第11話 第二の大聖女

 蟻の兵団が魔国軍の駐屯地に着いた時には、その場所は阿鼻叫喚の地獄に変わっていた。


『な、何と言う地獄……』


 鈍器で殴られ手足や首を飛ばされた者、石化させられたり手足を斬られその場から動けない者、魔法で焼かれて凍らされ雷撃を受け、弄ばれてからその場で死んだようになっている者。


 ストーンゴーレムであろうがリビングメイルであろうがスケルトンであろうが、全て砕かれて粉々。


 身体が無いレイスであろうが、アンデッドのヴァンパイアでもグールでも、物理攻撃無効のリッチであろうが、斬られて焼かれて撲殺され、無残な死骸を晒していた。


 死山血河を築き、巨大な魔物魔獣すら物ともせず、一般兵と同じように処置し、王の力に気付いて命乞いをした者だけが許されていた。


『た、助けてえぇ……』


『殺さないで、殺さないで、殺さないで』


『……シテ、コロシテ…… コロシテ……』


 蟻のためを思ってか、生きている生物は全殺しにせず半殺し状態の者が多く、手足を斬られて血を失い過ぎたり、核爆発に匹敵するようなブレスや範囲魔法で焼かれた者は呼吸できなくなって死んでいたが、凍らされた者や石にされた者、雷撃で半分焼かれた者はまだ生きていて、救助や死を待っていた。


 そんな状況が逃走経路に至るまで、延々と魔族の亡骸と半死半生の者が並んでいた。


『王の情け容赦のないことよ』


『いや、膝を折って命乞いした者は殺されていないようだ』


 そんな者達も、仲間の死骸の中で手足を失った者の止血に回ったり、どうにか生きている者を石から半身だけでも元に戻そうとしたり、大の大人がオイオイ泣きながら、心は完全に折られたまま救命救急活動をしていた。


『嫌だああっ、ママーーッ、ママーーーッ!』


『もう耐えられないっ、殺してくれっ、死なせてくれえっ!』


 蟻でなければ歩くことすら困難なほど血の量が多く、本当に血の川が流れていた。



『おお…… どのような強固な兵でも、この地獄には耐えられまい』


 魔族の兵士でも、血の匂いに耐えられずにゲーゲー吐いていたり、仲間の死や余りの恐怖に耐えられず、命乞いして命だけは助かっていても、泣き叫んで頭を抱えて蹲っている者もいた。


 無知蒙昧な獣が血の匂いに誘われて兵士を食べに来ていたり、この場所その物が呪われてしまいそうな勢いで汚染されていた。


 後に神社仏閣などを建立しておかないと、凄まじい恐怖や苦痛が呪いを残してしまう。


 若くて血の気が多く、怖いもの知らずで給料が出るとか略奪で儲けられるからと、こんな場所に来てしまった者達が地獄を見た。



 蟻の兵団には嘔吐する者はいなかったが、粛々と魔族の兵士の手足を噛み千切って、傷口を酸で焼いて止血して、軽量化して暴れられないよう処置してから、巣に運んで抱卵器の刑に処した。


『助けてっ、蟻の巣は嫌だあああっ!』


『やめてくれっ、手足は切らないでっ、お願…… ぎゃああああああっ!』


 魔国語で喋っても、巨大蟻には通じない。


 王や手下と言うか嫁と言うか、三人はまだ魔族を追っているのか見当たらなかったが、午前中は大聖女として活動していた奴の所業とは思えない、凄惨過ぎる現場。


 残された者の中で幼虫を育成する「袋」に使える者は、蟻の巣に連れ去られて行った。


 巣の中で口の中やケツの穴から卵を産み付けられて、そのまま腹の中で孵った幼虫に食われながら分泌物によって生かされ、ホモゴブリンやゲイオークに捕まって孕み袋にされた以上に酷い目に遭う。


 当然救われてもエイリアンに捕まったみたいに、腹から蟻が出て来て助からない。


 地獄の底にまで救出に行けるスーパーマンなど存在しない。



 やがて蟻の巣で飼われていた、空を飛べる巨大ゴキブリや巨大マンティスもフェロモンに誘引されて到着し、残された死体や手足を食べて回り、落ちている部品?とかも食われた。


 巨大な働き蟻の行列が続き、大収穫に喜んでいる巣の頭脳体。


『シュ--、カチカチコチ、シャシャーー(翻訳できない)』


『コチカチコチッ、シュシュシュ、ケケッ、コチ(人道的に翻訳できない)』


 長い長い行列が続き、数百数千の生き物が蟻の巣に搬入された。



 蟻の巣の尖塔を爆破した本人は人間だったので、城砦のそばで活動している冒険者が、数の暴力で圧倒されて多数誘拐され、折角治療して貰って手足が生えた者も、もう一度切断されて蟻の巣に搬入された。


 城砦の下にある巣から侵攻しようとした蟻だが、巣からの通報で王を敬って一歩下がり、人間の里は処置しないで済ませた。


 もし王の刃が自分達に向かった時、必ず滅亡させられるので、人間の里で「緊急クエスト、街を蟻の大集団から守れ」といった物が生えて来ないよう配慮された。


 王が冒険者ギルド(情報部)のクエストを受けてしまった場合、例え蟻の巣でも回避できない滅亡がやって来る。



 王都騎士団


「閣下、魔国の駐屯地が消滅しました……」


「何だとっ? また王の仕業かっ?」


 普通、駐屯地は消滅しない。もし簡易な砦を大兵力で攻め落として、壊滅できても最前線の三割程度で、輜重部隊工兵部隊などは残る。


 せいぜい統制が取れなくなって逃亡して、敗残兵逃亡兵がどこかで集結できれば再編も可能。


「はい、その通りです。駐屯地跡地は血の海。命乞いをして生き残ったと思われる者でも、何事か泣き叫んで頭を抱え、動けるものは居ない模様です」


 報告している兵士も恐れおののき、あれだけ強力だった魔国軍が、駐屯地ごと消滅させられ、血の海だけが残されている状況を恐れた。


「どうやら人間の冒険者を使って蟻の巣を爆破させ、城砦を蟻に攻めさせる算段だったようですが、王に看破されたのか、蟻の集団が魔国の駐屯地に向かい、ほぼ全てを蟻の巣に連れ去った模様です」


「ああ、首の皮一枚残して助かったか」


 残存の兵士も少なく冒険者も逃げ出し、守備兵力が少なすぎる城砦だったが、王一人の力で敵軍が全て除去されてしまった。


 もし数千の蟻の兵団が城砦に向かっていたら、一人残らず巣に連れ去られ、立場は逆になっていた。


「あれだけ屈強だった魔国軍が、まさか壊滅させられるなんて……」


 状況報告だけで、感想や意見を求められていない兵まで震え、独り言のように言って自分の体を抱いて震えを押さえた。



 多分、魔族の首謀者や将軍は責任を取らされる。


 これだけの兵力を失うと、支配領域の地図が書き換わる。


 戦線を維持できなくされ、後退させられ敗亡させられ、数十キロから数百キロは戦線が後退する。


 魔族なので物理的に首が飛ぶ。



 冒険者ギルド


「すいませ~ん、魔族軍全滅させてきました~」


「は…………?」


 午前中は大聖女を見て仕事にならなかった受付嬢だが、午後に王が来てトンデモナイ事を言い出した。


「ええ、何でも冒険者を使って蟻の巣を爆破させて、ここに大きい方の蟻を呼び寄せて、全員巣の中に連れて行かせるつもりだったみたいで」


「エ?」


 流石に鉄面皮の受付嬢でもイミワカンナイ。ちょっと情報量が多かったが、それが何故魔族軍壊滅に至ったのか、理解できなかった単語も含まれていたので二度聞きした。


「蟻は地上は支配しないので、そこで魔族軍が来て空になったここを支配するつもりで準備してましたから、先回りして皆殺し…… いえ半殺しぐらいにして、生物の奴らは蟻の巣行き、アイアンゴーレムとかリッチは全部「砕いて」来ました」


「はい……」


 改めて王の恐ろしさを思い知らされ、おしっこ漏らしながら全身が産まれたての小鹿になった受付嬢。


 アイアンゴーレムとか大型のストーンゴーレム、特に不死のリッチは物理攻撃を受け付けないので、死なないし砕けない。


 でも王は「砕いて」来たと言った。


 魔力障壁とか物理の壁を越えて、どうしたのかは分からないが、軟鉄の剣で砕いて来た。


 キャシャーンがアンドロ軍団を叩いて砕くみたいに、粉々のナゴナゴに砕いて来た。


 よくある口上とか言い合いする前に、空間とか次元ごと切り裂かれて、反論とか言い逃れする前に、余りの恐怖とか苦痛の前に、生きることや死んでいる状態を放棄した。



 多数の飛竜とか飛竜騎士とかは、逃げたのかどうか分からないが、多分死んでる。


 飛竜の方はいつもの「殺さないで、殺さないで」で見逃されたかもしれないが、騎士の方は普通の魔族なので、飛竜が裸足で逃げ出したにも拘らず、無謀にも王に食って掛かって、死んでるか手足切り飛ばされた後で蟻の巣へ配送。


 無機物系、アンデッド系、幽霊系統、不死の悪魔、等しく死を与えられて滅亡させられた。


「あ? コイツラが首謀者で指揮官ですんで、魔国語が分かる人が尋問してください。全部喋るって言ってます」


 フル装備のルリナとエルフょぅじょに続いて、ガッタガッタ震えている魔族の指揮官達が連れて来られ、受付で差し出された。


「エ? ええ……」


 士官以上の将軍なので、特に拘束とか武装解除もされていないが、涙と涎と鼻水を垂れ流して、余りの地獄を見せつけられてしまい、ズボンの前とか後ろを湿らせたまま歩かされて来た。


 何処かの三枝師匠みたいに舞台上でウ〇コをゴロンゴロン産み落として、靴でトラップしてからキックして歩いた。


 最初は足腰立たない状態だったのを、王から「アイテムボックスに入れられるのと、自分で歩くのどっちがいい?」と聞かれたので歩いた。


 生物の機能として、即死と歩くのを選ばされたので、腰抜けてたけど立って歩いた。



 最前線レベルで王のブレス喰らって、主力のアイアンゴーレムストーンゴーレム上半身全部蒸発、全部のテントと食料物資に外にいた奴炎上。


 テントの中でも真昼より明るくなって、外に出て爆撃より酷い大音量聞かされて、破滅の光と周囲全部燃えるとこ見ただけでも心が死んでる。


 配下の兵士が泣き叫びながら逃亡して、焼き払われ潰走状態。


 侍大将の攻撃魔法食らって百人近くが下半身石にされ『アアアアアアアッ! アアアアアアアアッ!』と悲鳴を上げている所を五月蠅いので斬り倒され、司教の範囲破壊魔法で、水に飛び込んでも消えない魔法の火で焼き尽くされて行く阿鼻叫喚の地獄を見せられ、心の根幹をベキ折られたのでもう二度と逆らったりしない。


 右向けと言われればそうするし、三回回ってワンと鳴けと言われればそうする。


 ルリナもエルフょぅじょも「魔族は敵、見たら即殺せ」と教育されているので、例え人型をしていても忌避感も無ければ罪悪感も持っていない。


 人狼とかリッチとかサッキュバスとかヴァンパイアなど、人類の敵は即削除した。



「え~と? こちらが魔族軍の…… 指揮官?」


「ええ、そうです」


 敵軍の将軍、な~~んて奴をギルドの受付で引き渡す奴も、引き渡される奴もいないし、冒険者ギルド如きで処理できる問題ではなかったが、情報部とか騎士団とか王国の暗部なので受け取った。


 王国としては大勝利で、巨大なアイアンゴーレムとかストーンゴーレムに、村や町ごと順番に攻め滅ぼされて行く所だったり、大型蟻が殺到して来て、やっぱり「青の六号」みたいに大音量で『巣を爆破したのは誰か?』とか、蟻語でカチカチコチコチ聞かされてもさっぱり分からないのに蹂躙され、住人の大半が蟻の巣に連れ去られるよりは大分マシな状況になった。



「だ、大聖女様?」


「は? そうです、元大聖女です」


 侍大将フル装備のルリナだったが、冒険者カードと言うか、前回の登録や事後処理で、受付嬢に装束を覚えられていたので中身が判明した。


「大聖女様っ?」


 鎧兜に赤い侍の面まで付けているので誰だか分らなかったが、午前中に50人ほど復活させて「聖地」と化していた場所で、祈りを捧げていた一団が受付にやって来た。


 既に信者が生えていて、クランと言うか教団が立ち上がっていて、オカシナ目付きした奴らが暗躍して「ルリナ様教」の牧師とか修道女とか見習い聖女とか一杯いた。


 献花台みたいな机も増え邪魔になり始めていて、ロウソクに貢物の野菜に果物山積み。


 いつも通り「ネコと和解せよ」とか「以前貴方が神と向き合ったのはいつですか?」の系統の張り紙や横断幕が張られていて、アメリカの中西部みたいに車のステッカーとかキーホルダやら、ミラーからぶら下がってるお守り全部が宗教色に染まっている場所に。


 イージーライダーとかマルボロマンがハーレーで走ってても射殺されないが、不心得な冒険者がいれば射殺される。


 共産党系のポスターの「欲しがりません勝つまでは」とか「共産党青年会に入会しよう」「働けば楽になる」系統の怖いのはまだだったが、貼ってある場所が非常に近いのですぐに増える。



 ギルド前でも息子や娘が生き返った奴らが、何か泣きながら説法?したり、アジったりオルグっていて壇上で何か叫んでいた。


 なんか「聖なる力を授かりました」系のが「手かざし」とか始めていたり、祈りとか集会が始まっちゃって、千石イエスさんみたいなのが「聖書を読む会」とか結成して、怪しいのがギルド周辺に集結しちゃってた。


 平民の貧民街に大聖女なんか絶対に出現せず、警備上の問題からも絶対に奥の院から出て来ないのでカルト化一直線。


 異様に集金ノルマがキツいカルト宗教になり、金と権力が欲しいのが教祖とか名乗り始めて、いつもは刑務所の中にいる詐欺師メンバー総結集でフルコンプリーツ。


何もわからないょぅじょを旗印にして、背中に羽背負ったり頭の上に金紙張った輪っか乗せてみたり「私は仏陀の生まれ変わりです」とかホザき始めるのが出る。


 ちなみに仏陀とは、輪廻の輪から外れて許されたり解脱した人の事を言うので「生まれ変わり」と言う奴は全員詐欺師。



「聖なる大聖女様に感謝をっ!」


「感謝をっ!」


 もう瞳孔開き切ってるような奴らに包囲され、傅(かしず)かれたりしている侍大将。


(うわ~~、ヤベ~~)


 午前中は大聖女ごっこに嵌ったルリナだが、流石にこの集団はエンガチョしたかった。


『ああ、野に咲く花ちゃんも、もう復活作業できるからね、やってみる?』


『はい、分かりました』


 司教職をカンストしていて、戦闘中にニンジャに転職したエルフょぅじょも、死者蘇生の呪文を覚えていた。


『エリア死者蘇生』


 冒険者ギルドの中で死者が復活して行き、死んでいた冒険者とかも何故か生き返った。


「あああっ? こちらにも大聖女様があああっ!」


 ヤバい信者の真っ只中だが、エルフょぅじょは王の命令かと思い、迷わず呪文を行使した。


 それも範囲復活技。


「ああ、何と言う法力、周囲の者すべてを復活させなさるとは」


「素晴らしい、貴方様の名前をお教えください」


『名前聞かれてるよ』


『はい「カリヤケ・ト・ナフモス」と申します』


 エルフ語なのでさっぱりイミワカンナかったが、自己紹介をしてみた。


「カリヤケト…… モフナス?」


「ナフモスだ、失礼があってはならん」



「ギリイッ!」


 ルリナ的には大聖女ごっこが上書きされてしまい「ギリィッ!」案件だったのか、侍大将の面もしているので、思いっきり顔を顰めて歯噛みしてやった。


 自分より上のエリア死者蘇生を使ったエルフに、憎しみを込めて「ギリィッ!」。


「ああ、ルリナちゃんも範囲復活は使えるよ。一人一人の方が白魔法切れにならないから」


「エ? はい……」


 ステータス表が無いので自分が使える魔法一覧が分からなかったが、急激にレベルが上がってしまったので、平面世界から通知される魔法一覧も一々聞いていられないし覚えていない。


 普通の人類はこれを数十年かけて行うので、レベルが上がって使える魔法が増えたと通知されると、天啓のように聞こえる。



 冒険者ギルド的には、周囲に日銭を稼ぎに出ていた冒険者の集団が、全員蟻の巣に攫われて行方不明で、日が暮れても帰って来ない。城砦周囲を行きかっていた商人が、巨大蟻と思われる集団に拉致され、馬車だけを残して馬ごと攫われて行方不明になった方が大事件だったが、まだ事件が発覚する前だったので誰も気付いていない。


 「千の風に乗って」の秋山さんボーカロイドか、声が似た人の歌い手が「ゆるゆり大事件」歌い始めるぐらい大事件。


 商品が到着する予定だったが、一行に到着しないので発覚するが、まだ誰も気付いていない。

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