Stage1-11 すべての【救世主】

 真っ暗闇の部屋。


 カーテンも閉め切られ、外からの光も差さない生徒会室。


 何者も入ってこない一人きりの空間で、私は写真立てを見つめていた。


「面白い子だったなぁ、ヴェレット君」


 鮮明に浮かび上がってくる先日言葉を交わし合った少年の姿。


 飾られた写真に写っている彼との邂逅を思い返す。


 第一印象をよくするために、いつもより多めに詰めたのにすぐバレちゃった。


 おっぱい大きい子が好きな彼には効くだろうと思ったんだけどなぁ。


 ……私も別に小さくないけど、決して。


 視線を下げれば、視界に入るちょっとした隆起。


「…………ふん」


 指摘された事実が面白くなくて、写真立てをピンと指ではじいた。


「……やっぱり隠したよねぇ、噂のマジック・キャンセル」


 自分は間違いなく自然な流れを作った。


 接触する機会をうかがって、ずっと授業を休んで見張っていたから事情もおおかた把握できていた。


 違和感は与えなかったと思う。


 狙いがヴェレット君の特殊な技術にあるとは悟れないはずなのに……。


 まさか彼はあの事件を収束させた時から先生が目を付ける可能性に至っていたというの?


 だけど、もしそうなら最初からやけに好戦的だったのにも納得できる。


「生徒会勧誘まで断られると思わなかったけど……徹底的に隠匿するつもり?」


 だったら、どうしてボルボンド家のバカ相手に使った?


 導ける事実はリーチェさんはマジック・キャンセルを使ってでも自分の手で助けたかったということ。


 それは希少価値がある彼女に忠誠心を植え付けるため。


 彼女を自らのイエスマンにするのが目的……かな。


 いくら巨乳好きとはいえ、まさかリーチェさんのおっぱいが大きいというだけで自分の切り札を晒すバカではないだろう。


「掌の上で転がされていた」


 あんな絶妙なタイミングで付き人がやってきたのも仕込みに違いない。


 付き人のアリスさんは普段は彼にベッタリだそうだから。


 しかし、私を使って探らせるところまで読んでいるとは……。


「いるんだなぁ、生まれながらの天才って」


 私とは大違い。


 きっとこのまますくすく育てば、彼は歴史に名を刻む魔法使いになる。


 いつか【雷撃のフローネ】に並ぶ英雄になるかもしれない。


 それだけの素質を数分の会話でわからせられた。


「だけど、ごめんね」


 つまんだ写真立てから指を離す。


 カタンと音をたてて落ちたそれを、足で踏み抜いた。


「先生の代わりになるのはレイナ・ミルフォンティわたしの存在意義だから」


 あ~あ、先生が出張から帰ってきたらなんて報告しよう。


 怒られるの嫌だなぁ。


「もう慣れたけど」


 怒鳴られるのも。殴られるのも。弄られるのも。


「……彼、何してるのかなぁ?」


 先ほど処理した一枚の紙を手に取る。


 外泊許可申請書。


 入学した生徒が学院の外に出るために必要な用紙に記載された記憶に新しい三人の名前。


 申請理由にはボランティア、と書かれていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「オウガ様。お気分は大丈夫ですか?」


「ああ。これくらいの揺れは慣れっこだ」


「わ、私は不味いかも……うっぷ……」


「おいおい……」


 明らかに顔色が悪いマシロの背中をそっと撫でる。


 馬車に乗って最初の数十分は元気そうにはしゃいでいた彼女だったが、だんだんと繰り返される揺れに耐えきれなくなっていた。


「馬車に乗る機会などめったにないですからね。私も昔は同じように苦しみました」


 聖騎士時代の思い出を懐かしみながら、アリスは布でバッグをくるんで簡易枕を作る。


「手狭ですが、こちらで横になってください。少しはマシなはずです」


「うぅ……ありがとうございます……」


 俺の隣に座っていた彼女はゆっくりと立ち上がり、アリスと席を入れ替わろうとする。


 そんな彼女を横目に俺は窓の外に映る景色を見ていた。


 俺たちが向かっているのはイニベント。


 特徴がないのが特徴といった、王都の外れにあるありふれた小さな街だ。


 王都といってもすべてが栄えているわけじゃない。


 中心から離れれば離れるほど、どんどんと田舎になっていく。


 つまり、整備されていない通り道も増えるわけで。


「あっ」


 ガタンと激しく上下に揺れる馬車。


 立ち上がっていたマシロはフラフラとこちらへと倒れてくる。


 バランスを崩した彼女はもろに俺の腹へと頭をぶつけた。


 それがトリガーだった。


「……おぇぇぇぇぇ」


「あぁっ!? オウガ様の服がぁぁぁ!?」


 同級生が出しちゃいけないものを出す音とメイドの悲鳴が馬車内に響くのであった。







「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


「何度も言ってるだろう? 大丈夫だ。というか、そんなに激しく揺らしたら……」


「……うぷっ……」


「バカか? さすがにバカって言っていいよな?」


 イニベントに到着した俺たちはアリスの案内に従って、街中を歩いていた。


 あまりにも活気がない街は閑散としており、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなる。


「リーチェ嬢。どうぞ私の背中に……」


「うぅ……すみません……」


 そんなやりとりを挟んで、今は気遣ったアリスがマシロを背負っていた。


「……本当に嫌がらせをしてくる奴らがいるんだよな?」


「はい。私の友は嘘をつかないやつです」


「それならいいんだ」 


 だが、そいつらの狙いはなんだ? はっきり言って旨味があるようには思えない。


 こんなにくたびれた街の土地の価値なんてほとんどないだろう。


 いまいち要領が掴めない気持ち悪さを抱えながら、俺たちは足を進める。


「そこの角を右に曲がれば、孤児院に着きます」


「ずいぶんとはっきり覚えているな。地図も見ていないのに」


「何度か通っていましたので。ほら、きっとみんなが出迎えて――」


 そこで言葉は途切れる。


 なぜなら、飛び込んできた光景はオレンジ色の髪をした女性を突き飛ばした男たち五人という構図だったからだ。


「……どうやらさっそく俺たちの出番みたいだな」


 すぐに駆け出すと、俺はその勢いのまま男たちに跳びけりを喰らわせる。


「がはっ!?」


 思いがけないところからの攻撃をもろに喰らった男たちはドミノのようにまとめて倒れた。


 アリスは彼女の友だちであろう女性の安全を確保している。


「な、なんだぁ! てめぇら!!」


 すぐさま戦闘状態に入る悪党たち。


 対して、俺も構えを取る。


「俺たちはお前らを潰しに来たのさ」


「おいおい、冗談が許されるのは赤ちゃんまでだぞ、クソガキが」


「見逃してやるからお家に帰って、ママのおっぱいでもしゃぶっときな」


「オレはそこのお嬢ちゃんたちの舐めたいけどな!」


 ギャハハハとこだまするガラの悪い笑い声。


 不愉快な奴らだ。


 とりあえずここでシめて、その口を黙らせてやろう。


 だが、俺の拳よりも先にあいつらの口を閉じさせたのは、アリスの迫力ある大声だった。


「貴様ら! この方をどなただと存じ上げている!」


 彼女は俺の前に立つと片膝をつき、どこから取り出したのか紙吹雪をまきはじめる。


 ヒラヒラと舞い落ちる紙で桃色に染まっていく足元。


 ア、アリスさん?


 恥ずかしいからやめてほしいんですが……。


「この世のすべての闇を払いのけ、光を届けてくださる! 全ての悪を断罪し、正義のもとに生きる【救世主】!」


 まるで普段から同じやり取りをしているかのようにスラスラと出てくる口上。


「オウガ・ヴェレット様だ!!」


 そして、高らかと俺の名前を宣言した。


 アリスが。


「…………」


 あっ、やめて! この沈黙はすっごい辛い! 


 やばい奴を見るような目はするな!


 後ろにいるアリスの知り合いさんもだよ! 


 お前、こっち側だろうが!


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