心の中の世界へ


 小春ちゃんの中のユメクイ退治は、満月の夜に決行することになった。

 理由は、満月の夜は魔法が使いやすくなることと、ユメクイは満月の夜に姿を現すためということだった。


「ただ、ヒナの魔法について、まだ不安が残るな」


 クロードがくれたヘアピンは、杖に変化できなくても、弱いユメクイなら倒すことは出来るらしい。

ユメクイの強さは、基本的に人の心に住み着いた時間らしいから、今回は大丈夫だろうということだった。


「クロードは心配しすぎだよ。それに、今日倒せなかったら、次の満月の日になっちゃうんでしょ?」

「ああ……」


 頷きながらも、クロードは心配そうに私を見ていた。


「まあ、お前たちが行かなくても、僕は一人で行くけどな」


 そんな私たちを見て、オコジョさんがまたいじわるなことを言った。


「全く、ロクに魔法も使えないのに、『ユメクイ退治』なんて。本当に出来ると思ってるのか? 落ちこぼれは、主人ともどもバカなんだな。何も出来ない君たちは、黙って僕の勇姿を見ていればいいのに」

「その言葉、少しひどくないですか?」

「だって事実だろう?」


 私がむっとして強い口調で言っても、オコジョさんは痛くも痒くもないという表情かおをした。


「それで、クロード。これからどうするの?」

「とりあえず、まずは彼女の家に行く。じゃあ、ヒナ」

「えっ!?」


 クロードはそう言うと、私の体を抱き上げた。

 いわゆる、『お姫様抱っこ』というやつだ。


「ちょ、ちょっとクロード!」

「大丈夫、落とさないって。とりあえず、ヒナは俺に腕を回してくれるか? 彼女の家まで、俺が抱き抱えるから」

「う、うん……」


 私はクロードに言われたとおり、彼の首に腕を伸ばした。

 クロードの心臓の音が、聞こえてしまいそうなほど近かった。いや、もしかしたら、私の心臓の音が、クロードに聞こえてしまっているかも……。


 ――どうしよう。これ、すっごくすっごく恥ずかしい!


「全く、飛行魔法だけじゃ駄目だって事も分からないのか? これだから落ちこぼれは」


 私たちのやりとりを見ていたオコジョさんは、はあ、と深い溜め息を吐いた。


「おいお前。この間のご飯のお礼だ。今日だけは、透明化の魔法をかけてやる。――【トランスパレント】!」


 オコジョさんが呪文を唱えると、私たちの体はキラキラとした星屑で覆われた。


「これって……」

「これで普通の人間がお前たちを見ても、人間からは見えなくなった。感謝しろよ。人間」

「……ありがとう」


 オコジョさん、もしかして私たちのこと気遣ってくれたんだろうか?


「ふん。これくらいの魔法、僕にとっては赤子の手を捻るようなものさ」

「へえ……」


 可愛らしいベビーフェイスを少しだけ赤くして、オコジョさんはふんと鼻を鳴らした。


☆★☆


「ここだ。ヒナ」


 小春ちゃんのおうちは、庭に可愛い花が沢山咲く一軒家だった。

 小春ちゃんの部屋にはベランダがついていて、私たちはそこに静かに降りた。クロードも、私をゆっくりと着地させる。


「【スリープ】」

 

 家の中に入る前、オコジョさんが手を上げて呪文を唱えた。

 すると、空に星屑が広がって、小春ちゃん脳家の周りを、ヴェールのように覆った。

 

「これで、この家の住人は全員眠りについた」


 オコジョはそう言うと、ベランダに前のガラス扉に向かって呪文を唱えた。


「【アン・ロック】」


 と同時に、ガチャッという音がして鍵が開くのが分かった。

 なんだかちょっと悪いことをしている気持ちになるのに、少しワクワクしてしまう。


「お邪魔しまーす」


 魔法で眠っていることは分かっているけれど、私はそう言ってから、足音を立てないように小春ちゃんのベッドに近付いた。


「小春ちゃんも眠ってる……」


 小春ちゃんの部屋は、私のイメージ通り、可愛い物で溢れていた。

 お部屋を飾るドライフラワー。可愛いぬいぐるみ。綺麗に整理された本棚の中には、少し難しそうな、英語の本が並んでいた。

 そして天蓋付きのベッドの中で、小春ちゃんは寝息を立てていた。


「ヒナ、行くぞ」


 クロードはそう言うと、私の手をとって、小春ちゃんの眠る布団に手を翳した。


「「【オープン・ザ・ドア】」」


 クロードと、オコジョさんの声が重なる。

 その瞬間、私の視界は光に包まれた。

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