Stage1-9 流石はオウガ様
魔法学院の教室は広大で、生徒二人で一つを分け合うテーブルが前後に余裕ある間隔で配置されている。
その最後方は私のような付き人が授業中、邪魔にならないように待機するスペースが設けられていた。
カチカチと秒針の音が喧騒が飛び交う中でもはっきりと聞き取れる。
一秒が長い。
授業開始が近づく中、私は敬愛なる主の帰りを待っていた。
「オウガくん、どうかしたんですかね?」
話しかけてくるのは先日オウガ様が救い出した少女、マシロ・リーチェ嬢。
この学院において第一にオウガ様が欲しがった人材でもある。
数多くの名家の子息子女が集まる中、どうして彼女がと思う者もいるだろう。
しかし、彼女が【
ヴェレット家の調査によって情報を掴んでいたオウガ様は他には目もくれず、彼女を口説き落とした。
これでまたオウガ様に優秀な人材が集まり、オウガ様の目指す正義実現に一歩近づく。
流石はオウガ様。
「オウガ様にも心当たりが無いようでした。残念ながら、帰ってこられるまで待つしか知る術はありませんね」
もちろん嘘である。
呼び出された理由は二つほど推測できる。
一つ、フローネ・ミルフォンティが私の正体に気づいた。
彼女は顔が広い。
人類の英雄の一人として数えられる彼女は後継者の育成にも注力しており、様々な場所へと頻繁に顔を出していた。
当然、聖騎士団にもたびたび訪れており、私も幾度か会話を交わしている。
もう一つ。厄介なのは、こちらだ。
オウガ様の【
私たちは口裏を合わせ、【魔術葬送】については隠した。
しかし、あのボルボンド家のクソ虫はそうもいかない。
相手がただの魔法使いならボルボンド家のクソ虫のたわごとと切り捨てるだろうが……。
フローネなら万が一を予測して、オウガ様に探りを入れる可能性がある。
なにせ【魔術葬送】は世界をひっくり返す技術だ。
せっかく近年は魔族との領地争いが落ち着いてきたのに、今度は貴族と平民の人間同士の争いが勃発してしまう。
戦場に立ち続けたフローネは新たな戦争の火種にならないように動いてもおかしくない。
そして、これらは脳筋とよく言われた私でも思いつくことだ。
オウガ様なら全て見通したうえでリーチェ嬢に気を遣ったのだろう。
【魔術葬送】を彼女を助け出すために使った事実に対して自分自身を責めないように。
流石はオウガ様。
「そうですか……。でも、もうすぐ授業が始まってしまいますね」
「ミルフォンティ学院長は生徒を授業に遅刻させるような方では……なかったみたいですね、リーチェ嬢」
「あっ、オウガくん!」
リーチェ嬢が名前を呼んだ瞬間、教室内が一気に静かになる。
オウガ様は良くも悪くも目立つ方。
ついこの間まで魔法適性のない、コネで入学した――当然そんなことはできないとわかった上での悪口だ――悪徳領主の息子とバカにされていた。
だが、リーチェ嬢をいじめから助け出したことで風向きが変わり始めている。
今の彼ら彼女らは無能と嘲笑していた人物が遂行した善行を知って、罪悪感を抱き始めている頃合いだ。
このままオウガ様がオウガ様らしく生き続ければ、いずれは我が主をバカにするものはいなくなるだろう。
「おかえりなさいませ、オウガ様」
「おかえり、オウガくん。どんなお話してたの?」
「ただの雑談だ。それよりも今はしたいことが一つある」
オウガ様はそう告げると自身のスクールバッグを手に取り、そのまま外へと出ようとする。
「オ、オウガくん? 今から授業だよ?」
「サボる。もちろんマシロもだ。ついてこい」
「え、えぇっ!?」
「実技棟に向かう。見ておきたいことができたからな」
「ま、待ってよぉ!」
驚いてはいるがリーチェ嬢の行動に迷いはない。
机に広げていた教材をバッグに詰め込むと、オウガ様の隣に並ぶ。
ふふっ、彼女の忠誠心も相当なものだ。
さて、私も後に続こうじゃないか――
「アリスは俺たちが体調不良で欠席すると先生に伝えてから来てくれ」
――泣いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駆け足気味に歩く俺たちの足音が廊下に響く。
マシロが複数の魔法適性を持っているなんて知らなかった。
彼女に限っては写真を見た第一印象だけで決めていたから。
「でも、どうしたの急に。実技棟に行きたいだなんて」
「二つの属性の魔法を同時に使うとは、どんな感じなのか気になってな」
フローネ・ミルフォンティに目をかけられるほどの実力はどんなものか把握しておきたい。
別属性の魔法を同時に扱えるのか。
魔力の消費量は変わるのか。
どんなイメージで魔法を発動させるのか。
元々、俺は魔法適性が無いハンデを埋めるために様々な知識を叩き込んでいた。
マシロの魔法を見れば、また新たな技術を思いつくかもしれない。
それにサボリも一度はしてみたかった。
ちょうどいい言い訳もできて。やらない理由はなかった。
「えっ? じゃあ、オウガくんはボクの魔法適性のこと知らなかったの?」
「そうだが? 何か悪いか?」
べべべ別に? むしろ、これでマシロに最初から調べていたとは気づかれないし?
俺の作戦通りなんだが?
誰にしているのかわからない言い訳がポンポン出てくる。
「ううん、最高!」
満面の笑みになった彼女は腕に抱き着いてくる。
訳が分からなかったが、おっぱいが最高なので深く考えなかった。
「ここか」
「うわぁ。間近で見ると、結構大きいねぇ」
しばらく歩けば実技棟の入り口に着いた。
教室棟も十分な大きさだが、その何倍もあるのが実技棟だ。
実際に魔法を使うため、小さな密閉空間では暴発などの事故が起きてしまえば多大な被害が発生する。
生徒の安全のためにも十分な面積が確保されており、すべてで六つのエリアで構成されている。
「よし、入るか」
「うん! オウガくんに格好いいところ見せてあげるね!」
意気揚々と中に入ろうとする俺たち。
しかし、扉は一向に動かなかった。
「あ、あれ? なんでぇ?」
幼い頃から肉体を鍛え続けた俺は力には自信がある。
アリスを手にしてからはよりハードなトレーニングを積んできた。
確かに扉は分厚く見えるが、それでも微動だにしないなんてことはないだろう。
つまり、何らかの事情があって開かないようになっていると考えるのが妥当か。
「ふんぬぬぬぬ……!」
隣でマシロが顔を真っ赤にして頑張っているが、無駄に終わる。
校内での許可のない魔法の使用は禁止。
実践のカリキュラムが組まれているのはひと月以上先。
そこまでお預けを喰らうなんてありえない。
どうにか抜け道は無いか。
いっそのこと外壁から登ってみるか。
そんな無謀な案の採用を検討し始める。
すると、思考を遮るように透き通る声が耳に届いた。
「一年生だけでの実技棟の立ち入りは禁止だよ、お二人さん」
振り向くと、腰まで伸びた桃色の髪を揺らす人影が一つ。
俺たちとは違う白色の制服に身を包んだ彼女は、その優雅な立ち振る舞いからまるで天使のように映る。
十人いれば十人が目を奪われる美しさ。
俺もまた彼女を見つめてしまう。
「初めまして。私はレイナ・ミルフォンティ。栄えあるリッシュバーグ魔法学院の生徒会長を務めている者です」
だけれど、俺を惹きつけたのは彼女の美しさではない。
深い黄色の瞳。
彼女の瞳は転生前の俺みたいで、まるで生気が感じられなくて。
「仲良くしてくださると嬉しいです、ヴェレット君、リーチェさん」
浮かべる表情と告げる彼女の感情が一致しない違和感を覚えたのであった。
◇明日は急用が入ってしまったため、更新時間が夜の19時になります。
少しばかりお待たせしてしまいますが、引き続き応援よろしくお願いします。◇
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