Stage1-17 ナイスタイミング

 死屍累々となった酒場。


 生き残っているのは……アリバンだけか……。


 後は全員マシロの魔法によって凍死か。


「オウガくん、どうだった? ボクの魔法は?」


 おかしいよ!


 なんでこいつも覚悟極まってんだよ。本当に初陣か?


 快活で優しい彼女なら殺さないで何とかしてくれるだろうと淡い期待を持っていた俺がバカだったのか……?


「想像以上だった……が、次からは後処理のことも考えるように。これだけの死体を放置するわけにもいかないし、酒場も使えなくなった。これではダメだ」


「後処理……周囲の被害……次はそれすらも残さず……うん、わかった!」


 よし、マシロは賢い奴だ。


 これで次からは死体を出さないように努力してくれるだろう。


 当所の目的の一つだったマシロの強さが判明した。


 俺のおっぱいハーレムの一員だと考えていたが、戦力として数えても問題ないだろう。


「お疲れ様です、オウガ様」


 今回は戦闘に参加させなかったアリスがタオルを持ってきてくれる。


「大した運動にもならなかったな」


「オウガ様の実力を考えれば当然のこと。して、オウガ様。こいつの首、斬り落としますか?」


「――待て」


「わかりました」


 ピタリと倒れたアリバンめがけて振り下ろされた剣が止まる。


 こえぇよ! なんで許可貰う前に実行してるんだよ!


 ただでさえこいつ以外死んでるんだから、俺の未来へのビジネスチャンスを奪わないでくれ。


「こいつにはまだ聞きたいこと、やってもらいたいことが山ほどある」


「聞きたいこと?」


「これだ」


 そう言って俺は床に落ちた小瓶を拾う。


「奴は【肉体強化ドーピングエキス】と言っていた。素の実力が弱いせいでこいつは俺に負けたが、確かに力は増強されていた」


 効能は攻撃を受けていた俺がいちばん実感している。


 それを理解しているアリスはマジマジと液体が入っていた瓶を見つめていた。


「奴の口ぶりからすれば裏社会で取引されていると考えていいだろう。すでに世に出回っているわけだ」


「今後、悪用する輩がどんどん出てきますね。……いえ、すでに使用されている可能性も」


「そうだ。こいつは貴重な情報源になる」


 そして、取引元、製造場所を突き止めれば一気にぼろ儲けできるチャンスが訪れるわけだ。


 あれだけの急激な肉体変化を与える劇薬。


 まず間違いなく何か別の物を作ろうとした際の失敗作だろう。


 それでも効果はあるのだから、天才たる俺の頭脳で改善すれば魔族との戦闘用の薬の一種として販売できる可能性だってある。


 そんな輝かしい未来のためにも絶対こいつは俺の手元に置いておく。


 ちょうどもう一人、外部で自由に動けるコマも欲しかったところだしな。


「俺は常々、更生の機会を与えたいと考えていた。それこそがきゅ、【救裁きゅうさい】だろ?」


【救裁】とか言っちゃって、すごく恥ずかしい!


 黒歴史確定だが、こう言えばアリスが納得するのがわかっている。


 ほら見ろ、満面の笑みだ。


「流石はオウガ様です。あなた様にお仕え出来て光栄です」


「ああ、一生の自慢にしろ。俺もお前が誇れる主であろう」


「はっ!」


「わぁ……! 二人とも格好いい!」


 演劇じみたやり取りに感銘を受けたのか、パチパチとマシロの拍手がボロボロになった酒場に響く。


 さて、もうここにいる意味はない。


 俺はアリバンが身動き取れないように縛り付けると、こっそりと孤児院に戻る。


「いいか? 起こさないように、静かにだぞ」


 俺の忠告にコクコクと頷く二人。


 孤児院の安全を確保するというミッションは終わった。


 だけど、もう一つ。ここを出る前にミオに投げかけられた質問の答えは用意できていない。


 故に彼女が起きていないことに賭けて、さっさとトンズラする!


 願いを込めて、俺はそっと玄関の扉を開けた。


「おかえりなさいませ、ヴェレット様」


 やっぱり起きてたぁ……。


 俺は最悪の展開に頭を抱えた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私が一人で祈り続ける時間は思っていた以上に短いものでした。


 もちろんみなさまの勝利を疑いませんでしたが、こんなにも早いご帰還とは……。


「孤児院の脅威は取り払われた。安心していい。もう日常を脅かす奴らはいない」


「そうですか……」


 アリスの報告にホッと胸をなでおろす。


「みなさま、本当にありがとうございました……!」


「えへへ……なんだか照れるね」


「私への感謝はいいさ。願いを聞いてくれたオウガ様に伝えてくれ」


「ええ……ヴェレット様」


 声をかけると、二人の後ろにいたヴェレット様の方がびくりと震えた。


 私に気遣わせないように姿を隠してくださっていたのでしょうが、遠慮など必要ありません。


 私たちは確かにあなた様に救われたのですから。


「本当にありがとうございます。なんと感謝をつづればいいのか」


「な、何度も言うが気にしなくていい。俺が好きでやったことだ」


「……世界のすべてがヴェレット様のような優しさを持ち合わせていたら、どれほど素晴らしい世界になるのでしょうね」


 ……そう。ヴェレット様と同じ等しく愛をささげられる人物が親だったら……私も悩まずにすんだのでしょうか。


 そんな風に考えられずにはいられないのです。


「それでだ、ミオ。ここを出る前にした約束の件だが……」


 あぁ……答えをくださるのですね。


 例えどんなものでも受け入れましょう。


 ヴェレット様ほどの高尚な人物が与えてくれる愛なのですから。


「俺の答えは、その――」


「待ってよ、オウガお兄ちゃん!」


「……え?」


 ヴェレット様が口を開かれた時、それを遮るように部屋へと入ってくるのは就寝しているはずの子供たち。


 みんなはすぐにヴェレット様を囲むと、皆がそれぞれ声を荒げる。


「お兄ちゃん! 報酬なら俺たちが働いて払うから!」


「そういうお話したでしょ!」


「ミオ姉ちゃんからはお金を取らないで!」


「約束守ってよ!」


 ……どういうことなのでしょうか。


 話についていけない私は思わずヴェレット様を見やる。


「クックック……ナイスタイミングじゃねぇか、お前ら」


 ヴェレット様はひとしきり笑うと、子供たちと肩を組んでこちらを向く。


「よぉーし、お前ら。俺が寝る前・・・・・に何てお願いしに来たんだっけ?」


「俺たちが働くから報酬をお姉ちゃんから取らないでって言った!」


「お金ならちゃんと払うからお仕事下さいって!」


「働くってしんどいぞ~。本当にいいのか?」


「うん! だって、ミオ姉ちゃんが大好きだもん!」


「えっ……」


 その反応ニヤリと笑うヴェレット様。


「これが俺たちができる恩返しだから……!」


「私たち、お姉ちゃんにもっと幸せになってほしいから!」


「そうかそうか。じゃあ、ミオのために頑張りたいんだな?」


「「「うん!!」」」


 満面の笑みで返事をする子供たち。


 ポロポロと涙があふれていく。


 ぼやける視界の中、こちらへと近づいてくるヴェレット様。


 ポンポンと頭を撫でられた。


「十分愛されてるじゃねぇか。あんたはよ」


「あぁ……ああ……」


 喜びが心の底からあふれてくる。


 あぁ……私はちゃんと子供たちを愛せていたのだ。


 そして、この子たちは私に愛を与えてくれた。


 そうか……この気持ちが……これが愛なんだ……。


「ミオ姉ちゃん!」


「俺たち頑張るからさ!」


「これからも一緒に居ようね!」


「えぇ……えぇ……! ありがとう……。私も……ずっと一緒に……あなたたちと共に……」


 駆け寄ってくれる子供たちを抱きしめる。


 腕の中にある温もりを、愛を感じながら。







◇次回、オウガ視点で話をまとめて締めて孤児院編終わると思います。◇

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