bです」
会場にざわめきが生まれる。
致し方ない。昨年の優勝校と準優勝校が一回戦からぶつかり合うのだ。
運営側はいきなりの ビッグマッチに興奮を隠せず、他校の代表生徒は強敵同士が潰し合う展開に目を光らせている。
「どうやら私も運が悪かったみたいです」
席に戻ってくるなり、レイナは告げる。
「優勝するならどうせ勝たなければならないんだ。遅いか早いかだけの問題さ」
「たくましい仲間で一安心しました」
「それはこっちの台詞だ」
レイナも 言葉とは裏腹にまったく緊張した素振りなど見せない。彼女も順番などに微塵も興味が無いのだ。
どこに入ろうが勝ち続ければ良いだけ。そういう脳筋思考をしている。
波乱の開幕にどよめきは収まらないまま、抽選会は進んでいき全学院が出そろった。
この情報は運営を通じてラムダーブ王国内に伝えられ、明日の朝は大盛り上がりを見せるだろう。
「さて、俺たちも帰ろうか」
「そうですね。早速ですが明日の打ち合わせでも……」
レイナの言葉が止まったのは俺たちの行く先に三人の男女が立ちはだかったから。
そのうちの一人は、さきほどこちらを見ていたシェルバだ。
「やぁ、ミルフォンティ。舐めた真似 をしてくれるね」
知性的な見た目をしていながら、ずいぶんと武闘派な挨拶だ。
いきなり場外乱闘とは……もしかして他校もアルニアみたいな奴ばかりなのか……?
もしそうなら嫌気がさす。俺の外部ハーレム計画が頓挫するからな。
「舐めた真似というのは……どういう意味でしょう? 少なくとも私は勝つつもりのチームを組みましたよ?」
「おいおい! 入学して間もない一年を入れて、そんな言い分が通用すると思うなよ。お前みたいなイレギュラーがそう何人も現れるわけないだろう」
「そう言われましても……うーん。彼はあなたたちよりも遙かに強いと思います。ね、オウガ君」
……ここで俺に振るのかよ。
レイナは俺の肩を掴むと、盾にするように前へ押し出した。
シェルバはジロジロと俺の姿を見ると、小馬鹿にするようなため息をつく。
「……レイナ・ミルフォンティも落ちたものだ。やっぱり君はフローネ先生にふさわしくない出来損ないだよ」
「――おい。今の言葉を訂正しろ」
どこまでもレイナを見下す態度に、俺も強い言葉で返す。
俺を馬鹿にするのは大いに結構。
だが、こんな観衆のいる前で大切な仲間を罵倒されて、黙ったままなんて恥ずかしくて実家に帰れなくなってしまう。
それこそ「ヴェレット公爵家の恥」になるだろう。
やるならばやりかえされる覚悟を持っていないとダメだ。
「はぁ? なんで? 彼女はそもそも僕たちに負けている。それが事実だ」
「それを言うならたった一人にギリギリまで追い詰められての辛勝だろう? よくそれで威張れるものだ」
「チームメイトのせいだとでも? だったら、なおさらだよ。今年の方がもっとひどい! 一年の代表なんて長い歴史でもほとんどいない。まして活躍した選手なんて、そこにいるレイナ・ミルフォンティだけだ! あの英雄【雷撃のフローネ】の弟子のね! これで出来損ない以外、なんと言うんだ?」
「知ったことか。過去にオウガ・ヴェレットはいない。ならば、そのデータは意味が無い」
「アッハッハ! 確かにお前にデータは関係ないだろうね……。だって、あの【落ちこぼれ】なんだから!」
俺の正体に気づいていたシェルバはひときわ大きい笑い声を上げる。
奴だけじゃない。俺を馬鹿にした笑いは後ろの二人にも伝播していく。
「確信したよ。レイナ・ミルフォンティは今年も捨て駒を用意して、自分だけ助かるつもりなんだ。僕たちには勝てないと悟ったから、こんなメンバーを選んだんだね」
「そうか。だったら、お前の目は節穴というわけだ」
「……あまり調子に乗るなよ、【落ちこぼれ】。僕に対して、どんな口を利いているんだ?」
「実力の差もわからない格下にはこれで十分だと思ったんだが……違ったか?」
その瞬間、俺の首元に腕が伸ばされ、胸ぐらを掴まれる。
レンズ越しに怒りの形相が見えた。
「その面、二度と外を出歩けないようにしてやるよ」
「わざと避けてやらなかったことに気づかない程度じゃあ、一生無理だな」
「……ちっ。口だけは公爵家レベルだな」
数秒にらみ合った後、シェルバは捨て台詞を残して、この場を去る。
あの男、ずいぶんとレイナにご執心みたいだ。
「すみません、オウガ君。ここまで酷いことになるとは……」
「気にしていない。それよりもどういう関係だ? ただの他校の生徒同士という関係には思えなかったが 」
「彼は昨年、先生に弟子入りを断られているんです。そのいらだちを負けてもなお弟子で居続ける私にぶつけたんだと思います」
「そういうことか。なら、安心した」
「安心、ですか?」
「ああ。格下と思い込んでいる俺が倒せば、伸びた天狗の鼻も折れるだろ?」
「……オウガ君は意外と血気盛ん ですよね」
「大切な人を馬鹿にされたら怒るのは当然じゃないか?」
「ああ、リーチェさんを」
「いや、マシロもそうだがレイナ。お前もだぞ」
俺の言葉を受けて、レイナはぱちくりとさせる。
どうしてそんなに驚くのか。もう一緒に過ごすようになって結構経ったと思うんだが、まだ俺のアピールは足りていなかったのか?
……だが、いい。ますます気に入った。
簡単になびかない。それは義理立てが深いという証左にもなる。
俺の下で働くことになった暁には、そう簡単に裏切らないというわけだ。
「……オウガ君は誰にでもそんなことを言うんですか?」
「そんなわけないだろう。俺にとって特別な相手だけだ」
「……ちょっとだけリーチェさんたちの気持ちが理解できた気がします」
「ん? どういう意味だ?」
「なんでもありません。明日の朝、オウガ君の部屋にお邪魔して良いですか? 作戦の確認をしたいのですが」
「マシロを起こすのも忍びないからな。わかった。なら、朝食後にそのまま俺の部屋に……の流れで頼む」
「わかりました。それでは」
明日の予定を確認し終えて、レイナは自室のある方へと向かう。……が、その途中でこちらに振り返った。
「……おやすみなさい」
慣れない様子で小さく手を振ってくれて、気を抜いたら聞き逃してしまいそうな小さな声でそう言ってくれる。
「ああ、おやすみ。また明日」
「……はい、また明日」
今度こそレイナは背を向けて、歩き出す。
ただ、その足取りはいつもよりも早く思えた。
……眠たかったのか?
眠気を我慢してまで挨拶をするとは律儀な奴だ。
さて、俺も一日歩き回って疲れた。
慣れない環境で自分ではわからない疲れもあるだろう。明日を万全の状態で迎えるためにも早く寝るとしようか。
――ドアを開けると、ベッドの上でマシロが土下座していた。
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