Stage1-5 救世主

 私の名前はアリス。


 オウガ・ヴェレット様に拾われ、第二の人生を歩み始めた女だ。


 オウガ様は文字通り『天才』。


 魔法適性が無いというのはこの世界において絶望的なハンデ。貴族の生まれとなればなおさら。


 だが、オウガ様は心折れず、立ち上がった。


 ついには自分だけの理論を完成させて魔法を使えずとも世界で生きていく術を身に付けられたのだとか。


 そして、手に入れた力を自らではなく、他人のために使おうとしている。


 奥様からお話を聞いた時はどれだけ涙したことか。


 幸福にもそんな素晴らしき我が主の学生生活中の身の回りの世話役に任命され、四六時中オウガ様のそばにいることを許された。


 屋敷でのメイド長のしごきは壮絶だったが、すべては敬愛するオウガ様のため。


 戦いに入れ込んでいた昔からは到底考えられないものだな。


 この私が紅茶を上手く淹れられるようになったと聞けば、かつての私はなんと言うだろうか。


「ふっ……意味のないことだな」


 それよりも今の私には重大な任務がある。


 私はオウガ様よりマシロ・リーチェ嬢の監視を言い渡されていた。


 はっきりとそう言われたわけではないが、ときには言葉に含まれた意図を汲むのも従者の役目。


 オウガ様は『決定機を逃すな』とおっしゃられた。


 それはつまり、リーチェ嬢があのクソ虫三人衆から脅迫されている証拠を確保しろということ。


 聡明なオウガ様ならばとっくに気が付いているだろうが、昨日の手紙。


 涙で濡れた跡があった。


 たった一枚の手紙を書くのに涙する理由があるだろうか。


 先日のリーチェ嬢の様子も併せれば、あの男子たちに強制されている考えに行きつくのは容易。


 しかし、証拠もなく訴えても誤魔化されては意味がない。


 よって、こうして私に尻尾を掴むよう指示されたわけだ。


「オウガ様……」


 思い出すのは、辛そうなオウガ様のお姿。


 リーチェ嬢を泣かせてしまった責任を強く感じていらっしゃるのだろう。


 今だってそうだ。


 どんなひどい噂が流されているのか、クラス全体がオウガ様をバカにしている節がある。


 しかし、オウガ様は気にした様子なくあくまで平静を務めている。


 辛抱強く戦っていらっしゃるのだ。


 これもまたオウガ様の作戦だろう。


 噂を流しているのは十中八九、あのクソ虫三人衆。


 奴らは短気で、オウガ様の態度にすぐに腹を立てるはずだ。


 そうなればもう一度、リーチェ嬢と接触する可能性が高い。


 オウガ様は己の身を削って、決定的証拠を得ようとしている。


「私はもっと御身を大切にしてほしいですが……あの方はいずれ世界を平和に導く方」


 止める方法はあるが、あまり強引に事を進めすぎては逆にオウガ様の評判を落とすのみ。


 元を根絶やしにするのは最終手段。


 なにより主が堪えているのに従者であり剣である私が我慢しないわけにはいかない。


「……寂しい」


 こうしておそばを離れて監視している間、隣にオウガ様がいない。


 私は胸もとからロケットを取り出す。


 開けば、そこには先日撮ったばかりのオウガ様の勇ましいお姿が。


 ……よし、これで少しは紛らわせられる。


 リーチェ嬢に注視して――


「――っ! あれは……!」


 リーチェ嬢を逃げられないように囲んで、どこかへと連れて行こうとしているクソ虫三人衆を捉えた。


 あの方角は確か……旧校舎か!


 入学式の日、学院内をオウガ様と把握しておいてよかった。


「……まさかここまで読まれて……?」


 正義の味方であるオウガ様ならばあり得る。


 悪事を働きやすい場所を事前に確認していたと考えれば納得できた。


「……っと、今は感動に打ちひしがれている場合じゃないな」


 私は急いで主の気配のする場所へと駆け出す。


 待っていてください、リーチェ嬢。


 必ずや、あなたを絶望からオウガ様が救ってくださるでしょう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おらっ! さっさと入れよ!」


「きゃっ!」


 背中を押されて、無理やり部屋の中に入れられる。


 今はほとんど使われていない旧校舎の空き教室。


 尻もちをついたボクはここまで連れ込んできた人たちをにらみつける。


「おうおう、なんだその態度は……。いつからそんな反抗的になったんだよ、お前はよぉ?」


 彼らの大将格であるルアーク・ボルボンドがニタニタと嗤いながら、こちらを見下す。


 ボルボンド家は軍部の最高責任者、アルガンツ公爵家の右腕と言われている。


 故に彼は傲慢に、こうやって問題行為にも簡単に手を出す。


 もみ消せると、そう思っているのだ。


 そして、平民一人相手ならそれも容易だ。


「そもそも約束が違う……! ヴェレット様に手出しをしない代わりに、あの人を罵倒しろって……!」


 ヴェレット様に助けていただいたあの日、彼らは逃げたふりをしてボクが一人になるのを狙っていた。


 そこでボクに取引という名の脅迫をしてきた。


『俺に恥をかかせた無能を辱めろ。でないと、俺が魔法で直接いたぶっちまうかもなぁ?』


『そ、そんなこと……! 学院では授業以外での魔法の使用は禁止で……!』


『やりようはいくらでもあんだろ? 例えば、授業の模擬戦闘でついついやりすぎてしまうとか。俺たちはまだ一年生だ。魔法の制御が甘くても仕方ないと思わないか?』


『っ……!?』


 奴はヴェレット様は魔法適性が無い。魔法が使えない無能だと言うのだ。


 信じられない。だけど、もしこれが事実なら……?


 いくら武力で勝っていようとも、魔法には敵わない。


 立場が違うボクは確かめたくても、この場で答える以外に選択肢は用意されていなかった。


 だから、代わりに二度とヴェレット様に手を出さないという約束のもと、ボクはあんなひどいことをした。


 ヴェレット様を騙すための手紙を書くのは涙が出るくらい辛かった。


 助けていただいた恩を返すどころか、罵詈雑言をぶつけるなんて嫌われても当然。

 だけど、これでヴェレット様は平穏な学院生活を送れる。


 そう思っていたのに、この人たちはヴェレット様に関して根も葉もない噂をばらまいていた。


 そのせいでヴェレット様が学院で孤立状態にある。


「なんのことだ? 手出しはしてないだろ? ちょっと周りとお話してただけさ」


 悪びれた様子もなく、ケラケラと笑う。


「でも、おかしいよな。計画ではキレて手を出して、一発退学!の予定だったのに、あいつずっと無視してやがる。本当にむかつくぜ。こっちなんか眼中にないってか?」


「…………」 


「つーわけで、お前、もう一回あいつ呼び出せ」


「えっ……?」


「また呼び出すんだよ。そしたら俺たちがボコるから。んで、今度はあいつに襲われそうになったって証言しろ」


 魔法学院を退学……? そうなればヴェレット様の人生はもう終わってしまう。


 あんなに優しいお方の人生が……終わる?


 貴族にとって平民など関わる意味のない存在。


 なのに、あの人は何も望まず、ただボクが困っていたから助けてくださった。


 学院に入った時から向けられた好奇の視線とバカにしたような嗤い。


 けれど、ヴェレット様は唯一対等に接してくださったのだ。


 このような方もいるのだと希望を見せてくれた。


 ……できない。


 ボクは二度もあの人を裏切れない……!


「……ません……」


「あ?」


「……できません……!」


「……お前もイライラさせんなぁ!」


「がっ……!?」


 ドンと床にたたきつけられる。


 そして、奴は私の制服に手をかけると無理やりボタンごと引きちぎった。


 あらわになる下着と胸。


 弾んだそれを見て、ボルボンドはチロリと舌なめずりする。


「イライラさせられた分、てめぇの身体で鎮めてくれや」


「ひっ!?」


「おう、お前ら。後で楽しませてやるから入り口で見張ってろ」


「うひひっ! そのおっぱい気になってたんだよ!」


「さすがはルアーク! 了解!」


 逃げようにも馬乗りされマウントを取られていて、身動きができない。


 そもそも体格差がありすぎて、抵抗も意味がなさなかった。


 ……あぁ、お母さん、ごめん……。


 せっかく無理して、ボクの夢を叶えるために学院に入れてくれたのに……。


 せめて奴らがボクで喜ぶ姿は見ないようにと瞼を閉じる。


 すると、浮かんできたのはヴェレット様が助けてくれたあの日の光景。


「ヴェレット様……」


「残念だなぁ。ここは滅多に人も来ないし、そもそもあいつが来るわけねぇだろうが」


 そうだ。あの人はもうやってこない。


 ボクから突き放したんだから。


 ……ありがとうございます、ヴェレット様。


 貴方に出会えたことが、ボクの救いでした。


「さて、それじゃあお楽しみと――」


「「――うわぁぁぁぁっ!?」」


 突如として響いた取り巻き達の悲鳴と、何かが倒れる大きな物音。


「……な、なんで、てめぇがここにいるんだよぉ……!」


 うろたえたボルボンドの声。


 ……まさか。まさか、まさか、まさか。


「……なにしてるんだ、お前ら」


 信じられなくて、でも、確かにこの声は聞き覚えがあって……。


「ぁ……あぁ……」


 なんで……ここに、あなた様がいるのですか……。


「ヴェレット様……!」


 名前を呼ぶと、ヴェレット様がこちらに視線を向ける。


 そして――彼に怒りが宿った。


「……安心しろ、リーチェ」




「俺が来たからには、もうこいつらには指一本触れさせない……!」




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