Stage1-4 勘違いの無能

「ほう……なかなかに立派だな」


 パーティー会場は本館から離れた場所にある。


 行事や祝い事に使われるようで、学び舎の中という事実を忘れさせるほどきらびやかな装飾が目に入った。


 それでいてゴチャゴチャとせず、整った美しさを感じられるのはさすが伝統あるリッ

 シュバーグ魔法学院といったところか。


「オウガ様。飲み物をお持ちしました」


「ありがとう」


「これからはどうなさいますか?」


「予定通りなら声をかけておきたい者がいるんだが……」


 チラリと周囲に目をくれてやる。


 遠巻きに嘲りのこもった視線がいくつかこちらに刺さっていた。


「……やめさせますか?」


「気にするな。どうせ大半が人生では関わらないんだ。相手する必要はないさ」


 それに彼ら彼女らも不安で仕方ないのだろう。


 自分たちの実力が通用するのか。


 精神が落ち着かないときに自分よりも貴族としての位が高いのに魔法適正なしの無能おれがいたら見下して一瞬の安心を得たい気持ちはわからないでもない。


 俺は魔法が使えないハンデを埋めるための研究に没頭して、ほとんど表舞台には顔を出さなかった。


 父上も外ではめったに家族の話をしない。それが自分の弱点につながるとわかっているから。


 ゆえにヴェレット家に見捨てられたと勘違いしているのだろう。


「実力で見返せばいい。時が経てば頬をひきつらせてるのはあいつらだろうよ。違うか、アリス?」


「いえ、オウガ様のおっしゃる通りだと思います」


「それでいい。お前の主を信じていればいい」


「オウガ様……! お仕え出来て私は幸せでございます!」


 うん、もっと視線集めちゃったけどね。


 そんなに忠誠心強いならもう少し俺の気持ちを考えてくれ。


 ……今から慣らしの訓練と割り切ろう。


 さて、接触が難しいとわかった以上、親睦を深めるパーティーに出る必要はないわけだが……。


「……来ないな」


 入り口を確認しているが、リーチェは一向に会場にやってこない。


 ハンカチ程度のフォローではダメだったか?


 だからといって新品のスカートを渡したら、さすがに気持ち悪いだろう。


 いやいや、きっと着替え直しているに違いない。


「オウガ様。おかわりを用意してきます」


「ああ、頼む」


 そうして時間を潰していると見知った男子三人衆が何やらニヤニヤしながら入ってきた。


 距離があるため声は聞こえないが、先ほどの怯えた感じは消えている。


 ここで顔を合わせて騒がれるのも厄介だな。


 仕方がない、か。


「帰ろうか、アリス。これ以上は時間の無駄だ」


 奴らと顔が合わないように会場を出て、寮へと帰る。


 すると、玄関口で管理人に呼び止められた。


「お待ちください、ヴェレット様。お手紙をお預かりしております」


「手紙? 誰から?」


「マシロ・リーチェという女生徒からです」


「……! そうか、ありがとう」


 質素な封筒を受け取った俺は自室へ向かいながら、封を開けて中身を読む。




『オウガ・ヴェレット様。


 先ほどは助けていただきありがとうございました。

 お話したいことがあります。

 明日の朝、一限目が始まる前に裏庭に来ていただけないでしょうか。

 ヴェレット様の優しさに甘えることをお許しください。


 マシロ・リーチェ  』




「オウガ様……これは……」


「……あぁ、間違いない」


 ラブレターだ……!


 クックック……まさかもう惚れさせてしまうとは……!


 俺の溢れ出るカリスマパワーがそうさせたのか。


 ところどころ濡れて渇いた後に書いたせいで読みにくい部分もあったがこの文面、間違いない。


 絶対に明日の朝、告白される。


「アリス、明日の朝は早くなる。今日はすぐ睡眠をとるように」


「かしこまりました」


「……これから楽しいことになりそうだなぁ?」


「っ! ええ、そうですね」


 俺とアリスは目を合わせ、ひとしきり笑うと自室に入るのであった。





 ――という経緯を経て、今に至る。


 リーチェは明らかに気分がすぐれなさそうだ。


「どうしてお前らがいるんだ? またちょっかいかけてるのか?」


「いいや、違うね。俺たちは友だち・・・のこいつの後押しのために来てやったのさ」


「……なに?」


「昨日はやられちまったが……お前、噂のヴェレット家の無能だろ? 魔法適性がないせいで父親に見捨てられた」


 違う、といっても信じないだろうな。


「だとしたら、どうした?」


「いやぁ、そんな奴と絡まれるなんてこいつがかわいそうだなぁと思ってよ。ほら、呼び出した用件を言ってやれ」


 背中を押されて、俺と一対一で向かい合うリーチェ。


 手には昨日のハンカチを握りしめていて、プルプルと震えている。


 眼だって忙しなく動いているし、どうにも落ち着きがなかった。


「リーチェ。本当にこいつらと友だち――」


「おい! さっさと言えよ!」


 俺の言葉を遮るように怒鳴るルアーク。


 ちっ、邪魔な奴らだ。


 公開告白なんて恥ずかしくてできるわけないだろう……!


 昨日みたいに退場させてやろうと一歩前へ進むと、今度はリーチェが腕を広げて行く手を妨げた。


「あ、あの!」


 彼女はうつむいていた顔を上げる。


「もうボクに関わらないでください! 無能のあなたなんか迷惑なんです!」 


 そう告げるリーチェの瞳には輝きが……生気がなかった。


「き、昨日はあなたが勘違いしただけですから……だ、だから、無能なんですよ!」


「勘違い……」


「こ、これもお返しします……そういうわけですから……」


 彼女はハンカチを押し付けるようにして、その場から立ち去る。


 すれ違い際、ボソリと彼女の言葉が耳に届いた。


「ごめんなさい」


 思わず膝をついて頭を抱えてしまう。


 そんな俺の姿が愉快らしく、ルアークたちはゲラゲラと笑いながら俺の横を通り過ぎていく。


「そういうわけだから二度と関わんじゃねぇぞ! 勘違いの無能さんよぉ!」


「あ~、傑作傑作!」


「朝から面白いもの見れたぜ!」


 ギャハハハと下品な笑いが遠くなっていく。


 か、勘違い……そうか……。


 好感度が上がったと思っていたのは俺の勘違いだったのか……!


 昨日の態度が少し気障っぽかったのだろうか。


 ハンカチでもダメだったら何が正解だったんだ、くそっ!


 あんな奴らとつるむなんて……やっぱりオラオラ系がモテるのか……!?


「……オウガ様。今ならまだ追いつけますが、どうされますか?」


 追いついても何もできないだろう。


 俺は恥ずかしくも告白だと勘違いした野郎だ。


 しつこく迫ったら、ストーカーだの気持ち悪いだの訴えられるかもしれない。


 悪は目指すが、そんな格好よくない悪評はいらないのだ。


 だが……だが……! あのおっぱいは諦めきれん……!


 こうなったら作戦変更だ。


 しばらくは様子見といこう。


「時が来たら動く。今は放っておけ。だが、決定機を逃すな」


「かしこまりました」


 






◇次回、アリス視点。あと、マシロちゃんもいい子なので嫌いにならないであげてください!お願いします!◇

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