Stage1-13 貴族と平民

「どうぞ。貴族様を招待するには、あまり立派な建物でもございませんが」


 謙遜しているが、一人の女性が所有するには十二分な大きさだ。


 見上げれば三階は余裕でありそうな高さが確認できる。


「そんなことはないだろう。一般市民が手に入れるには苦労しそうな大きさだが」


「イニベントを離れる老夫婦が善意で譲ってくださったのです。前はもっと小さくて、子供たちに窮屈な生活を送らせてしまっていました」


 招き入れられ、ドアをくぐる。


 子供たちが一堂に会して食事ができるテーブルとおもちゃや教材が混在して散らばっているスペース。


 そこに端っこに身体を寄せて集まっている子供たちがいた。


 少年少女たちはミオの顔を見ると、わぁと声を上げて一斉に彼女に抱き着く。


「シスター!」


「ミオ姉ちゃん!」


「ふふっ。みなさん、もう大丈夫ですよ」


 ……こういう姿は普通なのになぁ。


 さきほどまでの彼女との違いに腑に落ちないでいると、子供たちの視線がこちらに向いていた。


「クリス――」


「ごほんっ!」


 アリスがわざとらしい咳ばらいを入れると、子供たちは何かに気づいたように口をふさいだ。


「あっ、そうだった……! ごめん! アリスお姉ちゃん!」


「遊びに来てくれたの!?」


 そういえば子供たちと面識があるんだったか。


 アリスは近づいてくる子供たちの頭をヨシヨシと撫でている。


「ひと月ぶりか。元気にしてたか?」


「うん! いっぱい剣の練習もしたんだよ!」


「そうかそうか」


「もしかしてアリスお姉ちゃんが悪い奴らを倒したの!?」


「いいや、違うよ。今回助けてくれたのは、私のご主人様だ」


 アリスからパスを受けて、子供たちの注目が集まる。


 全部合わせて十人か。個人で経営していることを考えれば十分な人数だな。


 こいつらは将来、俺の部下としてボロボロになるまで働くのが確定している。


 さて、第一印象が肝心。


 ここは一つ、威厳を持たせて上下関係を叩き込んでやろうじゃないか。


「我が名はオウガ・ヴェレット。ヴェレット公爵家の長男だ。我が剣であるアリスの願いを聞き入れ、お前たちを保護するためにやってきた。お前たちはもうすでに俺のものというわけだ。今日からこの孤児院は俺の名において安全が保障される。感謝するがいい」


 パチパチと響くアリスとミオの拍手。


 こいつらは俺が何をしても褒めたたえそう。


 なんなら生きているだけで偉いと甘やかすレベルに達していそうなので無視。


 さて、子供たちの反応はいかがなものか。


 ふっ、なにせ俺は貴族だ。


 こいつらにとっては初めて見るレベルの衣装に身を包み、高貴な雰囲気をまとっている人間。


 尊敬のまなざしを受けるのは間違いない。


 いいだろう。どんなに礼儀のなっていない言葉遣いでも俺は許そう。


 さぁ、感謝の言葉を浴びせて俺を気持ちよくさせるがいい!


「えー、弱そうー」


「アリスお姉ちゃんの方が格好いいー」


「本当に貴族なの? 同じ子どもじゃん」


 …………。


「コ、コラ! お前たち!」


「えー、だってー」


「貴族ってヒョロヒョロしてるんでしょ? アリスお姉ちゃん言ってたじゃん」


「それはオウガ様に出会う前の話でだな……」


「アリスお姉ちゃんに剣を教えてもらった俺たちの方が強そう」


「それな~」


 俺への悪口でワイワイと盛り上がる子供たち。


 顔を青ざめさせたミオがすぐに近寄ってきて頭をペコペコと下げる。


「すみません、ヴェレット様! すぐに言い聞かせますので……!」


「……大丈夫だ。元気が有り余っていて良いじゃないか」


 我慢だ、我慢。


 ここでキレてしまえば、俺もこいつらと同じ精神レベルだという証明になってしまう。


 俺はもう大人。大人が乗っていい挑発はメスガキだけだ。


 主に悪口を言っているのはオスガキ。


 そう。だから、服を引っ張られても、ボコスコ叩かれても怒らない。


「おい。俺と戦おうぜ!」


 落ち着け、オウガ・ヴェレット。


 まだ精神が成熟していない子供の言うことじゃないか。


 ほら、大丈夫。


 どこぞの生徒会長のように貼り付けた笑みを浮かべて、大人としての対処を――


「あっ、無理か。貴族様は運動しないノロマだもんな」


「――やってやろうじゃねぇか!」


 悪ガキどもはきっちり俺自らしつけてやらねぇとなぁ!


 上着を脱いで、アリスに放り投げる。


「アリス。こいつらは俺が面倒見てやる。お前はこの間にやるべきことをしておけ」


「……! 承知いたしました」


 こっそり耳打ちすると、アリスはそそくさとミオを連れて別室へと向かう。


 そうそう。ずっとお前の背中でダウンしてるマシロを寝かせてやらないといけないからな。


 それにアリスの目が合ったらこいつら相手に本気になれないからな。


「大人の恐ろしさってやつを思い知らせたやるぜ……!」


 こうして子供たちとの戦闘あそびは始まった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「オウガお兄ちゃん、すげぇぇぇぇ!!」


「次、俺! 俺もやって!」


「あー、ズルい! 私も! 私もその空飛ぶやつ、やって!」


「フハハハハ! いくらでもやってやろう! そして、もっと褒めたたえるがいい!」


 リビングに響く子供たちとヴェレット様の笑い声。


 ヴェレット様は子供を抱きあげると、天井に当たらない程度に上へと放り投げてキャッチされていた。


「ふふっ……」


 いつ以来でしょう。


 こんなにも子供たちの楽しそうな姿が見られるのは。


 この孤児院の土地を狙われるようになってからは毎日怒声におびえる日々でした。


 力のない私ではこのまますべてを奪われてしまう。


 いっそ、それならば……と一縷の望みに賭けて、旧友へと連絡を取って本当に良かった。


「……ヴェレット様」


 全てを救う【救世主】様……。


 アリスの言うことに間違いはなかった。


 彼はこんなにも子供たちにたくさんの愛を注いでくださっている。


「ふぅ……久しぶりで加減が難しかった」


「おかえりなさい。はい、タオルです」


「ありがとう」


 ちょうど別室から帰ってきたアリスにタオルを渡す。


 何をしていたのかは聞かない。


 ただ頬に血が飛び散っていたから、ある程度は推測できる。


「必要な情報は手に入ったから明日には本丸を叩ける。安心していい」


「……そうですか」


 ホッと胸をなでおろす。


 もうこれ以上、子供たちの日常は脅かされないのですね。


「アリス、このお礼は必ず致します。お金も用意しますので、どうかあなたからも今しばらく待っていただけるようにお願いしてくれないかしら」


「ああ、もちろん。だが、私はオウガ様ならきっと金銭を要求することはないと思う」


 そう言って、子供たちとじゃれているヴェレット様を見つめる彼女の瞳はとても生き生きとしている。


 数か月前まで貴族憎しと恨み言を漏らしていたアリスが認めた貴族様。


 失礼を許してください、アリス。


 私はそんな人間はいないと思っていました。


 貴族にとって平民はいくらでも替えが効く存在。


 私の母もそうだったから。


 わざわざ貴族が平民の、それも報酬も期待できない私たちに手を差し伸べてくれること自体が異常なのだ。


「なんにせよすべてを決めるのはオウガ様だ。そういう話は子供たちが寝静まってからにしよう」


「……そうですね。ちょうどご飯もできたところですし」


「道理でいい匂いがすると思った」


「ヴェ、ヴェレット様……!」


 子供たちを引き連れて、こちらにやってきていたヴェレット様。


 みんなもすっかり懐いたようで、小さな子は手をつないでいる。


「そんなに時間が経っているとはな。ついはしゃぎすぎた」


 そうは言っているが、きっとアリスが作業を終わる時間を稼がれていたのだろう。


 時折、チラチラと彼女が消えた方を確認されていたから。


 きっと子供たちをそちらに近づけないように。


「それで今日の夜食は何なんだ?」


「今日は皆さんも来られたので、一番得意なカレーにしようかなと」


「やった~!」


「シスターのご飯はすっごい美味しいんだよ!」


「俺もミオ姉ちゃんの作ってくれるご飯好き!」


「そうかそうか」


 はしゃぐ子供たちの頭を撫でるヴェレット様。


「ははっ。お前たちはミオのおいしいご飯が毎日食べれて幸せだな」


「えっ……!?」


 私のご飯が毎日食べれて幸せ→俺も毎日食べたい→毎日一緒に居る→結婚。


 つまり……プロポーズ!?


 ど、どうしましょう。


 愛を受けた経験が無い・・・・・・・・・・私には判断がつかない。


「…………」


 ヴェレット様を見ていると、頬が熱を帯びる。


 ……もしかしたら。


 この人は埋めてくださるかもしれない。


 胸にぽっかりと空いた、この空白を。


 私の罪を裁くことによって。

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