Stage1-30 【聖者】

「――以上が今回の顛末よ」


「うむ。報告感謝するぞ、フローネ・ミルフォンティ」


リッシュバーグ魔法学院のさらに奥にそびえたつ王城。


数百年と続くロンディズム王国の繁栄と共に生きてきた国のシンボルはいつまでも変わらない美しさと威厳を兼ね備えている。


一国の長とその家族が暮らす豪華な建造物の一室。


誰にも悟られないように明かりもついていない、閉められた窓から射し込む月明かりが照らすのは王城と同じく年老いながらも貫禄を感じさせる男。


アンバルド・ロンディズム。


正真正銘、この国の頂点に立つ人物だ。


「しかし……そうかそうか。ゴードンのせがれは気絶するほど喜んでいたか」


「ええ。今ごろ看病されながら二人の時間を楽しんでいるんじゃないかしら」


今回のカレン・レベツェンカに関する一連の騒動はオウガ・ヴェレットと私、そしてアンバルド国王にとっても都合がよく、それぞれの思惑を進めるために協力ができる一件だった。


オウガ・ヴェレットは幼馴染のカレン・レベツェンカをバカ王太子から救うため。


私は二人を婚約させ、未来に優秀な遺伝子を残させるため。


そして、アンバルドは――腐ったこの国を立て直すため。


「でも、よかったの? わかりきっていた結果だけど、これであなたの息子の地位は大きく落ち込むわよ?」


「後悔が無い……と言えばウソになるが、アレにはこういう経験が必要だった。婚約者を持てば変わると思ったが、幼少から選民思想の強い子供だったからな」


「あの女癖の悪さも?」


「それはすり寄ってきた貴族にでも教えられたのだろうよ。もっとも私が国にかまけて放置した結果がこのざまだ。責任は私にある。どうなっても最後まで責任を持って面倒は見るつもりだ」


「……あなたも苦労するわね」


「それはお互い様だろう。お前もよく働いてくれている」


その言葉に私はニコリと微笑んだ。


私は現場を離れてから常日頃から後進育成に精を出している。


彼はきっと国の未来を想っての行動だと考えているだろう。戦場も共にした経験だってある。だから、こうして気軽に王室に私を招き入れている。


……まだ私の本当の狙いには気づいていないようね。


表情を観察するに、こちらへの疑いは一切見られない。


私は一度も国のために生きたと思ったことはない。全ては私のため。


私の時間は全て私のために使っている。


優秀な若き芽を育てているのだってそう……すべては彼ら彼女らの血を組み合わせ、優秀な命を生み出させ――


「いやはや、だがまさかフローネからもオウガ・ヴェレットの名前を聞くとは思っていなかった」


ふと沈みかけていた思考が引っ張り上げられる。


そうだ。私は聞かなければいけないことがあった。


「あなたは知っていたの? 彼の存在を」


「ああ。なにせゴードンが『私の息子は天才だ! 将来、国を背負う職に就く』と何度も自慢していたからな。あの悪人面から息子ののろけが出るんだから何度も笑わせてもらった」


「へぇ……魔法の適性がないのに天才だと。どうしてかしら?」


「詳しくは聞いていないがな。半信半疑だったが、最近の活躍を聞けば嘘だとは言い切れまい」


胸の内で舌打ちを漏らす。


流石に外交で他国と舌戦を繰り広げているだけあって情報の大切さを知っていたか、ゴードンめ。


奴が悪徳領主と罵られるのもわざと腐り切った貴族グループに所属しているからだ。


実態はアンバルドの懐刀。情報を入手し、国王へと流している。


「貴族らしからぬ振る舞いを続けている。だが、私が望む貴族の尊き姿だ。だからこそ、彼女も彼の下に就いたのだろうな」


「彼女というと……やはりあの従者は」


「フローネならすでに気づいていると思うが、我が国の騎士団長だった者だよ。彼女もまた優秀な人材だった……いかんせん正義心が強すぎたがね」


辣腕を振るう元聖騎士団総隊長のクリス・ラグニカを思い出したのか、彼は苦笑して手元のワインを一口含んだ。


「恐れを知らない彼女は貴族の闇の部分に切りこもうとした。だが、平民出身の彼女には後ろ盾がない。いくら強いとはいえ単身では限界がある」


「だから、絶体絶命に追い込まれる前に追放したの?」


「本当は助けてやりたかったがね。まだ私の計画に気づかれるわけにはいかなかった。当時は追放して、身を守ってやることしかできなかったのさ」


彼はわざと愚王を演じている。


繁栄と共に私腹を肥やしている貴族を、腐り切った貴族精神を成敗するために。


彼は小さなころから愛しているのだ、この国を。


人生を投げうってでも立て直そうと覚悟を決めるくらいには。


「……でも、こうしてまた舞い戻ってきた」


「因果とは巡る物だな。それも自身と同じ志を持つ主人を見つけてだ。昔以上に今の彼女は充実しているだろう」


「ええ、とても生き生きしているわ。国に仕えるよりも幸せそうよ」


「何とも恥ずかしい話だな」


そう言う割にはずいぶんと嬉しそうだけれど……いえ、喜んでいるのでしょうね。


彼にとって確かに良い未来へと向かっているのを肌で感じているから。


「だが、フローネもよくレベツェンカに婚約破棄の条件を呑ませたな。どんな方法を使ったんだ」


「簡単よ。オウガ・ヴェレットが負けたら、レイナをあげると言ったの」


そう言うとアンバルドは一瞬だけキョトンとしてからこらえきれないと言った感じで大笑いした。


「ハハハッ! ずいぶんと思い切った賭けに出たな!」


「賭けでも何でもないわ、あんなの。オウガ・ヴェレットが勝つと誰だってわかる」


本当は奴の【マジック・キャンセル】も見たかったのだけど。


まさかそれすら引き出せないくらいアンバルドの息子が弱いとは思わなかった。


……いや、オウガ・ヴェレットが強すぎたのか。


どちらにせよ奴の実力を知っているならば、どちらにベットするかなんて悩む必要すらなかった。


「レベツェンカはずっと優秀な男の跡継ぎを欲しがっていたからな。何度も結婚と離婚を繰り返している。そんなところに弟子を差し出そうとするとは……お前でなければできない芸当だろう」


結果をわかっていたとしてもな、と彼は続ける。


「今回の一件でレベツェンカ家との縁も切れた。ゴードンの息子には感謝しないとな」


これでレベツェンカは一気に動きにくくなるだろう。


元々、娘が国王の婚約者だったから好き放題やれていた風潮はあったから。


アンバルドにとってもいい方向に話は落ち着いた。


「カレン・レベツェンカも彼に似た善性の持ち主だし、近い将来、一気に情勢は変わるわね」


「ああ。あの二人によって国は清き姿に正されていくだろう。もし、すべての膿を吐き出させることに成功したならば――」






「――私はオウガ・ヴェレットに国王の座を譲ってもいいと考えている」





ただの気紛れから出た言葉じゃない。


期待が乗った声音がしんと静かな部屋に響く。


「……私のほかに誰も聞いていないとはいえ、ずいぶんと踏み込んだ発言ね」


「ただの一つの可能性だとも。有りえないと我ながら頭を振って忘れる程度の思いつきだ。だが、私は夢を見ているのだ、彼なら至れるかもしれぬとな」




「この国を救済する聖なる心の持ち主――【聖者】に」







◇以上で第一章は終わりです!そして、終わりと同時にご報告を一つ。

 

 この度、本作の書籍化が決定いたしました~~!!


 つまり、オウガの格好いい姿(勘違い)や笑顔で悪党を切り殺すアリス、おっぱいで童貞オウガを殺すマシロ、生徒会長の前でメス顔を晒すカレンがイラストで見れるというわけですね!!(白目)


 もちろん内容もパワーアップさせてお届けする予定ですので、書籍版も応援よろしくお願いします! 詳細はまた発売日が近づいてきた時に改めてご報告させていただきます。


 それでは引き続き、第二章でお会いできれば幸いです。    ◇

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