Stage1-8 動き出す思惑
リッシュバーグ魔法学院は四つの棟で成り立っている。
学生生活で主に過ごす場所となる教室が詰め込まれた本校舎。
備品などを保管する実質倉庫扱いになっている旧校舎。
魔法演習や実演など練習場が設けられている実技棟。
これらは大規模な建物となっているが、残りの一つは使用用途が限られているため一回り小さいサイズだ。
それが教員棟。
教師たちにもそれぞれ個人の部屋が与えられており、その最上階には学院のトップである学院長室がある。
そして、俺は担任づてに呼び出され、学院長室のソファーに腰かけていた。
「早朝から足を運んでいただき感謝しますよ、ヴェレットさん」
向かい合っているのは顔にしわを作った初老の女性。
名をフローネ・ミルフォンティ。
【雷撃のフローネ】の二つ名は知らない者はいないと謳われるほどの数々の戦績を残してきた英雄と言っても過言ではないだろう。
彼女も寄る年波には勝てず戦線からは退いたが、正面から対峙していればはっきりとわかる。
全く衰えていない。
ヒシヒシと全身にプレッシャーを感じていた。
「それでわざわざアリスを外してまでの用件とは何でしょうか。もうルアークの一件は片付きましたよね」
奴らの退学からすでに一ヵ月が経っている。
あれから俺にはマシロ以外誰も近づかなくなったので、当然問題は起きないわけだが。
「ふふっ、今日は個人的な用事で呼んだのですよ。あなたとお話がしたくて」
ミルフォンティ学院長は紅茶の入ったカップを差し出してくれる。
彼女が飲んだのにあわせて一口含むと、凝り固まっていた筋肉が弛緩した気がした。
「どうやら緊張は解けたみたいですね」
「あなたほどの英雄と対面して、緊張しない生徒はいませんよ」
なにせ俺が目指しているのは悪徳領主。
今の段階から正義に位置する彼女に目を付けられるのは避けたい。
そんな気持ちが強く出過ぎていたみたいだ。
「あらあら、お上手。でも、私では彼女を救えなかったわ」
「彼女……?」
「マシロ・リーチェさんのことですよ。今日はそれについてお礼が言いたかったの」
彼女はティーカップをテーブルに置くと、柔和な笑みを浮かべる。
「ありがとう。彼女という貴重な才能を失わずに済んだのは、他の誰でもない。あなたのおかげです」
「俺はやるべきだと思ったことをしたまでです」
そして、欲望に従ったのは正解だった。
元来、マシロは明るい性格だったのだろう。周囲が貴族ばかりというアウェーな環境で委縮していたのかもしれない。
毎日学院でほぼ一緒に時間を過ごすにつれて、いい意味で遠慮が取れてきてボディタッチが多くなってきた。
なにより嬉しいことがあるたびに飛び跳ねたり、ときには喜びのあまり抱き着いてきたりする。
おっぱい万歳! 学院生活最高!
「一人一種。貴族ならば必ず魔法適正を持つと言われる中、何も魔法適性がない貴方には辛い思いをさせてしまうかもしれない。なので、合格を出すか悩んだのですが……あの時の私の選択は間違っていなかったようですね」
嬉しそうに笑うミルフォンティ学院長。
いいや、大間違いだぜ。
マシロはもう俺の手に渡ってしまった。
将来、好き放題されてしまう未来は確定なんだからな……!
もちろん、態度にはおくびにも出さないが。
「しかし、魔法適性のないあなたと正反対のリーチェさんが仲良くなるとは、これも運命でしょうかね」
「……というと?
「マシロ・リーチェさんはあなたと真逆で魔法実技の成績が良くて入学が許可されたのですよ。もしかして、かのヴェレット家の息子であるあなたなら最初から知っていたのかもしれませんが」
「……ノーコメントで」
知らなかった!
スリーサイズと全身写真だけで決めてたわ!
まだ魔法を使った演習もしていないし、そういえば実力を知らないままだったな……。
「この世界において与えられる適正は大前提として一つのみ。これは知っていますね?」
「はい、常識ですから」
「ですが、時に複数の適性を持つ子供が生まれる時がある。そして、リーチェさんは風と水。二つの属性の適性を持っている。これは素晴らしい才能です。その才能が摘まれずに済みました。学院を代表して改めてお礼を言わせてください」
もう一度頭を下げようとしたので、俺は手で制した。
「学院長からは一度いただきました。お気持ちは十分に伝わっております」
全然そんなつもりはなかったので、あんまり他人から褒められるとこそばゆいというか……。
そもそも善行のつもりでもないので変な罪悪感を刺激されるのは遠慮したかった。
「それでは授業が始まるので、自分は失礼いたします」
後で教室に戻ったら、マシロの魔法を見せてもらおう。
そんなことを考えながら、学院長室を後にするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あれがオウガ・ヴェレット」
魔法学院の入学試験において史上初『筆記試験』で満点を叩き出し、『実技試験』を0点で合格した男。
突出した才能を求めるうちでなければ不合格だっただろうな。
この目で確認しておきたかったから呼び出したが……なるほど、面白い人物だ。
あの男……最初、私を警戒していた。【雷撃のフローネ】と呼ばれる英雄の私を。
ただの生徒なら緊張だったと流す場面だったが、あいつはヴェレット家の人間。
隠密。情報収集。情報戦に長けている一家だ。
どこかで私について怪しい噂を耳に挟んだのかもしれない。
今後は一層足取りを残さないように厳しくしなくては。
「それにしても厄介なところの庇護下に入ったものだねぇ、まったく」
まさか
これも全てあのボルボンド家のバカのせいだ。
いくら貴族が平民の上の立場だからといって、入学して早々問題を引き起こすバカがいるか?
「……ふん。まぁ、いい。思わぬ収穫もあった」
ボルボンド家のバカ息子が事情聴取で発言したある一言。
『俺の魔法が消されたんだよ! 本当だ! あいつは魔法が使えないと嘘をついてる!』
魔法を消す魔法?
ふざけないでもらいたい。
貴族がどうして貴族でいられるか。
それは魔法適性の有無だ。
時に突然変異で魔法適性を持つ者も生まれるが、数で言えば圧倒的に少ない。
故に平民は貴族へ反乱を起こさない。いや、起こせない。
もちろん貴族だってただ税収で暮らしているのではなく、魔物の討伐など代価として平和を提供している。
それでも不満というのは溜まるものだ。
もし、そんな魔法を無効にできる技術が広まってしまえば世界の秩序は乱れてしまう。
「ヴェレットたちはみなそろって魔法は使っていないと口を合わせている。だが、これがもし事実ならば……」
奴の側近はどちらも平民出身。
あのメイドも怪しいものだ。まだ写真でしか確認していないせいで断言はできないが、
彼女が追放された後、どうなったのか。後で調べておくとしよう。
だが、これでもし私の予測が当たっていたとしたら?
片や剣の腕一つで聖騎士隊総隊長まで上り詰めた化け物。
片や世界において希少な
とんでもない力がオウガ・ヴェレットのもとに集まったことになる。
「魔法適性が無いゆえに貴族社会において民草の苦しみを正しく理解できる男、か……」
奴は何をもくろんでいる?
民衆の英雄となろうとしているのか。案外、女を囲っていい気になりたいだけのバカかもしれないな。
「……ふふっ、それはないかねぇ」
目的は見えてこないが、長年追い続けてきた私の夢の障害になりうる可能性がある。
ならば、排除せねばならない。
「――レイナ」
「はい、学院長」
名前を呼べば、学院長室からつながっている別室で待機させていた桃色の髪の少女が出てくる。
「あなたには彼の監視を任せます。彼の生徒会への推薦も出しておきましょう。そちらの方が生徒会長のあなたも楽でしょうから」
「ふふっ、ご配慮いただき嬉しいですわ」
相も変わらず目が笑っていない微笑み。
四六時中、ずっと作った表情を貼り付けている。
我が弟子ながら気持ち悪い子だ。才能がなければ、とうに捨て去っていただろう。
「もし、彼が怪しい動きを起こしたならば……わかっていますね?」
「承知いたしております。レイナ・ミルフォンティの名に懸けて――」
「――彼の人生を終わらせます」
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