Stage1-16 悪の器、王の器

 なんだ……何が起こっている……。


 酒場に広がる阿鼻叫喚の図。


「こ、凍って!?」


「や、やだ! 助けっ……!?」


 全身が白に染まっていき、凍りつく部下たち。


 やがて声を出すことすら許されず、氷の彫像と化した。


「――【複合魔術ツインマジック氷結の風フロスト・ウインド】」


「氷!? そんな属性、聞いたことねぇぞ!?」


「ノンノン。風と水属性魔法を組み合わせると、こんな使い方もできるんだよ?」


「二つの魔法……デュアル・マジックキャスターだと……!?」


 ふざけるな……そんな助っ人を雇おうと思ったら、どれだけの金がかかると思っているんだ。


 あんな貧乏孤児院の奴らが雇えるわけがねぇ!


「……まさかマシロにも注意が必要とは思っていなかった。思っていたよりも威力が強すぎる……」


「ボクもオウガくんの役に立てて嬉しいよ!」


「ハハハ、ソウダネ」


 そして、乾いた笑いをしながら俺の相手をしているこのガキもだ。


 さっきから俺がどれだけ殴りかかろうと初動で勢いを消され、軽くいなされていた。


 振り下ろす攻撃は腕に手を添えてそのまま流し込み、逆に打ち上げる攻撃は内側から外へ弾くように力を逃がしやがる。


 談笑しながら、よそ見しながら、出来て当然のように捌いているこいつもやべぇ。


 こんな高レベルの傭兵を雇えるとしたら孤児院の奴らじゃなく……!


「てめぇが手引きしたのか、ラグニカ! 貴様も俺たちと同じ堕ちた側の人間だっただろ!?」


「……人違いだ」


「はぁっ!? どう見てもラグニカだろうが!」


「おいおい、よそ見してる余裕はあるのかよ」


「がはっ!?」


 腹部に男の蹴りが突き刺さる。


 お、重い……!


 メキメキと嫌な音が体内から脳へと響く。


 う、浮いてる……!?


「ぐわぁぁぁぁっ!?」


 壁まで蹴り飛ばされ、背中がきしんだ。


 あ、あんな体のどこにこれほどまでの力が……?


「もういいか? 俺はお前と話がしたいんだが」


「いいわけねぇだろ……!」


 必死に呼吸を整えようとするが、骨折の痛みが許してくれない。


 脂汗が額にびったりだ。


 クソがクソがクソがぁ!


 この俺様が……ガキに負けて人生終わり……? 有り得ねぇ!


 俺は力に関しては昔からずっといちばんだった。


 闘技場だって主催者がラグニカとカードを組ませなかっただけで勝つ自信しかなかった。


 この拳と身体があれば世界に出たって負けはしねぇ。


 だから、俺はもう一度自分の闘技場くにを作るのだ。


 アリバンの名を世界にとどろかせるために。


「このまま終わると思うなよ! 俺にはまだ切り札がある!」


「っ!」


「あれは……!?」


「これは裏で出回っている【肉体強化ドーピングエキス】……ふんっ!」


 取り出した瓶の飲み口を折って、一気に流し込む。


 瞬間、始まる筋肉の胎動。


「うぉぉぉぉぉぉぉ……」


 はち切れんばかりに膨れ上がる肉体。


 ダンと壁を叩けば穴が開き、亀裂が走った。


 うははは……凄まじい……! 今の俺は全能感で満ちている。


「…………」


「へへっ、どうした? 怖くて声も出ねぇか?」


「……いいや、その逆だな」


 ガキは首元に手をかけるとボタンを一つ、二つ外した。


「しょぼすぎて呆れたのさ」


「……なにぃ?」


「俺が本当の悪っていうのをレクチャーしてやろう。かかってこい」


「舐めやがって……! 後悔しても知らねぇぞ!」


 巨大な力は全てをぶち壊す。


「どんな技も圧倒的な暴力の前にはなすすべなし! 逝けやぁ!」


 グチャグチャになれ!


 いけすかない顔面へ右ストレートを撃つ。


「きゃぁっ!?」


 拳圧によって生まれた風が後方にいた魔法使いを転ばせる。


 それほどまでの威力。


 正面からまともに喰らえば肉塊になるのは間違いない。……ない、はずなのに……。


「そうだな。だから、暴力には暴力で相手してやることにした」


「……は?」


 俺の渾身のパンチはあっさりと止められていた。


 それもたった片手で。


「――いいか? 悪って言うのは相手に絶望を与えなければならない」


「ひっ!?」


 あ? え? あれ?


 ……俺は今、悲鳴を上げた?


 それだけじゃない。一歩、後退っている。


 生存本能が反射的に感じ取ったのだ。


 己の命の危機を。


「いかなる時も圧倒し、自身の障害となるものをねじ伏せる。お前もさんざんやってきたんだろ?」


 どれだけ力を籠めようともびくともしない。


「だが、お前のはただ弱者が弱者を痛めつけていただけ」


 押し返される拳。


 体重を乗せても、軽くひねられ、どんどん体勢が悪くなっていく。


「クスリなんてものに頼る。確かな研鑽と信念によって磨かれてきた玉に敵うはずがない」


 ついに俺は跪かされた。


 圧倒的な力にねじ伏せられて。


 あぁ……わかってしまった……。


 俺は、所詮ちっぽけな小さな国の王様だったんだ……そして。


「お前は悪と名乗ることすらおこがましい三流だ」


 この方こそが、本物の王になる器を持った方なのだと……!


 衝撃が頬を走り抜ける。


 人生で初めてのノックアウトは不思議と心地のいいものだった。







◇更新遅れてすみません!夏バテてました……。皆様も暑い日が続きますが、体調にお気を付けくださいね。特に週末は天気が荒れて、ジメジメとしそうですから……◇

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