Stage1-7 ずっとずっと、あなたのそばに
この世界には目には見えない精霊と呼ばれる存在がいる。
精霊に魔力を与えることで、精霊が力を発揮して超常現象を起こす――それが魔法。
魔法適性とは、属性を持つ精霊に適した魔力を持っているかどうかを表わしたもの。
例えるなら精霊たちは好物を与えられたお礼に魔法を発動するわけだ。
そして、俺に魔法適性は無い。
精霊たちにとっては、いわば毒に近い。
では、供給された魔力を上回る量の魔力が干渉するとどうなるのか。
苦しみを与えられた精霊は魔法の発動をキャンセルし、魔法自体がなかったことになる。
それが俺が作り出した奥義の一つ、【
「これでよし……と」
ルアークたちが着ていた制服を使って身動きが取れないように縛り上げる。
あとは写真と共に学院側に突き出せば、こいつらは退学となり永遠の笑い者になるだろう。
二度と表舞台に姿を現すことはない。
売られた喧嘩は全力で買う。ヴェレット家の力を使ってでも潰す。
「後で父上の耳にも入れておこうか」
さて、今はそれよりも……。
「体に異常はないか?」
「……っ」
声をかけると、ビクリと肩を震わせるリーチェ。
この反応も致し方ない。
あれだけ無能と呼んでしまったのだ。
罪悪感を抱くのは当然だろう。
「あ、あの……ボク……ヴェレット様に、ひどいことを言ってしまって……」
――だが、残念。俺はその罪悪感に付け込む悪い男なのだ。
リーチェは男運のないやつだよ。
目を付けたのがルアークか俺の二択しかないなんてな。
しかし、そんなので遠慮するほど俺は優しくない。
あえて、優しいふりをする。
「気にしなくていい。それよりも、ほら。これで前を隠せ」
ブレザーを彼女の身体に被せてやる。
飴と鞭だ。こうしてじわじわと感謝を染み込ませ、俺からの要望を断れないように仕上げる。
いつの日か俺の言うことをなんでも聞くマシロ・リーチェが出来上がるって寸法だ!
クックック……臨機応変に対応し、すぐさまこんなあくどい方法を思いつく自分が恐ろしいぜ。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……! ボクに……ヴェレット様に優しくしてもらう資格なんか、ないんです……っ!」
「人と仲良くするのに資格なんていらないさ」
「でも、ボクはヴェレット様を裏切って……信じてさえいれば、傷つけずに済んだのに……!」
こ、こいつ……面倒くせぇ……!
俺がもういいって言ってるんだから、それでこの件は終わりなのに。
これも貴族と平民の身分の違いによる認識の違いか。もともとリーチェが責任感が強い子なのか。
……いや、その両方だな。
「ボクは……ボクは……罰を受けないと……!」
「だったら、俺のそばで、俺のために生きろ」
「……え……」
「お前はあの時、言っただろう? 俺のことを、無能だと」
あの日、彼女に貸したのと同じハンカチで涙をそっと拭ってやる。
ずっと暗く濁っていたリーチェの瞳に光が宿っていく。
「ならば、その無能のそばに永遠にいることだな。絶対に離れるなよ。無能とつるむのは疲れるだろうな。――これがお前の罰だ。異論は認めん」
有無を言わさず、話を断ち切るように俺は立ち上がった。
「ついてこい、
我ながらスラスラと出てくる言葉に驚いたが……なかなかいいのでは!?
さりげなく『お前は俺のものだ』宣言もして、リーチェが了承すれば言質も取れる。
アリスが証人になってくれるし、まさかリーチェも断るまい。
さて、リーチェの反応はどんなものか。
「ヴェレットさまぁ!!」
「うおっ!?」
いきなり飛びつかれて不意を突かれた俺はそのまま押し倒される。
な、なんだ!? いきなり反逆か!?
そんな抱き着いて、む、胸を押し付けても撤回してやらないからな!
でも、もうちょっと楽しんでおきたいから、しばらくはそのままでいてくれ!
「……オウガ様はお優しいですね」
え? どこが?
むしろ、隙につけこんでマシロの人生を奪った極悪人なんだが……。
アリスってやっぱりネジが一つぶっ飛んでると思う。
常人と考え方が違うんだろうなぁ。
それから俺はマシロが泣き止んで離れるまで幸せな感触を楽しむのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後の顛末を簡単にまとめよう。
ルアークたちはまとめて退学となった。
当然の結果だ。
どうやらボルボンド家が動こうとしたそうだが、父上が封殺してくれたらしい。
奴らは永久に『変態』という不名誉な称号を背負って生きていくことになるだろう。
ボルボンド家の汚点として存在すら疎まれているかもしれん。
全て自業自得なので同情の余地もないが。
アリスからの忠誠もさらに深くなった気がするし、終わってみればいいことづくめだったな。
なによりもいちばんの収穫は……おっ、噂をすればなんとやら。
寮の入り口で髪を弄りながら待つ少女の姿があった。
「おはようござ……じゃなかった、おはよう。オ……オウガくん!」
こちらに気づいたマシロが駆け寄ってくる。
俺……可愛い幼馴染がいる生活も夢だったんだよね。
なので、敬語の使用禁止。様付けも禁止にさせた。
まだぎこちないが、これから徐々に慣れていくだろう。
小さなお願いから少しずつ大きなお願いも飲むようにしていく。
クックック、飼いならされているとも知らずにのんきに笑顔を浮かべやがって。
いつまでそんな平和な時間が続くかな……?
「おはよう。待たせたか?」
「う、ううん。ボクも今来たところだから……」
いいなぁ、このやり取り!
うんうん! 実に素晴らしい!
前世では縁のなかった展開に思わず笑みがこぼれそうになる。
こうやって努力が報われる瞬間は気持ちがいいものだ。
「あ、あのね、オウガくん。これ、返しておこうと思って」
そう言って彼女がバッグから取り出したのは、俺たちにとっておなじみのハンカチ。
そういえば……あの日、泣きすぎて顔が凄いことなっていた彼女に貸したままだったか……。
俺はそれを受け取ろうとして、そのまま手を引っ込めた。
「オウガくん?」
「それはマシロが持っておくといい」
「えっ、でも、これってヴェレット家の家紋が刺繍されてる大切なものなんじゃ……」
「いいんだ。俺がマシロに持っておいてほしいんだ」
このハンカチを見るたびにマシロはあの事件を思い出すだろう。
俺への罪悪感を日常的に刷り込ませる。
なんという悪……!
「オウガくん……」
ぎゅっとマシロはハンカチを胸に押し当てる。
「――ありがとう」
弾む声は心から嬉しそうで。
「一生大切にするねっ!」
とても幸せに満ちた笑顔が咲くのであった。
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