Stage1-6 痛いのは一瞬にしてやるよ

「ふぅ……」


 快適だ。


 ずっとベッタリだったのに今朝の一件以来、アリスが俺のそばを離れる時間が増えた。


 おかげで俺にも自由な時間ができ、ストレスなく学院生活を送れている。


 今後の計画を練るためにも一人の時間は必要だからな。


「アリスも俺の気持ちがわかるようになったんだな……。成長は嬉しいことだ」


 接する態度を見るに失望されたわけじゃないのはわかる。


 だから、俺もこうして安心して一人で紅茶を楽しんでいるわけで……。


 昼休憩の時間なので、俺は教室から移動してカフェテラスにいた。


 本館から離れ、旧校舎に近いこちらを使用する生徒は少ない。


「あの不躾な視線もないしな」


 無能と呼ばれるのは前世で働いていたブラック企業で慣れている。


 部長の口癖がまさしく『無能』だったからだ。


 そのあたりのスルースキルは身につけている。


 そもそも名前も知らない有象無象に言われても何も思わん。


「むしろ問題なのはリーチェの件だ。どうやって距離を縮めるか……」


「――オウガ様!」


 優雅なティータイムをぶち壊す叫び声が俺の耳を劈いた。


「さすがはオウガ様。すでに目星を付けられていたとは……!」


「……もちろんだ。なにかあったんだな……?」


 嘘だ。全く分からん。


 だが、慌てた様子だったので流れに乗ることにした。


「リーチェ嬢が! 例の三人に旧校舎へと連れていかれました!」


「……! 移動しながら聞こう。案内しろ!」


「こちらです!」


 先導するアリスの後を追う。


 話の全貌が見えてこないが、彼女の急ぐ姿を鑑みるにリーチェの状況が芳しくないのは確かだ。


 人気のない旧校舎。オラオラ系の男三人におっぱいの大きい女子。


 導き出される結論は……。


「ヤっている可能性が高い……?」


「私も同意見です」


 ダメだろ、それは! 


 リーチェを俺のハーレムに加えるという作戦が破綻してしまう!


 オラオラ系の好きにはさせんぞ……!


「よく気づいたぞ、アリス」


「いえ。私はただ先日の一件以来、オウガ様の指示通りにリーチェ嬢を見張っていただけですので」


「…………?」


「『決定機を逃すな』。オウガ様のお言葉に従ったまでです」


「……素晴らしいぞ、アリス。さすがは我が剣だ」


 ……だからかー! あのアリスが時折いなくなる理由がようやくわかったわ!


 全然そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……。


 その場しのぎの現状維持をそれっぽく言葉にしただけで……。


 し、しかし、アリスが勝手に深読みしてくれたおかげで再びリーチェとの距離を縮めるチャンスを得た。


 あのおっぱいを好き勝手にさせるわけにはいかない。


 先に目を付けたのは俺の方だ。


 一度欲しいと思ったものはどんな手を使っても手に入れる。


 クックック、いかにも悪を目指す俺にお似合いな卑劣な手じゃないか。


 窮地を二度も助けられたなら要求を断れるはずがない。


『ひっ!?』


「「――っ!!」」


 リーチェの悲鳴が確かに聞こえた。


 瞬間、俺たちは一気に音のもとへと駆けていく。


「――見つけた」


「えっ? なんでおまえがここに……!?」


 扉越しにルアークの金魚の糞たちと目が合う。


 硬直する奴らごと扉を蹴飛ばして、中へと入った。


「……な、なんで、てめぇがここにいるんだよぉ……!」


「なにしてるんだ、お前ら」


「ヴェレット様……!」


 視界に飛び込んできたのはたわわな胸元があらわになったリーチェとベルトを外して馬乗りになっているうろたえた様子のルアーク。


 想定していたのと違う……? 全然そういう雰囲気じゃない。


 むしろ、状況からして無理やり襲われたかのような……まさかリーチェのやつ、またいじめられているのでは?


 ならば、俺がすべき行動はただ一つ。


「……安心しろ、リーチェ。俺が来たからには、もうこいつらには指一本触れさせない……!」


 ……決まったっ……。


 俺を見るリーチェの恍惚とした表情は間違いない。


 今度こそ俺への好感度が上がりまくっている!


「か、勘違いしてんじゃねぇ! 俺たちは合意のもとだな」


「……そんな言い分が通用すると思っているのか?」


「あ、当たり前だろ! この女が誘ってきたから俺は乗っかっただけで」


「ち、違います! この人が無理やり……!」


「彼女もそう言っているぞ? それに証拠は確保してある」


 俺が親指で示す先には魔法写具カメラを手に持ったアリス。


「初めからバッチリです」


魔法写具カメラ!? くそがっ……!」


 ようやく自分が追い詰められているという正しい認識ができたようだ。


 ルアークはフラフラと力なく立ち上がる。


「なんでだよぉ……なんで俺様がこんな目に……。こうなったのも全部、ぜぇんぶ……」


 ……これは不味いかもな。


 俺はハンドサインでアリスにリーチェを助けるように指示する。


 おそらく俺の読みが正しければ――


「お前のせいだぁぁぁぁ!!」


 ――暴走して魔法を使用するからだ。


 ルアークは掌を重ねて、こちらに向ける。


炎精えんせいよ、我が敵を燃やし尽くせ! 【十二の炎弾フレイム・アロー】!」


 撃ちだされた炎の玉の数は十二。


 一度に操れる平均数が八つとされているので、こいつも実力者ではあったのだろう。


「ヴェレット様!!」


 魔法適性がない俺は打ち消すための魔法が使えない。


 かといって避けるには数が多いし、旧校舎が火の海になってしまう。


 だったら、どうすればいいか。


「はははっ! 死ねぇ!!」


 魔法の根源・・・・・から消してしまえばいい。


「【魔術葬送デリート】」


 俺が作り上げた技術を起動する文言を口にする。


 その瞬間、炎の玉が俺へと着弾した。


「直撃ぃ! バカな奴だったなぁ! 俺に逆らうお前が悪いん」


「――まぁ、この程度か」


「……はぁ?」


 間抜けな声を漏らすルアーク。


 致し方ない。初見だと、そういう反応にもなる。


 あのアリスでさえ俺と手合わせした際には驚いていたのだから。


「な、なんで!? なんで無事なんだよ!? た、たしかに全部命中して……!」


「ああ、当たったさ。当たると同時に全て消した・・・けどな」


「ど、どうなってんだよ……! 魔法を消す魔法なんてあるわけが……!」


「……さて」


「ひぃっ!?」


 低くなった俺の声に情けない悲鳴をあげるルアーク。


 あんなに満ち溢れていた自信はもう微塵も感じられない面構えだ。


「魔法が効かないとわかった以上、お前がどうなるのかはわかるよな?」


「……っ! ま、まだだ! おい! こいつがどうなってもいいのか……って、あれ!? いない!? どこに行って……あっ!?」


 リーチェならアリスがすでに回収済みだ。


「人質を放置しておくわけないだろ」


「そ、そんなぁ……」


 これで打つ手はなくなった。あいつはもう詰みだ。


「先に命を賭けた勝負を仕掛けてきたのはお前だ」


 俺が一歩足を進める。そのたびに奴は一歩後ろへと下がる。


「当然、自分が狩られる覚悟あってのことだと思うが」


 みるみる青ざめていき、ブンブンと首を左右に振る。


「あまりにも情けなくて、可哀想だから」


「あっ!? ひっ!?」


 壁に背をぶつけたルアークはバランスを崩してその場にへたり込む。


 見下していた側から見下される側へ。


 大きくこぶしを引いて構える。


 奴の脳裏によぎっているのは、どんなみじめな自身の姿か。


「痛いのは一瞬にしてやるよ、無能」


「あぁぁぁぁぁっ!」


 部屋中に響く甲高い悲鳴。


 泡を吹き、白目をむいて倒れるルアーク。


 俺の拳は奴には当たっていない。


 目と鼻の先を通って、地面へと突き刺した。


 つまり、勝手に殴られたと勘違いして気絶しただけ。


「……殴る価値もない男だったな」

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