Stage1-25 未来の英雄になる男

「アルニア王太子との決闘を望みます」


 真っ直ぐ私を貫く視線にゾクリと心が震える。


 どこまでも、どこまでも己を曲げない正義の象徴――オウガ・ヴェレット。


 どういう発想をすればたかが幼なじみのために王太子に喧嘩を吹っかけられるのか。


 でも、私はヴェレット君ならやってくれると疑わなかった。


 自ら率先して平民であるリーチェさんの居場所を確保。


 荒れた田舎へ足を運び、孤児院の子供たちを救済。さらには自立できるように自治領で援助まで。


 治安悪化を懸念し、優秀な人材を各地に巡回させて警備部隊まで作り上げた。


 全てが貴族としてありえない行動。


 それらに踏み切れる理由は考えられる限りただ一つ。


 正義心。


 彼が持つ聖なる心が悪を許さんとばかりに突き動かしている。


 最近は生徒間でも話題にあがることが多くなった彼だが、同時に『名声目当て』や『裏では大量の金銭をせしめている』などの悪口もよく聞く。


 だが、そんなのはちょっとでも考えればただの嫉妬の含んだでまかせでしかないとわかるはず。


【救世主】と噂されていても、驕りが無いのは名声に興味がないからだ。


 公爵家である彼が今さら平民から搾れる少量の金銭を欲しがる理由もない。


 その正義心に私は賭けた。


 そして、勝った。


「ええ。生徒会長として申請を受理しましょう」


 胸の内でほくそ笑む。


 ここまで描いた筋書き通り。


 先生もお喜びになるでしょう。


 王太子をだしにしてボルボンドのバカ息子の証言が本当なのか確かめられる。


 マジック・キャンセルをこの目にできる。


 そういう意味では今回の問題は彼をたきつけるにはとても都合がよかった。


「だ、だけど、そんなの王太子が受けるわけが……」


 レベツェンカさんの不安ももっともです。


 だけど、今回は間違いなく――


「いや、あいつは受ける。【落ちこぼれおれ】が相手だからだ」


 彼の言う通り。


 世間一般に魔法を消す魔法――先生はマジック・キャンセルを仮称としている――は広まっていない。


 私たちでさえ確信には至っていない技術。


 アルニア王太子はトップレベルではないが、王家の子として高い水準の実力は兼ね備えている。


 ましてやプライドの高い王太子のことだ。


 格下と思っているヴェレット君の勝負を避ける真似はしない。


 もちろん要因はそれだけじゃないけれど。


「それでは先に勝った時の要望を聞いておきましょうか」


 決闘制度は我が学院の名物的制度だ。


 魔法の実力によってすべてが決まる。身分なぞ関係ないとうたっているからこそ採用できる校則ルール


 仕様はいたって簡単。


 勝者の言うことを敗者が受け入れる。


 賭けるものはなんでもいい。地位、金銭、知識、身体、恋人、婚約者……。


 対戦相手が了承したならば、なんでも。


「ミルフォンティ生徒会長。一つ質問なんだが……カレンにその権利を譲っていいか?」


「えっ!?」


 その提案にレベツェンカさんは驚いていますが、私からすれば納得のいく範囲です。


 彼はほとんど物欲を持っていない。


 この決闘もレベツェンカさんの待遇をよくするために行うだけ。


 故に彼女にゆだねたのでしょう。


 カレン・レベツェンカの未来を彼女自身に選ばせるために。


 その結果、どうなろうとヴェレット君は潔く受け入れるはずです。


「アルニア王太子側が受け入れたなら問題ありません。では、そのように手配しておきましょう」


「俺からあっちに話を通しておいた方がいいのか?」


「いいえ、私から先方に話を通しておきましょう。決闘を取り仕切るのも生徒会の業務の一つですしね」


「助かる。ついでに、もう一つ伝言を頼まれて欲しい」


「なんでしょう?」


「相手の要望はなんでも受けると言っておいてくれ」


「……! それはそれは……。私としても仕事が楽になるので大助かりです」


 久しぶりに切り貼りして作り上げた笑みから表情が変わったかもしれない。


 実際にはそんなことはないのだろうけど、今の私は高揚している。


 彼はいずれ【英雄】に至るかもしれない。


 それだけの資質を秘めている。


 なるほど。先生が成長しきる前に早く消したいと思うのも無理はないわけだ。


 正義の心を持った英雄……先生が成し遂げたい夢の世界では間違いなく敵として立ちはだかるでしょう。


「でも、本当にいいのですか? 無条件に受け入れるだなんて」


「そ、そうだよ、オウガ! 私のためにこんな……!」


「俺がやりたいと思って動いているだけだ。お前のためでもないし、お前が気にすることでもない。俺が俺であるために、この決闘は必要なんだ」


 そう言われては、もうレベツェンカさんは何も言い返せない。


 ズルい人だ、ヴェレット君は。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


「あーあー、また泣きやがって……。泣き虫は変わんないままだな、ほんと。……カレンは俺が負けると思っているのか?」


 ブンブンとレベツェンカさんは首を左右に振る。


 彼はひざを折って彼女と目線を合わせると、そっと指で涙をぬぐった。


「だったら、笑って応援しとけ。お前にはそっちの方がよく似合う」


「オウガ……」


 ……後輩が完全にメスの顔をしているのを直視するのはなかなかキツイですね……。


 そういうのは部屋に戻ってからしてください。







 そして、翌日。


 アルニア・ロンディズムとオウガ・ヴェレットによる決闘が成立した旨が生徒会より発表された。







 ◇いつも感想、♡、☆をありがとうございます! やる気と元気貰ってます!

 次回の更新も早めに頑張りますのでお待ちを!◇

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