Stage1-23 全部、思い出に残ってる

「――というわけで、何か聞いていませんか、オウくん」


「……いつから俺と生徒会長あんたはそんなに親しくなったんだ?」


 放課後、校門入り口で待ち伏せしていたミルフォンティ生徒会長に捕まった俺たちは生徒会室に訪れていた。


 無視して帰ってもよかったのだが『カレン』の名前を出されては引き下がれない。


 ここ最近彼女にはちょっかいをかけている。


 そんな彼女に関する話題らしく、こうしてマシロとアリスと共についてきたわけだが……。


「不満でしたか? では、ウガウガで」


「余計にダサくなってんじゃねぇか。ウガウガってなんだ、ウガウガって」


「響きが可愛くありませんか? ウガウガ」


「微塵も感じない」


「困りました……。う~ん、では、ダーリンで」


「ミルフォンティ生徒会長? 怒りますよ?」


 抗議の声を上げたのはマシロだった。


 最近、何かの地雷を踏むとお怒りモードに入ることが多くなっている気がする。


 問題は地雷がどこに埋まっているのかがわからない点だが……俺はそのあたり敏感なので大丈夫だろう。


 前世では良い人を演じるために人の顔はよくうかがって生きていた。


 タップダンスをしても踏まない自信がある。


 それにしても以前はオドオドしていたのに、すでに噛みつけるようになるとは成長が早くて俺は嬉しいぞ。


「うふふ。愛されていますね、ヴェレット君」


「ああ、相思相愛だ」


 俺はマシロのおっぱいに惚れ、人柄を知り、もっとマシロを気に入っている。


 コロコロと表情が変わって見ていて飽きないし、おっぱいはデカいし、向上心に溢れているし、最大サイズの制服でもはち切れんばかりの胸が好きだ。


「も、もうっ。オウガくんのえっち。見すぎっ」


「英雄色を好む……ですか。それでしたら、私の胸などいかがです? 誰もが憧れる生徒会長の胸を凝視してもいいのですよ?」


「貧しいもの見ても心が貧しくなるだけだろうが」


「…………」


「ひっ!?」


 ピシリとミルフォンティが持つティーカップの持ち手が割れて、中身がテーブルにこぼれた。


 マシロは生徒会長から漏れ出るどす黒いオーラに気圧されて、とっさに俺の腕にしがみつく。


 あ~、癒し癒し。


 女子力の差が如実に表れたな。


 本当になんだ、この大きさ……。固定資産税がかかってもおかしくないだろ……。


「……さて、場も温まりましたし、冗談はここまでにして本題に戻りましょうか」


 冷えまくってるんだが?


 ツッコミもほどほどに彼女が切り出した話題は冒頭でも俺たちに尋ねてきたことだ。


「レベツェンカさんが今日の生徒総会を無断で休みました。皆さんは何も知らないんですね?」


「あんたから聞いたのが初耳だ。しかし、今朝は元気そうだったがな」


「とすれば、何かあったのはそれ以降になりますね」


「何かあった? そう思う理由は?」


「彼女は真面目で責任感の強い人です。無断で職務を投げ出す方ではないと思っています」


 生徒会長の評価は正しい。


 カレンは他人に迷惑をかけるのを嫌う性格をしている。


 それこそ自分が我慢すればいい事項なら嫌なことでも引き受けるくらいには。


「それだけならわざわざ俺たちを引っ張ってこないだろ」


「……ふふっ、見抜かれていましたか。実は心配になって寮の部屋も訪ねたのですが返事はなく……いったいどこにいるのでしょう」


「中はちゃんと調べたのか?」


「ええ、もちろん。でも、誰もいませんでしたよ?」


「…………」


「最近、仲良くしていらっしゃるみたいですし、何か思い当たる節がないかと思ったのですが……ヴェレット君?」


「……そうか。まぁ、行き違っただけだろ。学院の外に出るわけがない。あいつの立場を考えたならな」


「私もそう思います。ですが、もし彼女を見つけたなら一報ください」


「わかった。それくらいなら協力しよう」


 こんな簡単なことで恩が売れるなら、少しくらい時間を割いてやるか。


 どうせ授業内容もすでに履修済みの範囲だ。


 復習も必要ないし、放課後は時間を余らせていたからな。


 これで用件も終わりだろう。


 俺は席を立ちあがって、生徒会室を出ようとする。


「彼女がアルニア王太子によって苦しめられているのはご存知ですか?」


 ……が、新情報をぶつけられて足を止めた。


 あの軟派王太子に……そうか。


 やっぱりカレンはあいつを心の底では想っていたんだな。


 今回の一件も自分を見てくれない悲しさから衝動的にやってしまったに違いない。


 当て馬役にされていた俺の予測は当たっていたわけだ。


「……ああ、もちろんだ」


「っ! やはりあなたならば気づいていると思っていました。近頃の活躍の噂は耳に入っていましたから。だから、学友と交流を持ってこなかったにも関わらず、急に接近し始めた……違いますか?」


「……さぁ、どうだかな」


 そこまでバレているのか……!?


 俺は視線だけアリスに振るが彼女はミルフォンティに見えない位置で小さく×を作った。


 つまり、監視はされていない。


 彼女は自分が持ちうる情報だけで推測を立て、本質にたどり着いたわけか。


 流石は天下の魔法学院の長を務める人物だ。


 想像以上にできる。俺は彼女の危険度をグッと上方修正した。


「誰もが彼の行いに目をつぶるでしょう。しかし、私個人としては見逃せません」


 やはり同じ女性として、王太子の振る舞いは看過できないものがあるのだろう。


 ミルフォンティ生徒会長は別に媚びを売る必要はないし、顔で男を決める輩にも見えない。


 だからこそ、こうして真っ当に批判ができる。


 俺に正直に話しているのは俺が同じ考えを持っていると確信しているから。


「そこで、です。あなたに提案があります」


「提案?」


「はい。受けるにしても、受けないにしても一度だけ聞いてみませんか?」


 彼女は先ほど俺の噂について知っていると言っていた。


 ……確かに今回の案件。俺みたいな悪役じゃないと引き受けられない話になりそうだ。


「……俺に利する提案かどうか。判断させてもらおうか」


 俺が再び腰を下ろしたのを見た彼女は嬉しそうに微笑む。


「それに関しては心配はありません」




「――この学院内ではミルフォンティわたしたちが最高権力なのですから」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 暗い。暗い闇の中。


 静かで、自分の息と鼻をすする音しか聞こえないような孤独な空間。


 あぁ……この狭さが落ち着く。


 こうするのは小さな時以来だな。


 私は強くなんてなってなかった。なったつもりでいたんだ。


 私の存在意義ってなんだろう? 私の人生ってなんだろう?


 ずっと答えの見えない自問自答を繰り返している気がする。


「……!」


 ガチャリと鍵が開く音がした。


 ……今度は誰だろう。


 ミルフォンティ生徒会長が来た時は無視を貫いてしまった。


 きっと迷惑をかけた私はもう生徒会をクビだろうな。


 でも、いいんだ。どうせ私はお父さまに実家に連れ戻される。


 だったら、それまでの間、一人でゆっくりしたい。


 このまま暗闇の中でずっとずっと――


「やっぱりここにいたか」


 ――え?


 射し込む一筋の光。


 聞きなれた声。ずっと聞いていたい声。


 顔を上げれば、そこには呆れた表情をした彼がいた。


「あっ、えっ……なんで……?」


「昔から嫌なことあったらクローゼットに隠れていただろ。今回もそうだろうなと思っただけだ」


「お、覚えてくれてたんだ……」


「何回探したと思ってるんだ。もう忘れられないくらい染みついてる」


「あ、あはは……」


 彼の記憶に私が残っていた。


 その事実が嬉しい。


 嫌われて抹消されていてもおかしくないのに。


 あの時と変わらず、呆れた風に肩をすくめている姿が嬉しかった。


「流石の生徒会長も中までは調べなかったみたいだな……って、何してるんだ?」


「い、いや、そのさっきまで泣いてたから目も腫れてるし、見られるの恥ずかしい……」


「知るか」


「あっ」


 手を引かれて、あっさりと連れ出される。


 転びそうになった私はそのまま吸い込まれるように彼の胸へ。


 抱き着く形になって離れようと思ったけど、そうする前にポンと頭を撫でられた。


「お前の泣き顔なんて見慣れてるんだよ。今さら気にする必要ないだろ」


「……そっか。そうだね……」


 胸もとに顔を埋めて、そのままそっと腰に手を回す。


 昔、慰めてもらっていた時のように。


「……ありがとう、オウガ」


 安心した私は隠すことなく、もう一度泣き声を漏らした。

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