Stage1-12 愛のあるお方

 アリスのせいで静まり返った空気。


 唯一アリスだけ満足気にふんぞり返っている。


「ふっ、オウガ様の威光に恐れおののいたか」


 絶対に違う。


 恐れてても別の意味だ。


 奴らが感じているのは、いきなり狂人が現れた時の恐怖。


「オウガ様」


 何かを期待しているみたいな視線をこちらに向けてくるアリス。


 え? まさかここから俺に何かを言えと?


 鬼か、お前。


「……クックック」


 全員の視線が俺に集中しているのがよくわかる。


 頭を回せ、オウガ・ヴェレット。


 己の目的を思い出せ。


 今回はいい人のフリをして孤児院に近づき、ここにいる孤児たちを労働力として確保することだ。


 恩を売るために来たんだろ。


 だが、心の根っこから悪に染まった俺が善人になりきれるわけがない。


 中途半端な演技をしても、嘘が露見するだけ。


 ならば、するべきは一つ!


「そう、俺はこの世の悪を救う【救世主】」


 正義の味方をしている自分に酔いしれるヤバイ男になりきることだ!


「お前らのこれまでを許し、俺の名において救ってやろう」


 胸の前で十字架を切り、そのまま突如として始まった


「ここがお前らの悪の終着点だ」


 ど、どうだ……?


 チラリと後ろを見やる。


「すべてを救う【救世主】様……」


 ダメだった……!


 あぁ、もう女の人も引いちゃってるじゃん……。


 おかしくない? 助けてる側だよね、俺。


 くっ……! せっかくスマートに助け出し、クールに解決しようと思ったのに……!


 第一印象がこんなのでは俺の作戦も失敗――


「とても素敵です……!」


 ――あっ、違うわ! こっちもやべぇ奴だったわ!


 思わず振り返ると、彼女は恍惚とした笑みで己の肩を抱いて震えている。


「どんな罪を犯そうと、どれだけ汚れた身に堕とそうとも、手を差し伸べられる……あぁ、なんてすばらしき愛なのでしょう!」


「だろう? オウガ様が断罪することによって、誰にも裁かれずに生きてきた奴らも更生する機会が与えられるんだよ」


「えぇ……優しきお方。さすがはあなたが仕えるにふさわしいと判断した貴族様ですね」


 類は友を呼ぶ。


 よく考えれば絶対悪を殺すウーマンのアリスと友達になれる人物。


 そんな奴がまともなわけがなかった。


「ちっ、なんだと思えばガキの遊びか」


「はいはい、すごいすごい」


「大人に喧嘩を売っちゃダメですよ~?」


 明らかにバカにしている態度。


 ニヤニヤと俺を嘲り笑っている。


 我慢だ、我慢……。


 今の俺は【救世主】……。慈悲深き男……。


 目標のためなら、どんな罵倒だって我慢できるさ。


「ふん、だったらよぉ」


 さきほど蹴り飛ばした男がナイフを抜く。


 奴はそれをペロリと舌で舐めると、切っ先をこちらに向けた。


「俺たちも救ってくれよ、【救世主】様ぁ!」


「ぶっ殺す!」


 俺は勢いよく飛び出した。


「私も! 私も救ってください、【救世主】様ぁ!」


 あとであっちもしばく!


「当たったら痛いぞ、おらぁ!」


「当たれば、なっ!」


 まっすぐ突き出されたナイフ。


 俺がビビッて動きが止まるのを予測したのだろうが、あいにくさますでに実戦には慣れている。


 入学する前に行ったアリスとの戦闘訓練では刃を潰したとはいえ、本物の剣を使って追いこんでもらった。


 魔法が使えない以上、肉弾戦もこなさなければならない俺にとっては必須だった戦闘訓練。


 おかげで凶器に対しての恐怖感はほぼ皆無だ。


「なにっ!?」


 馬鹿正直にまっすぐ出してくれた腕を内側から回し受ける。


 軌道が逸れたナイフは当然当たらないし、奴は身体を無防備にさらした格好になった。


「己がしたことを反省するんだな」


「がふっ!?」


 わき腹へと左のボディブローを埋め込んだ後に、前に沈んだ顔面を右ストレートで意識を刈り取る。


 倒れてくる男を払いのけると、他の奴らも各々の武器を取り出していた。


「挟め!」


 一人倒されたことで先ほどまでの油断はなくなり、連携を取ってくる。


「死ねぇ!」


「斬り刻んでやらぁ!」


 頭部と腹部めがけて振り回される凶器。


 だが、甘い。狙うなら腹じゃなくて、足だ。


「下のスペースが安全地帯になってるぜ」


 しゃがみこんで躱す。


 地面に手をつき体を上下反転させると、そのまま奴らの顔面を蹴り抜いた。


「あがっ!?」


「おごっ!?」


 残るは二人。


「く、くそ! こんな奴らいるなんて聞いてない! おい、ずらかる」


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」


「ひいっ!?」


 言葉を遮る断末魔。


 先回りして逃げようとしていた男にアリスがアイアンクローをかましていた。


 メキメキと明らかに鳴ってはいけない音が聞こえる。


「……ぁ……あっ……」


 捕まっていた男は泡を吹いて、白目をむく。


 そのまま俺がした奴らの上に重なるように放り投げられた。


「……お前も逃げるか?」


 ニィと口端をつり上げるアリス。


 ……あいつ絶対正義の味方より悪役の方が似合ってると思う。


 そういう意味では俺の部下になったのも運命かもしれない。


「あなたたちに【救世主】様の裁きすくいがあらんことを……」


 そして、倒れた男たちの前で膝をつき、祈りを始めるやばい女。


「な、なんなんだよ、てめぇらはよぉ!?」


「俺が聞きてぇよ!」


「ぐはぁっ!?」


 思いをこめて右頬を撃ち抜く。


 うろたえて正常な判断ができなくなっていた奴は避けられず、力なくダウンする。


 こいつらは見るからに下っ端。


 釣れるかどうかはわからないが、情報を吐かせるためにも縛り上げておくか。


「アリス」


「かしこまりました」


 アリスは男たちの服を引きちぎると布代わりにして手足を縛っていく。


 ……今気づいたけど背中でマシロが気絶してる……。


 ……あぁ、割り込むときに走った時か。


 ある意味でこんな光景を見ずに済んでよかったかもしれない。


 気を遣ってフォロー入れられるのがいちばん心に来るだろうから。


「ヴェレット様。立派な【救裁きゅうさい】でした」


「変な造語作るのやめてくれ」


 俺、別にそんなキャラじゃないから……!


 アリスが勝手に理想の俺を語っただけなんだ。


 気まずい空気の圧に負けて、それに乗っかって演技をしただけなのに……どうしてこんなことに……。


 しかし、彼女は気にした様子もなく自己紹介を始める。


「私の名前はミオと申します。まさか本当に貴族様が来てくださるとは……アリスさんに聞いていた通り、とても愛のある方なのですね」


 そう言うと、彼女はぎゅっと指を絡ませるようにして俺の手を握りしめた。


「大したおもてなしは出来ませんが、当孤児院はヴェレット様を歓迎いたします」


 ……ただ労働力目当てで来たのに、もっと厄介な沼に片足を踏み入れた気がする。


 そんな予感を感じさせる出会いの一幕だった。


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