ユメクイ
「う、ん……?」
暫くして目を開けると、私の視界は花で満たされていた。
「ヒナ、体調は大丈夫か?」
「うん。ありがとう、クロード」
相変わらず心配性のクロードに、私は苦笑いした。
それにしても――これが、小春ちゃんの心の中の世界なんだろうか?
私は、キョロキョロと周囲を見渡した。
小春ちゃんお心の中は、まるで遊園地の中みたいだった。コーヒーカップに観覧車、お茶会が始まりそうな可愛い長いテーブルの上には、お花が飾ってあって、美味しそうなケーキが並ぶ。
沢山の椅子とティーセット。
何もかもが幸せで溢れているように見えるのに、そこに人は殆どいなかった。
だからだろうか。
綺麗なカップも、磨かれたティースプーンも、少しだけ寂しそうに私には見えた。
「小春ちゃんは、どこに居るんだろう」
その時私は不思議な音に気が付いて、声の方向に振り返った。
【~~♪♫♩♪♫♩♪♫♩♪♫♩♪♫♩】
歌だ。歌が聞こえる。
眠り歌のような優しい音楽と声。
そのはずなのに、どうしてだろう? 胸が締め付けられる。
「聞くな。あいつの歌は、人間には毒だ」
クロードはそう言うと、私の耳にイヤーマフのような物をつけた。
すると、歌声は聞こえなくなって、私の心は落ち着いた。
「歌が聞こえたのはあっちだったな。行こう。ヒナ」
私たちが暫く花畑を歩いていくと、トンネルのような物が現われた。より深い心の中に、入っていく感じがして――私は、クロードに手を引いてもらいながら、暗い道を進んだ。
暫く暗い道を歩くと、急に視界が開けた。
それは、まるでプラネタリウムみたいな円い天井の『セカイ』だった。
沢山の花に、可愛らしいぬいぐるみ。本棚には本が並んで、中心には、小春ちゃんの部屋にあったものと同じベッドが置かれていた。
そして――。
ぽむっぽむっぽむっぽむっ!
その『セカイ』には、見たこともない生きものが存在していた。
「クロード。もしかして、あれって……?」
「ああ。あれが『ユメクイ』だ」
『ユメクイ』はまるで、羊のような羽毛で覆われていた。
女の子が好きそうな、ファンシーそうなメルヘンな色合い。パステルカラーのその生き物は、象のような大きな耳と、長い鼻を持っていた。
【うんうん。よくねむってる】
『ユメクイ』は、眠る小春ちゃんを見ていった。
『ユメクイ』は、四足歩行からぐっと後ろ足で立ち上がると、どすん!という音を立てて小春ちゃんのベッドの隣に座って、カンガルーのようなお腹のポケットから、ナイフとフォークとお皿を取り出した。
【それじゃあ、いっただきまーす!】
カンカンカン!
『ユメクイ』が白いお皿をナイフとフォーク使って慣らすと、小春ちゃんの中の世界に咲いていた花たちが、一斉にお皿の中へと集まっていくのが見えた。
小春ちゃんの中に咲く心の花。
『ユメクイ』は、大きな口を開けてその花を――。
「待ちなさい!」
『ユメクイ』が、花を食べるより早く、私はクロードからもらったヘアピンを手に、『ユメクイ』の前に飛び出した。
「それ以上、小春ちゃんに手を出したら許さないんだから!」
【だあれぇ?】
『ユメクイ』は、私を見てゆっくりと首を傾げるようなポーズをした。
【おかしいなあ~。どこからはいってきたのかなぁ~?】
間延びした話し方。
今の私には、それが少し薄ら寒くも感じられた。
――まるで、言葉が通じない相手と話をしているみたい。
「私は、貴方を倒すために来たの。覚悟しなさい!」
私は、全速力で走って一気に『ユメクイ』に近付くと、ヘアピンを『ユメクイ』に押し当てた。クロードの話通りなら、それで全てが終わるはずだった。
――でも。
ヘアピンから出てきた星屑を、『ユメクイ』は全て長い鼻で吸い込んでしまった。
「え?」
【あはははは! おいしいおほしさま、もらっちゃった! もらっちゃった! ね~。こーげき、は、いまのでおわりぃ?】
「ヒナ!」
「効かない、だと!? まさか、もう『成長』しているのか!?」
クロードとオコジョさんが声を上げる。
【だめだよお。『かしん』って、っていうのはさあ~。ボクはつよいんだゾウ。いっぱいいっぱいたべたんだ。だってこのこころのもちぬしのこころは、ゆめでいっぱいだったから】
「……!」
つまりこの『ユメクイ』が急激に強くなったのは、小春ちゃんの心を食べたから。
やっぱりこんな奴、絶対野放しにしてはおけない!
私がヘアピンを持つ手に力を込めると、「今度は僕の番」と言わんばかりに、『ユメクイ』は四つ足をついて、地面を強くならした。
【じゃまするなら、キミもたべちゃうゾウ】
「な……っ!」
ぱおおおん!
『ユメクイ』が、鳴いた瞬間だった。
私の周りを、色とりどりの扉が囲んだ。
黄色い扉、赤い扉、青い扉、黒い扉。
何が起きたか理解出来ない私を前に、『ユメクイ』はまるでオモチャで遊ぶ子どもみたいな声で言った。
【さいしょのとびら、あーけよっ!】
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