Stage1-24 【王太子のニューゲーム作戦】

 俺は今、夜の校舎を駆け抜けていた。


 腕に長身を縮こまらせているカレンを抱き上げながら。


「えっ、えっ……どうして私はお姫様抱っこをされているんだろう……夢? そうか、夢なのかもしれない。現実逃避に脳が見せている私に都合のいい夢なんだ」


 ボソボソと早口で呟いているカレン。


 その顔は赤らんでおり、呼吸も荒い。


 揺れがしんどいのだろうか。


 仕方ない。抱き寄せる力を強くして、揺れを少なくさせよう。


「――!?」


 なぜか声にならない声をあげるカレン。


 熱でもあるのかと思えるくらい紅に染まった顔色。


 昔みたいに引きこもって泣いていたせいで熱がこもっていたのかもしれない。


 そうでなくてもストレスが積み重なると体調は悪くなる。


 走る時の揺れがトリガーになった可能性は否めないだろう。


「悪いが、このままじっとしていろ」


「……! ……!」


 コクコクと頷く彼女は俺の首へと腕を回す。


『誰にも見つからず、生徒会室まで彼女を連れてきてください』


 それがレイナ・ミルフォンティから託されたミッションだった。


 となれば当然、寮をまともに出るわけにはいかない。


 周囲の視線が無いのを確認して窓から飛び降りて今に至るわけだが……。


「オウガ様。こちらです」


「わかった」


 事前に下見をさせていたアリスの案内に従って、後ろに続く。


「オ、オウガ……いったいどこに私を……?」


「生徒会室まで」


「えっ!?」


 カレンを無事に生徒会室まで届ける。


 これは生徒会長との約束だ。


「お待ちしておりました、レベツェンカさん」


 射し込む月明かりだけが照らす部屋の中央でニッコリと微笑むミルフォンティ。


 相変わらず胡散臭そうな、作り物の笑顔だ。


 すっかり青ざめていたカレンを床に下ろすと、彼女は視線で助けを求めてくる。


 ……が、当然無視。


 どんな事情があったとはいえ無断で職務放棄はしてはならない。


 それに話を聞く限り、ミルフォンティはカレンを助けようとしている。


 ここは突き放してでも誠心誠意謝らせた方がいい方向に転ぶはずだ。


「た、大変申し訳ございませんでした……!」


「はい、よろしい」


「……え?」


「私は怒ってなどいませんよ。生徒会役員が一人抜けたところで仕事が回らなくなるような組織作りはしていませんから」


 それよりも、と彼女は続ける。


「あなたが素直に謝って、ちゃんと私たちの前に出てきたことが嬉しいです。ねぇ、ヴェレット君?」


「そうだな。カレンがいないと話が進まない」


 俺はカレンの前に立つと、肩を掴んで視線を合わせる。


「えっ? な、なに?」


「カレン……お前の王太子との事情は聴かせてもらった」


「そ、それは……」


 カレンにとっては聞かれたくない話だったろうが、俺にとっては有益な情報だった。


 俺はてっきりただ仲が良くないだけだと思っていた。


 しかし、実態はもっと闇が深く、こうしてカレンは傷ついている。


 そこで思い出してほしい。


 俺がしてきた行動を、カレンにかけてきた甘い言葉の数々を。


 結び付ければ導き出される答えは一つ。


 ……あれ? もしかして本当にカレンに惚れられてしまうのでは? だ。


 それは不味い。非常に不味い。


 なので、まずはカレンの気持ちを確かめる必要があった。


「カレンはどうしたい?」


「わ、私は……」


「しがらみなんて考えるな。お前の素直な気持ちを教えてほしい」


 そう告げると、彼女の身体から震えが消える。


 きゅっと、服の裾を握りしめた。


「……オウガといたい。……昔みたいに、一緒に」


 ほら、やっぱり! 好感度を稼ぎすぎてしまっていた。


 ミルフォンティから事情を聴いた俺の脳裏をよぎった恐ろしい可能性がこれだった。


 俺はハーレムを作りたい。


 なのに、レベツェンカ公爵家の娘に恋慕されていると噂になれば誰もが俺の手を掴もうとはしないだろう。


 公爵家の圧が怖いから。


 なので、カレンにはこれまで通り、王太子との婚約者として生活してもらわないと困る。


 だが、今のままではありえない未来。そこで俺とミルフォンティが介入する。


「……そうか」


 ゲームセットの笛は鳴っていない。


 まだまだリカバリーできる。


 その案を俺はすでに思いついていた。


 今回のミルフォンティの狙いも同じはず。


 でなければ、悪として名高い俺にわざわざ取引を持ち掛けない。


「お前の望み通りにはならないかもしれない。だが、全力は尽くす」


「……ごめん。私、あの時の弱いままだ」


「気にするな。頼るのは悪いことじゃない。あとは俺に任せろ」


「……うん」


 勝手に動かれても困るからな!


 全て俺に任せてくれ。大丈夫! 悪いようにはしない!


 ミルフォンティは全ての責任を負ってくれるらしい。


 カレンのクソ親父の対応も学院長自らがしてくれるそうだ。


 ならば、俺が演じるべきはもとより悪役ヒールのみ。


「ミルフォンティ生徒会長」


「はい、何でしょう?」


「アルニア王太子との決闘を望みます」


 俺がクズでダメな軟派野郎をボコって挫折を与えて改心させる。


 そして、改心させた王太子に今までの清算をさせて0から再びカレンとの人生を歩んでもらう。


 名づけて【王太子のニューゲーム作戦】だ……!


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