とける

 ――『月見眼ムーン・アイ』。

 

 オコジョさんと内緒の話をしてからというもの、私はクロードを避けてしまっていた。

 というのも、オコジョさんから聞いた言葉が、私の心に引っかかっていたからだ。


 だってもし、オコジョさんが言うとおりクロードが人間界で捨てられた猫だったのだとしたら、自分を捨てた人間に仕えるなんて、本当は嫌なんじゃないかと思えてならなかった。


「ヒナ」


 だとしたら私は、クロードの優しさにつけ込んでいるんじゃないかって――……。


「ヒナ!」


 ばちん!!!!


「わあ! びっくりした!!」


 日曜日。私が一人落ち込んでいると、クロードが私の目の前で手を叩いた。


「く、クロード?」

「ヒナ。……やっと、俺のことを見てくれたな」


 そう言ったクロードは、どこか寂しそうだった。私はつい、顔を反らした。


「ヒナ。お願いがある。今日はヒナの時間、少し俺にくれないか?」


 いつものクロードとは違う。困ったように笑って、私を気遣うような言い方をするクロードに、私は沈黙の後に頷いた。


「……わかった」


☆★☆


 クロードと私は家を出ると、近くの公園で話をすることにした。

 休日ということもあってか、公園には沢山の人が居た。


 なんとなく、二人でベンチに座るのが恥ずかしくって、私たちは自動販売機でアイスを買って、並んで食べながら話をすることにした。


「ヒナ。まず謝らせてくれ。驚かせてしまってすまなかった」


 沈黙を破ったのは、クロードが先だった。


「あいつがヒナに伝えたことは本当だ。俺は、元は捨て猫だった」


「じゃあクロードは、本当は人間のこと、嫌いだってこと?」


 ――つまり人間である、私のことも。


 私は、クロードに「嫌い」だって言われるのは怖かった。でも私は、聞かずにはいられなかった。


「俺は、ヒナは嫌いじゃない」

 

 クロードは、まず最初に言った。


「人間も、な。そもそも、俺の立場というのは少し微妙なんだ。捨て猫ではあったみたいだが、どうやら俺のことを世話してくれた人間はいたらしい。この鈴も、俺が人間界にいたときに、その人間からもらったものなんだと聞いている」


「え? それってどういうこと??」


「使い魔になるには、魔法を使うための杖が居る。使い魔の杖は、人間から与えられたものからしか作れないんだ。つまり俺は、確かに捨て猫ではあるけれど、想いのこもった贈り物をくれるような相手は居たってことなんだ。確かに、俺はあいつよりは力は弱い。でもこんな俺だけど、きっとヒナと一緒なら、ユメクイだって倒すことが出来る」


 クロードはそう言うと、私の手を取ってぎゅっと握った。


「ヒナがもし俺の御主人様になってくれたら、俺は、俺たちは、きっと今よりもっと強くなれる」


 真剣な眼差し。

 金色の美しい瞳が、私のことを真っ直ぐ見つめてくる。

 不思議だ。それだけで――私は、なんだって出来るような気がした。

 まるで私が、クロードっていう名前の、お月様の魔法にかかったみたいに。


「……わかった」


 だから、私は静かにこたえた。


「私、これからも、クロードと一緒に頑張りたい」

「ありがとう! ヒナ!」


 心を決めてそういえば、クロードは珍しく、子どもみたいに嬉しそうに笑った。

 そして不思議なことに、私はそんなクロードの笑顔を見て胸を押さえた。

 どうしてだろう。

 心臓の、胸の鼓動の音がうるさい。


「じゃあ改めて! クロードと私で、オコジョさんより先にユメクイを倒そう! 絶対負けてられないよね!」

「別に俺は勝ち負けとかはどうでもいいんだが……」

「クロードが馬鹿にされるとか、私が嫌なの!」


 びしっ!!

 私が人差し指をクロードに向けて言えば、クロードは一瞬目を丸くして、ぷはっと笑った。


「なら、負けてられないな」

「当然だよ!」


 負けてなんかなるものか。

 気持ちをあらたにした私だったけれど、その気持ちは、すぐに他ならぬクロードによって乱されてしまった。


「あ、ヒナ。アイス溶けてるぞ」

「へっ?」


 クロードはそう言うと、私の手ごと引き寄せて、私の指に垂れそうになっていたアイスをペロリとなめた。

 その瞬間、少しだけ、ほんの少しだけだけど、クロードの唇が、私の指先に――。


「!?!?!?」

「どうした? ヒナ」

 

 やはり、人間と魔法猫では感覚が違うらしい。

 顔を真っ赤にする私を前に、クロードは不思議そうな顔そして首を傾げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る