月の光を映す瞳

「とんでもないことになっちゃった」


 翌朝、眠たい目を擦って朝の準備をしながら、私は昨日のことを思い出していた。

 クロードは、今日はいつもより少しピリピリしている。そのせいで私は、少し居心地が悪かった。


 ――それもこれも、全部あのオコジョさんのせいだ。


 クロードのことを、『落ちこぼれ』と呼ぶ魔法界の『使い魔』。

 彼の登場は、私とクロードの、穏やかな日常を壊してしまった。


 ――でも、『落ちこぼれ』って、一体どういうことなんだろう?


 私の知るクロードは、頭が良くて面倒見が良くて、料理だって出来る特別な魔法猫なのに。オコジョさんが使うクロードへの言葉は、あまりに私の中での彼のイメージとかけ離れていた。


「クロードだって……違うなら、違うって言えば良いのに」


 でも、本人に詳しく聞く勇気は出なかった。

 そんなこんなで歯磨きうがいを終えて、私は朝の支度を済ませて学校へと向かうことにした。

 今日の天気は晴れ。

 ただ、すがすがしい朝の空気を吸っても、私の気持ちは晴れなかった。

 授業中も、窓際の席から空を眺めて、私は午前の授業を終わらせた。

 そして給食を食べ終わると、私は小春ちゃんを探して花壇に行くことにした。


「……やっぱりいない」


 小春ちゃんは、相変わらず花壇には居なかった。


 最近の花壇は、代わりに2組の先生が世話をしているみたいだった。

 先生に事情を聞いてみると、元々は小春ちゃんの希望で花のお世話を任せていたらしいけれど、最近お花の水やり臥されていないから、自分がしているんだと先生は教えてくれた。

 

「小春ちゃん、一体どうしたんだろう?」


 花が大好きな小春ちゃんが、花のお世話を自分からやめるなんて、私には思えなかった。


 どういうことなんだろう? 小春ちゃんの身に、何かあったんだろうか……?

 私が首を傾げて歩いていたその時だった。

 私の耳に、誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

『はーなーせええええっ!』

「この声……!」


 間違いない。オコジョさんのものだ!

 私は声の方向へと走り、信じられないものを目の当たりにした。


「え?」

 なんと葵くんが、オコジョさんの片手で背中を掴んで、じっとその姿を見つめていたのだ。


 ――なんでオコジョさんが葵くんと一緒に!?


「あ、あお」

 

 まさか、葵くんがオコジョさんの契約者だって言うの?!

 だとしたら葵くんは、私の敵になってしまう。

 私が動くことも出来ずに硬直していると、葵くんが私を見て口を開いた。


「君」

「へ?」

「この子、君の?」

「……えっ?」


 私は、ぽかんと口を開けた。

 もしかして――葵くん、オコジョさんの声聞こえてない!? ただのはぐれペットだと思ってる!?!?

 

「最近、君が学校で猫を連れてるのをよく見たから」

「!」

 

 私はその言葉を聞いて、全てを理解した。

 つまり昔のことは忘れられてるけど、葵くんに学校に動物連れている子(変人)として私は認識されている――!


「違……」

 私は、その場を離れようとして、

『おいお前! いいから助けろっ! お前は僕の声が聞こえているんだろ!?』

 オコジョさんの言葉を聞いて、葵くんに手を伸ばした。


「……私の友だちの友だちです」

「そう。なら、その子に伝えて」

「?」


「……今度逃げたらその子、大人に連れて行かれちゃうかもしれないよって」


 葵くんはまるで内緒話をするみたいに、私の耳元で囁くように言った。


 ――こ、声が近い……っ!


 私は、葵くんの突然の行動に、急に顔が熱くなるのを感じた。

 だって、こんなの、こんなの……! そうならないほうがおかしいでしょ!?


 葵君は私にオコジョさんを預けて安心したのか、そのままスタスタとどこかへと行ってしまった。

 オコジョさんと二人残された私は、無駄に偉そうなオコジョさんに尋ねた。


「……なんでこんなことに?」


『僕に相応しい人間を探していたら、きらきらした人間を見つけたんだ。だから、せっかく僕が話しかけてやったのに、僕の声を理解しないばかりか、あろうことかその辺のハムスターやネズミみたいにあつかうなんて!』


 オコジョさんは、ご立腹の様子だった。


「クロードもですけど、その『声』って、普通聞こえないものなんですか?」


『僕たちの『声』は、人間の場合自分と波長の合う使い魔にしか聞こえない。ただ、一度契約を結べば、他の使い魔の声も聞くことが出来る。お前と僕がそうだ』


 オコジョさんはあくまで、自分と私とは違うのだと言いたげだった。


「助けてくれた相手に、お礼とかないんですか?」

「『お礼』? どうして僕が?」


 オコジョさんは、心の底から不思議そうな顔をした。


「だって僕は、絶滅危惧種のオコジョ様だからなっ!」


 ドヤ!

 オコジョさんは偉そうに胸を張って言った。


「絶滅危惧種……? つまり、私はオコジョさんと一緒にいたら、捕まっちゃうってこと……?」


 小学4年生にして警察のお世話になるのは嫌だ。

私は身の危険を感じて、オコジョさんを地面に降ろした。

 ……すると。


 ぎゅるるるるるるるるるるるるる!!!


 辺りに、大きな音が響いた。


「もしかして、おなかすいてるんですか……?」

「…………」


 音の主は、勿論オコジョさんだった。

 私がおそるおそる尋ねると、オコジョさんは顔を真っ赤に染めた。

 もしかして、もしかしてだけど――クロードと違ってまだ人間のパートナーが居ないから、ごはんを食べられてないんだろうか?


「よかったら、これ」

 私が食べ物(給食のあまりのパンと牛乳)を差し出すと、オコジョさんは勢いよくそれを奪った。


「別にっ! 感謝っ! なんか、むぐ、してな、んぐっ、ないんだからなっ!」


 見事なテンプレツンデレを披露しながら、オコジョさんは牛乳とパンを平らげた。


「ねえ、オコジョさん。ご飯の代わりに、オコジョさんに、一つ質問していいですか?」

「ふん。いいだろう。特別にお前の頼みを聞いてやろう」


 オコジョさんはいちいち偉そうだった。


「どうしてオコジョさんは、クロードのこと落ちこぼれなんて言うんですか? クロードは賢いし、優しいし、魔法だって使えるのに」

「でもあいつは、『月見眼ムーン・アイ』だ」

「『むーん・あい』?」


 初めて聞く言葉だ。

 一食の恩義。オコジョさんは私の疑問に、ちゃんと答えてくれた。


「魔法界で使い魔になる動物は、本来人間の世界で、人間に愛された生き物だ。その魂が魔法界で生まれ変わり、『使い魔』になる資格を得る。愛された分だけ、使い魔は強い素質を持って魔法界に生まれ変わる。愛された分だけ、美しい外見の人型になれる。僕たちの中で『落ちこぼれ』とは、人間界に居た時に、人間に愛されなかった生き物のことを言う。そいつらは、一目見ればそれがわかる」


「……どうやって?」


「人間に捨てられ、月を見上げ続けた瞳は、月の魔力に染まって金色になる」


 クロードの瞳は、満月のような、美しい金色だ。

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