Stage1-10 新たな悪事を働くとしよう
レイナ・ミルフォンティ。
フローネ・ミルフォンティの一番弟子にして、一年時から魔法学院の生徒会長を務める期待のホープ。
次世代を引っ張る若者として国民からの期待も厚い。
麗しき容姿、とびぬけた才能からついた二つ名が【神に愛された子】……か。
写真で見るのと実物を前にした今とで、ずいぶん受ける印象が違うものだ。
俺は魔法が使えない分、肉体トレーニングにも力を入れている。
骨格。各部位の使い方。筋肉の連動。
いつでも十全以上の実力を発揮できるように知識も蓄えていた。
だから、わかるのだが、なんだか体格に対して不自然に胸がおおき――。
「――そんなに見つめられては恥ずかしいです」
「……っ!」
視線が下へと移動した一瞬で眼前まで距離を詰められた。
始動が見えなかった……!?
視界にとらえていたのに……!
動揺をさらけ出しては格好悪いので、何とか平静を保ちつつ言葉を返す。
「思わず見とれてしまっただけだ。気にしないでくれ」
「わぁ……ふふっ、お上手ですね。リーチェさんも口説き落とされたのも納得がいきます」
ですが、と彼女は続ける。
「もう少し笑って言ってほしかったです。こわばってますよ。笑顔がいちばんです」
クイッと俺の頬を持ち上げるミルフォンティ。
……ふん、よく言うぜ。
この指舐めたらどんな反応するんだろうな。
「ご教授どうも」
「素直な子が私は好きですよ」
「気が合うな。俺もだ」
視線が交わりあい、バチバチと火花が散る。
重たい静寂。破ったのは一人置いていかれていたマシロだった。
「えっと……その、喧嘩はダメですっ……!」
俺の腕を引っ張って、生徒会長から引き離してくれるマシロ。
おっぱいに挟まれたおかげで、冷静さを取り戻した。
そうだ。こんなところでやりあっても意味がない。
俺は楽して異世界生活を楽しむのだ。
向こうから話しかけてきた今、縁を作るには絶好の機会じゃないか。
ここで良い印象を植え付けておけば、将来的に俺が悪事を働いていても疑われにくくなるはず。
「ありがとう、マシロ。落ち着いたよ」
「ううん。それならよかった」
「ミルフォンティ生徒会長、数々の無礼失礼しました。」
「……いいえ、気にしないで。私は魔法学院の生徒の長。期待の新人のお二人とこうして交流できて嬉しいですよ」
ニコニコと笑顔で彼女は許してくれる。
「しかし、怒らなければならないのも事実です。どうして二人はこんなところにいるのでしょう? 今の時間は授業中のはずですよね?」
「え、え~と、それは……」
「授業が退屈だったので、もっと有意義に時間を使おうと思いました」
「オ、オウガくん!?」
素直な子が好きと言っていたので、ぶっちゃけてみる。
幼い頃から魔法論理漬けだった俺からすれば退屈だったのは事実だ。
「あははっ。確かにヴェレット君にとっては苦痛かもしれませんね」
「ミルフォンティ生徒会長も同じ想いをしたのでは?」
「秘密です。ですが……こういうのはどうでしょう? 私による実技講座、なんて」
「……!」
「せ、生徒会長さんのですか!?」
【雷撃のフローネ】の一番弟子である彼女自らの講義。
きっと俺でも思いつかない年月が染み込んだ技術があるはず。
どれだけの大金を積めば叶うのかわからない機会が突然降ってわいてきた。
「実技棟に来たということは魔法の練習をしようと思ったのでしょう? 可愛い後輩のためなら別に私は構いませんよ」
パンと手を合わせて小首をかしげる。
「実はお二人とは前からお話してみたいな~と思っていたのでちょうどいいですしね」
生徒会長は俺たちの手を握りしめる。
彼女の小さな手は思っていたよりも力強く、
「少しタイミングが早くなってしまいますが……遠くないうちに私から接触するつもりだったんです。新入生いちばんの知恵を持つヴェレット君と複数魔法適性保持者のリーチェさん」
……なるほど。
「私はお二人を生徒会に勧誘したいと思います」
そう来たか。
彼女の目的が読めた俺は興奮がスッと引いていく。
クックック、危なかったぜ。危うく魔法オタクの血が騒いで正確な判断が出来なくなるところだった。
スバリ彼女は怖いのだ。
……この天才たる悪の俺がな!
「お断りします」
はっきりと拒絶の意思を告げる。
生徒会長の真意は俺を自分の眼のつくところに縛り付けること。
マシロが俺の手に落ちたことで危惧し、先に封じに来たのだろう。
なにせこのままだと優秀な人材が悪徳領主になる予定の俺の下でこき使われることになる。
そうはさせまいと近づいてきたのだろうが、そうはいかないぜ。
こんな風に優しいふりして近づいて、油断したところを襲う。
野蛮な肉食動物だなぁ、生徒会長さんよぉ。
「……理由を聞かせてもらっても?」
「今は自分のやりたいことに力を注ぎたいので」
「生徒会に入ればヴェレット君の評判は反転しますよ?」
「俺はこれっぽっちも気にしていないです」
「……そうですか。それは残念です」
俺の意思が固いと踏んだのか、生徒会長は引き下がる。
「ですが、私はいつでもあなたたちを待っていますよ。気が変わったら、遠慮なく声をかけてくださいね」
彼女は俺たちの手をそっと離すと、そのまま間をすり抜けて実技棟の扉に向かって歩く。
「さぁ、どうぞ。私が付き添いでいれば実技棟に入れますから」
これも俺の実力をはかるための提案。
当然受けるわけにはいかない。
「いえ、お断りした手前そこまでしていただくわけにはいきません。自分たちは諦めて、教室に戻ります」
「そ、そうだね。すみません、生徒会長。せっかくのご好意を無碍にしてしまって」
「……遠慮なさらずともいいのに」
「オウガ様ー! お待たせしましたー!」
ちょうどいいタイミングでアリスの声が聞こえる。
「連れが呼んでいるので、自分たちはこの辺りで失礼します」
生徒会長に背を向けて、その場を去る。
足音はついてきていない。
マシロの実力を見れなかったのは残念だったが……。
「オウガ様? 実技棟には向かわないので?」
「ああ、実は……」
歩きながら、アリスに事の顛末を話す。
すると、彼女はポンと一つ手を打った。
「それでしたらオウガ様。一つちょうどいいお話がございます」
「いい話……? 聞かせてくれるか?」
「私の知り合いに孤児院を経営している者がいまして、実はその土地を狙っている輩がいるらしいのです。最近そいつらの嫌がらせが激しいみたいで……本当は私とオウガ様の二人で担当しようと思っていたのですが、リーチェ嬢も実戦経験を積むという意味でも参加しませんか?」
「ほう……悪くないな」
確かに学院外なら魔法を使っても問題ない。
マシロにも安全な位置から協力させれば実力を知れるだろう。
勝手に俺を数勘定に入れているのは納得いかないが、どうせ俺も出向かう羽目になっていただろう。
なんせアリスだけに任したら、その悪党を利用する前に全員殺してしまうはず。
将来的に様々な収入ルートを確保しておきたい俺としては阻止せねばならない。
ここまででも一石二鳥だが、もう一つ利点がある。
それは孤児院に恩を売れるということ。
孤児院には身寄りのない子供たちがたくさんいるはずだ。
つまり、労働力の確保である。
悪党どもから助けた恩人である俺の言うことなら無条件で信じてしまうはず。
アリスに内緒で、契約書にでもサインさせてしまえば、もうこっちのもの。
クックック……悪いな、見知らぬ子供たち。
俺の明るい未来のための糧となってくれ。
「マシロ。お前は大丈夫か?」
「う、うん……! いつかはそんな日が来ると思っていたし……私もオウガくんの役に立ちたいから!」
本人もやる気。なら、話は決まりだ。
「決行は週末の休日だ。向こう側に連絡しておけ」
「はい! オウガ様の未来のために一緒に悪党をぶっ殺しましょう!」
満面の笑みでそう告げるアリスにマシロはちょっと引いていた。
慣れろ。
こいつはこんな奴だ。
◇マシロのおっぱいには状態異常無効のバフ効果があります◇
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