Stage1-28 全てが俺には見えている

「きゃぁぁぁ! アルニア王太子~!」


「頑張って下さ~い!」


「そんなやつなんか倒しちゃって~!!」


 アルニアへ向けられる黄色い声。


 対峙する男は人のいい笑顔を浮かべて、手を振っていた。


 彼女らはアルニアが勝負に勝った時の報酬にマシロとアリスを選んだと聞いたら、どんな顔をするのだろうか。


 修羅場か? いや、アルニアが色んな女子生徒をとっかえひっかえして遊んでいるのは周知の事実。


 それでも醜い争いが起きないのはカレンという正妻がいて、あくまで彼女たちは王家とのつながりを持ちたい思惑があるだけだから。


 少しでもポイントを稼いでおきたいのが本音だろう。


 とはいえ全員が全員、アルニアの味方ではなさそうだ。


「ボコボコにされろ! オレの婚約者を奪ったクソ野郎め!」


「学院に来てから婚約破棄の連続だぞ! 今度はお前が同じ目に遭え!」


「ヴェレット~! 俺たちはお前に賭けたぞ! 敵を討ってくれ~!」


 相当な恨みがこもった野太い声援がかけられる。


 身分が関係ないとはいえ堂々と王太子をお前呼びするくらいだ。


 彼らの内でくすぶっていた怒りはよほどだと思える。


 そして、彼らの悔しさ、無念は理解できた。


「……お前、どれだけ手を出してきたんだ?」


「可愛い女に囲まれて暮らす。こんなに楽しい人生はないだろ?」


 それについては同意だ。


 俺もハーレムを築きたくて学院に来た節がある。


 だが、すでに他者と婚姻関係がある女性に手を出すのはご法度だ。


 そんな強奪する男は馬にでも蹴られてしまえ。


「カレンの気持ちを考えたことはないのか?」


「ないね。レベツェンカの名前がなければ、あんな魅力のない女とは関わらなかったと断言できる」


「…………」


「ははっ、そう怒るなって。でも、感謝もしているさ。俺の遊ぶ金をずっと調達してくれたんだから」


 だから、とアルニアは続ける。


「これからも俺の婚約者さいふでいてもらわないと困るんだよね」


「……お前、もう喋るな。黙ってろ」


「――っ!?」


 今の俺には打算もなく人を助けに行く善性なんてない。


 優しさを振りまいても返ってこないのを痛いほど理解しているし、偽善と罵りはしないが無駄な行為だも思っている。


 だが、それでも人間としての尊厳を捨てた覚えもない。


 自分の友人がコケにされていれば怒るくらいの感性は残っている。


 グツグツと腹の底で憤怒が煮え立つ。


 ……俺は必ずこの男を改心させなければならない。


 そのためにも誰もがアルニアを見放すくらいの醜態を晒させる。


 整った顔が潰れるくらい痛めつける。


 女性をエスコートできないように骨を叩き折る。


 アルニアに強者から弱者を守る実力が無いのを露見させる。


 俺の名前はすでに泥にまみれているのだ。


 今さら何を恐れようか。


「そ、そんなに凄んだって意味はないぞ! 俺とお前の間には生まれ持ったハンデがあるんだからな!」


 強気な言葉の割に腰は砕けて、足はジリジリと後ずさっている。


 男としてこんなにも滑稽な格好があるか? 


 それでも強気な発言を繰り返すのは自身の恐怖を誤魔化すためか。応援してくれる女を騙すためか。


「……せいぜい虚勢を張っていろ。俺に油断が無い時点で、お前に勝機はない」


「その割には剣の一つも持っていないじゃないか。自ら勝ちの可能性を狭めるなんて傲慢にもほどがあると思わないか?」


「傲慢? 違うな。俺が武器を使わないのは憐れんでいるからだ」


 キュッと白のフルフィンガーグローブをはめる。


 手が奴の血で汚れるのは本意じゃない。


 パチンと指を鳴らせば空から純白のローブが俺の頭上へと現れる。


 舞い落ちる戦闘服を乱暴に掴むと、はためかせるように袖を通した。


「向き合ってなお力の差を理解していない、お前の無知さをな」


「言わせておけば……! 語り合いはここまでだ!」


「いいのか? 自らの栄光の時間を縮めても」


「審判! 開始の合図を鳴らせ!!」


 イラついたアルニアが促したことで、決闘開始を告げる鐘の音が鳴り響く。


 それに続いて、観客席から飛び交う声が一層大きくなった。


「クハハ! バカめ! お前が勝つには初手しかなかった! 魔法が使えないお前はもう終わりだ!」


「御託はいいから見せてみろ。ご自慢の魔法を」


「演技力だけは一流だな、落ちこぼれ。ふん、いいだろう! 俺の操れる最強の魔法で終わらせてやるよ!」


「…………」


 魔力がアルニアの手元に集まるのを感じる。


 長い、長い詠唱が始まった。


 ちなみに、すでにこの時点で三回は殺せる。


 ……本当にこいつは強いのか?


 しかし、アリスが敵のレベルを見誤るとは思えない。


 無防備を晒して詠唱状態に入るとか頭が空っぽなのだろうか。


 互いに詠唱を必要とする魔法使い同士の戦いという枠組みにないとわかっているのに悠長に詠唱を始めている事実。


 テンプレートに沿った行動しかできない対応力のなさを露呈しているだけだぞ。


 俺が勝利だけを求めていたらすでに結果が出ていただろう。


「…………」


「どうだ! 恐怖で言葉も出ないか!?」


 腕を組んで待機している俺は奴の頭上に浮かび上がった巨大な炎をまとった岩石を見る。


 轟々と揺らめく灼熱。


 人を軽く押しつぶせるほどの体積を持った岩石。


 確かに風貌だけならば威力も相当なものだと理解できる。


 だが、それだけだ。


 こんな緻密さもない魔法に怖さを感じるはずがない。


「安心しろよ……すぐそばには治癒魔法のエキスパートたちが構えてる。死にはしないさ……普通ならな」


「なにが言いたい?」


「まだわからないのか? 買収してやったのさ! 全員が俺の手駒だ。奴らにはすでに言いつけてある。わざと回復を遅くしろとな! 言いたいことがわかるか、オウガ・ヴェレットォ……?」


 チロリと舌なめずりをするアルニア。


 両入り口で準備している救護係を見やれば、彼ら彼女らは気まずそうに目をそらした。


 関係のない生徒まで巻き込んで……正真正銘のクズだな。


「お前はここで死ぬんだよ。不幸な事件の被害者としてなぁ……!」


「……ペラペラと全部喋ってよかったのか?」


「構わねぇよ。証人であるお前はここで消えるんだからさ。安心して逝け。お前の可愛い可愛い二人も、カレンも俺が大切に使ってやるからよ!」


 全ての文句を言いきって満足したのだろう。


 ようやく戦況が動き出す。


「爆ぜろ! 焦がせ! 大地に育つすべてを芥に! 【灼熱の長雨マグマ・レイン】!!」


 アルニアが高々と掲げた腕を振り下ろせば、岩石にひびが入り、握り拳大のサイズになって雨のように降り注ぐ。


 逃げようにも範囲が広く、周囲を取り囲んでいた。


 その量はまさに大地を灼熱の処刑場と化けさせる。


岩石流弾ストーン・エッジ】と【炎陣着火フル・フレイムボディ】を組み合わせた魔法か。


 確かに身に受ければひとたまりもないだろう。


 当たれば……の話だが。


「なっ……!?」


 俺は炎石が飛び交う地獄を逃げるのではなく、前へと進む。


 散歩でもするような気持ちで。


 軽やかな足取りのまま、アルニアへの距離を詰めていく。


「な、なぜだ……!? どうして当たらない!?」


 答えは簡単。俺は炎石ではなく、魔力の動きだけを感知している。


 対象を魔力に絞ることで脳の処理能力は格段に向上し、これくらいの動作はたやすく行える。


 一見、高密度に思える【灼熱の長雨】もタイミングを見計らえば、俺一人が通れる道筋はいくらでもあるわけだ。


 時に首を傾けて避け。


「ふざけるなふざけるなふざけるな! おかしいだろ! どこでそんな!?」


 時に踏み出すテンポを変えて着弾を避ける。


「当たれ! 当たれよ!! くそっ、くそっ! イ、インチキだ! だ、誰かが協力して……そうだ! あいつは何か不正をしているんだ!!


 そうすれば、ほら――。


「――もう俺の範囲だぞ、アルニア」


「ひぃっ!?」


「随分と顔色が悪くなったじゃないか。でも、お前みたいに整った顔をしている奴にはそれくらい青白い方が似合ってるよ」


「ほ、炎の精霊よ……!」


「この距離じゃ魔法は間に合わねぇよ」


 グッと溜めを作るように引いた腕を撃ち放つ。


「ごっ……かはっ!?」


 居合のごとく振り抜かれた手刀がアルニアの喉に突き刺さる。


 奴は衝撃を逃すこともできず、そのまま後ろへと転がりながら吹き飛んだ。


「さっきの言葉をそっくり返すぜ。ずいぶんと演技派じゃないか。俺は本気で打ち込んでいないぞ」


 アリスと本気で撃ちあいをしているときの十分の一ほどの力しか込めていないというのに……。


 アルニアの姿はまるで勝敗が決したかのようだ。


 制服は砂埃にまみれ、顔面は大地とキスをして尻を突き出す形で倒れる。


 勢いよく転がりすぎたせいでベルトが壊れたのか、半分ケツが丸出しになっていた。


 何とも無様な光景だな。


 観客席から憐れみを含んだようなクスクスとした笑い声が聞こえる。


 めでたく世界で初めて半ケツを見られた王子になったわけだが、当然こんなもので終わらせはしない。


「カレンが受けた恥ずかしみはこんなものじゃない」


 こう告げることで、いかに自分がやってきた行いが酷かったかを体に覚えさせる。


 痛みで理解して、ようやく彼女に対しての罪悪感を抱き始めるだろう。


 俺が痛めつければ痛めつけるほど、その想いは大きく膨れ上がっていく。


 トラウマとして気が狂ってしまうくらい、奴の内側に刻み付ける。


 そして、アルニアの傲慢な心は壊れるだろう。


 もう二度とこんな目に遭いたくないと懺悔するように。


 これが俺の思い描いた【王太子ニューゲーム作戦】だ。


「まだまだお前を痛めつける。さぁ、立ち上がれ! 勝負はこれからだぞ」


「…………」


「ふん、倒れたふりか。王族の血が流れる者が姑息な手を使う」


「…………」


「いいだろう。なら、お望み通り俺が立たせてやる」


 煽っても反応が無いとは、よほど俺の油断を誘いたいらしい。


 ここにきてようやく力の差を理解したか。


 反抗する気力があるうちは負けた後に言い訳が出来なくなるまで叩く。


 誘いに乗ってやった俺は奴の襟首をつかみ上げ――


「――えっ?」


 アルニアは白目をむいて、泡を吹いていた。


 ……は? 嘘だろ?


 だって、アリスが想定より強いって……えぇ?


 驚きのあまり、力が抜けた手から落ちて、あおむけに倒れるアルニア。


 俺が持ち上げたことでついに緩んだズボンも完全に脱げてしまっていた。


 小指サイズほどの可愛らしいアレが露見する。


落ちこぼれおれ】に一撃で倒される半裸姿の王太子が公衆の面前に晒されることになった。


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