異変

「でも、そもそも『ユメクイ』って、どう探したらいいの?」


 仲直りした私たちは、次の日の月曜日から、さっそく『ユメクイ退治』のための作戦会議をした。


「それなんだが――実は最近この学校の中で、『ユメクイ』の気配は感じている」

「気配?」

「ああ。『ユメクイ』は、人の心に住み着く。そして人の心を、夢を食べてしまう。だから一度人間に取り憑かれると、俺たち使い魔は探すのが難しくなってしまう」


 だとしたらどうすれば良いのだろう?


「クロード。他に探す方法はないの?」

「勿論方法はある。最近、大きく変わった人間を探せば良い。性格・人間関係・外見――なんでもいい」

「『性格』? 『関係』?」


 私には、クロードの言葉の意味が分からなかった。


「たとえば、優しかった人間が急に冷たくなったりした場合は、ユメクイに取り憑かれている可能性がある。あと、突然何の関係もなかったような相手と付き合いだした、とかな」

「どうして?」


 性格はまだしも後者については、私はよく意味が分からなかった。


「そもそも人の心を魔法で変えるのは、『黒魔法』に分類されるものなんだ。俺たち使い魔には使えない力だが、『ユメクイ』は違う。『ユメクイ』は人の心の隙間に入り込んで、自分の力に変える。そして奴らは時に、『まやかしの夢』を人に見せることができる」

「まやかしの……ゆめ……?」


 それって、どういう意味だろう?


「つまり、『偽物の夢』ということだ。あいつらは、人の心を操る力も持っている。『黒魔法』を使って、『叶わない願い』を叶える事もな。でもそれは――本来の『願い』を叶えるための思いとは、きっと一番遠いものなんだ。だから結果として、『願い』が叶う代わりに、その人間は新しい『夢』を抱けなくなっていく」


「そんな――」


 夢が叶っても、夢を抱けなくなるんて。

 もしそんな事をする生きものたちが居るのなら、私は絶対に捕まえるべきだと思った。


 でもだからといって、「最近性格が変わったなって子いない?」なんて周りに聞いてしまったら、確実に変人の噂に真実味が増してしまう。

 どうしようかと悩んでいた私は、偶然廊下を歩く小春ちゃんを見つけた。


「小春ちゃ――」


 でも私は、最後まで彼女を呼ぶことが出来なかった。

 何故なら小春ちゃんの横には、前に小春ちゃんが私に教えてくれた、思い人の男の子がいたからだ。


「え……?」


 そして穏やかで優しくて、口元に手を当ててくすっと笑っていたはずの小春ちゃんは、今は服も前より明るい色に変わって、先輩の隣で、大きな口を開けて笑っていた。

 まるで、人が変わってしまったみたいに。


「あれって、もしかして……」


 嫌な予感がした。

 もしかして、もしかして小春ちゃんは――。


「桜庭さん、最近変わったよねえ。なんでも、6年生と付き合い始めたらしいよ。二人ともすっごく真面目だったのに、最近じゃ授業を一緒にサボったり、宿題もしなくなっちゃったんだって」


 私が二人を見つめていると、噂好きの真衣ちゃんが、ひょっこり後ろから現われて教えてくれた。


「不思議だよね、あの二人。最近まで、一緒に話しているのも見たことがなかったのに」


 そうだ。そのはずだ。

 小春ちゃんはあの花壇から、遠くに居る彼を見ることしか出来ないような人だったのに。

 それなのに。


「確かめなきゃ」


 私は、二人の後を追うことにした。

 私が追いついた頃、小春ちゃんは先輩と別れて花壇へと向かっていた。


「小春ちゃ……」


 そして私はそこで、信じられないものを目にしてしまった。

 なんと小春ちゃんは、あろうことか自分が大事に育ててきたはずの花を踏みつけていたのだ。

 

「何してるの! この花は……この花は、ずっと小春ちゃんが大事に育ててきたものなんだよ!?」

 

 後ろから小春ちゃんに抱きついて、私は彼女を止めようとした。けれど私の手は、彼女の強い力で振り払われてしまった。

 尻餅をついた私を、小春ちゃんは冷たい目で見下ろしていた。


「もういらないの。だってもう私、一番欲しかったものを手に入れたんだもの」


 小春ちゃんの瞳には、光が宿っていなかった。

 私は、呆然と彼女を見上げることしか出来なかった。


「……どうしたらいいんだろう」


 小春ちゃんはまるで、心がなくなってしまったみたいだった。

 何も出来ない私が無力感に地面の土を掴めば、クロードが駆けつけてくれた。


「ヒナ、大丈夫か!?」

「小春ちゃんが、小春ちゃんが……!」


 私は、クロードに抱きついた。今の私の気持ちを理解出来るのは、この世界でクロードだけだ。


「この気配、まさか……」


 クロードは、花壇の花を見て全てを察したらしい。クロードは、私を落ち着かせるように軽く背中を叩いた。


「ヒナ。ユメクイに取り憑かれてしまったら、花を愛でる心も、自分が大切にしていたものも、このままじゃ全部忘れてしまう。――だから」


 クロードは私の手を掴んで、私の目を見て言った。


「助けよう。ヒナ。俺たちで、あの子の心を」

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