Stage1-3 採用理由「胸がデカい」

 青い空! 白い雲! 


 ついにやってきた、リッシュバーグ魔法学院!


 親の束縛から解き放たれ、明るい俺の未来の土台を作り上げる場所よ……!


 アリスを仲間に加えた日からさらなる月日を重ねた俺は念願の入学式を迎えていた。


 どのような人材が入学するのかは我が家の力をもってすでに調査済み。


 俺の隣を通り過ぎていく奴らさえ、すぐに情報と直結する。


 ククク……紙で見るだけじゃなく、やはり実物を目の前にすると高ぶる興奮が違う。


「アリス!!」


「お呼びでしょうか」


 俺が名を口にすると、我が腹心のメイドがそばに寄った。


魔法写具カメラで写真を撮れ。記念すべき我が覇道の始まりの時だ!」


「ご安心ください、オウガ様。感動のあまり、わたくしすでにフィルムに収めております」


 自信満々に様々な角度から俺が映った写真を広げるアリス。


 どれも俺のドアップで背景がほとんど写っていない。


「そ、そうか。よくやった」


「勿体なきお言葉……!」


 片膝をついて敬意を示すポーズをとるメイド服のアリス。


 連れ帰った時はさすがの父上も驚いていたな……。


「父上。こちらが私が魔法学院へ連れていく付き人、アリスです」


「アリスで申します。命を尽くして、オウガ様にお仕えいたします。どうぞよろしくお願いいたします」


「……ふむ、我が息子よ。一つ聞きたい」


「なんでしょうか、父上」


「彼女はどこからどう見ても、かつての聖騎士総隊長のクリス」


「いいえ。彼女は俺が見つけた、俺の騎士アリスです」


「っ……! はい、オウガ様のアリスでございます」


「……いやしかし、クリ」


「アリスです」


「アリスでございます」


「……わかった。そういうことにしておく」


 というやりとりがあり、俺たちの有無を言わさぬ圧に根負けした父上が折れる形で決着がついた。


 この後、やりとりを重ねて彼女に新たな戸籍、名前を与える約束を取りつけ、晴れて彼女は第二の人生を歩むことになる。


 アリスという強力な手駒が手に入ったわけだが……。


「なにあれ……。恥ずかし~」


「浮かれちゃっているのかしら。どこの家の子だろ」


「うわぁ……あいつとは距離取っておこうぜ……」


 もうすっごい目立つ。こんな門の前、道中で明らかにメイドに似つかわしくない姿勢をとるメイドは注目の的だ。


 アリスの顔立ちも美人だからなおさら。


 しかし、彼女はやめるそぶりを見せない。それどころかウズウズと何かを待っているかのようだ。


 そして、俺は彼女がこういう場合なにを求めているのかをここ数か月の付き合いで知っていた。


「……これからも俺に尽くすがいい」


 そう言って、手入れされた髪に沿って頭を撫でる。


 彼女は一瞬うつむき加減になるものの、すぐにキリッとした顔つきに戻っていた。


「はっ! 全身全霊をもってオウガ様にすべてをささげます!」


 いや、声デカいよ……。入学式で気合が入っていたのは俺だけじゃなかったみたいだ。


 だが、まぁ、よしとしよう。


 あんなに強いアリスが忠誠を誓ってくれている。その事実が俺は何よりもうれしい。


 命の危険を感じないという意味でも。男のプライド的な意味でも。


 それに嫌でもすぐ目立つことになる。


 なぜなら、俺はこの学園で悪のトップに立つ男だからだ!


「よし、さっそく講堂へと移動するぞ」


 本日のプログラムは入学式の後に寮へと案内され、割り当てられた部屋にて荷解きをする。最後に親睦を深めるパーティーが開かれる。


 学院長の長話を右から左へと受け流し、管理人から受け取った1005の鍵で自室にたどり着いた俺はベッドへと倒れ込んでいた。


 パーティーまではまだ時間はあるが……。


「アリス」


「はっ。いかがなさいましたか?」


「学園を歩いて回りたい。ついてきてくれ」


「かしこまりました」


 構造を把握しておきたいという意図もある。


 だが、もう一つ大事な用事があった。


 事前に済ませておいた情報収集で気になる生徒に声をかけておきたい。


 いきなり部屋に挨拶に行くのもおかしな話だし、もしかしたらこうして俺みたいに暇を持て余して校内を歩いているかもしれない。


「とても大きな学校ですね。さすがは国内随一」


「ああ。……とはいえ、生徒の質はそうも言えなさそうだがな」


 しばらく歩き回り、そろそろパーティー会場へ向かおうとした頃。


 角を曲がると、視界に飛び込んできた陰湿な行いの現場。


 三人の男子生徒が寄ってたかって一人の、それも女の子を恫喝して……ん?


「確かあの顔……」


「オウガ様」


 後頭部にアリスの視線が突き刺さる。


 言いたいことはわかってる。


 自分が助けに行くとか、どうせそんなところだろう。


 しかし、そんな勝手な行為は許さん。


 なぜなら、目の前でいじめられている少女は俺がお近づきになりたい美少女リストに入れていた人物だったから。


 マシロ・リーチェ。


 完全実力主義のリッシュバーグ魔法学院に入学した唯一の平民。


 クックック、俺も運がいい。


 ここで颯爽と助ければ俺に好意的感情を抱くこと間違いなし!


「もちろんだ。行くぞ、アリス」


「はいっ!」


 嬉しそうな返事を背に、俺は歩き出す。


 こんな楽に好感度を稼げる機会を逃してたまるか。


「薄汚い平民風情が俺たちと同等だと思うなよ!」


「しっかり礼儀を叩き込んでやるからありがたく思え!」


「気持ち悪い眼しやがって……そんな眼でこっちを見るんじゃねぇ!」


「ひっ!?」


 罵声を浴びせていた三人の内、一人が拾った石でリーチェを殴ろうとする。


 当然、やらせるわけがない。


「おいおい。入学早々、なにやってんだよ」


「はぁ? 誰だ、お前っていてててててっ!!」


 男子生徒の腕を掴んだ俺はそのままひねり上げた。


 軽く足を払って、地面へと叩き伏せる。


「ル、ルアーク!?」


「お前! 何してんだよ!」


「それはこっちの台詞だろ、っと」


「ぐえぇっ!」


 仲間を倒されてキレた一人がこちらに殴りかかってくるが、手で外へ弾くように払いのける。


 勢いよく突っ込んできたので前蹴りをお見舞いしてやれば、後ろにいたもう一人も巻き込んで倒れた。


 ルアークと呼ばれた男の襟首をつかんで、お仲間のもとに放り投げてあげれば悲鳴がそろって聞こえる。


「て、てめぇ! 俺がだれかわかって……!」


「なんだ、元気そうだな。まだやるか?」


「お、覚えとけよ!」


 少し凄めば、三人衆は慌てて逃げ去った。


 うーむ、実にスマート。


 目には目を歯には歯を、悪には悪を、だ。


 俺のような一流の悪を目指す男の前では、あんな美学もない三流。相手にもならんな。


「お見事です、オウガ様!」


「あんなの誰にだってできるさ。……さて」


「……っ」


 視線を向けると、びくりとリーチェの肩が震える。


 そして、連動するように――大きな胸も揺れた。


 制服の上からでもわかるたわわに育った果実。


 なにを隠そう、それこそが俺が彼女と仲良くなろうと決めた要因。


 おっぱいだ。手に収まり切らないくらいのおっぱいだ。


「心配するな。あんなくだらない真似をしない」


「え、えっと、あの……」


「一年のオウガ・ヴェレットだ。こっちはメイドの……いや、我が剣のアリスだ」


 自己紹介の瞬間、何か凄い圧を感じたので言い直した。


 え? 俺、これから行く先々で『我が剣』とか言わないとダメなの? 恥ずかしい……。


「君の名前は?」


 すでに知っているが、あくまで初対面。


 きちんと彼女の口から名前を聞かないとな。


「マ、マシロ……! マシロ・リーチェです! 同じ一年生です!」


「よろしくな、リーチェ。立てるか?」


「は、はい……!」


 差し伸べた手を掴んで、リーチェはよろよろと立ち上がった。


 改めて正面から見るが、顔と身体のレベルが高い。


 透き通った蒼と翠のオッドアイ。


 水色の髪はふんわりとしたボブスタイルでまとめられている。


 そして、その下にある自己主張の激しい胸!


 留めているシャツのボタンがもうパッツパツだ。


「あ、あの、ありがとうございました。おかげで助かりました……」


「気にしなくていい。ああいうのは嫌いなんだ」


 ただ自身を肯定するために弱者を侮辱する。


 ふん、悪の風上にも置けん奴らだ。


「もうすぐパーティーが始まる。これを使うといい」


 そう言って、俺はポケットから取り出したハンカチを彼女に渡す。


 倒された時についてしまった土汚れが散見していた。


 このままパーティーに向かえば注目を集めてしまう。


「ほ、本当にいいのでしょうか……?」


「構わん。使い終わったら捨ててくれ」


「い、いえ! きちんと洗ってお返ししますので!」


「……そうか。では、遅れないように。また会場で会おう」


「は、はい……!」


 彼女が笑顔を浮かべているのを確認した俺は背を向けてその場を去る。


 あの顔……間違いない。


 もう俺への好感度が爆上がりしている!


 こうも全てうまくいくとは……。


 これで俺はリーチェの中で親切な人カテゴリに分けられたはず。


 そうなればこっちのもの。


 怖い貴族だらけの中、俺を頼るのは確実だろう。


 期待に応えてやれば好感度はさらに上がり、自然と近づく距離。


 俺には見えているぞ! リーチェが告白してくる未来が!


「機嫌良さそうですね、オウガ様」


「ああ、気分がいいとも。望んだ結果が得られたからな」


「私もオウガ様が主人であることを誇りに思います」


 アリスも俺がリーチェを助けたことでご満悦の様子。


 この行動に裏の意味があるとも知らずに……アリスの忠誠心も稼げて本当に愉快な気分だ。


「ついてこい、アリス。俺が歩む道こそが覇道だ!」


「はっ! いつまでもおそばに!」


 明日からの学生生活が楽しみだな!




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌日。


「……ふむ」


 リーチェに呼び出され、ルンルン気分でやってきた裏庭。


 待ち構えていたのはニヤニヤと顔をゆがめる昨日の男どもで――なぜか青ざめた表情のリーチェもそいつらの隣にいた。

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