種を芽吹かせるには
「へえ。それで、最近は早起きをしているのか」
「うん。そうなんだ。いろいろ協力してもらってるの」
トースターで焼いたパンを牛乳で流し込みながら、私はクロードの質問に答えた。
最近の私は順調だった。
クラスメイトの女の子達とは前より仲良くなれたし、クロードから出された宿題は、小春ちゃんにお手伝いしてもらえる予定だ。
まさか初対面で水をかけられた相手と、こんな風に話す仲になるなんて思ってもみなかったけれど、正直小春ちゃんと話すことは、私の楽しみの一つになっていた。
だって、小春ちゃんは可愛いのだ。
お花が似合って、いい匂いのするハンカチを持っていて、穏やか優しくてで――きっと私が男の子だったら、小春ちゃんみたいな子、絶対大好きになってしまうと思う。
小春ちゃんみたいにはなれないけれど、私がお気に入りのリボン付きのシュシュで髪を結ぼうとすると、クロードが私から櫛を取って、代わりに綺麗に結んでくれた。
「今日も楽しい一日になると良いな」
「うん! ありがとう。クロード」
クロードの言葉に、私は大きく頷いた。
☆★☆
「おはよう! 小春ちゃん!」
「おはようございます。朝霧さん」
朝。
いつもより朝早く家を出たはずなのに、小春ちゃんはすでに花壇の前に居た。
今日小春ちゃんが私に教えてくれるのは、『種の芽の出し方』だった。
「朝霧さんはどうすれば、種から芽は出ると思いますか?」
初歩の初歩。
でもそれさえ、私にとっては難問だ。だって、現実問題種から芽は出ていないわけで。
「えっと……土に埋めて水をあげる、かな? でも、これだと駄目だったんだよね」
「そうなんですね。なら、別の方法も試すべきかもしれません」
「『別の方法』? 土に埋めるだけじゃだめなの?」
「そうですね。植物の育て方は、種類によって違うと思います」
小春ちゃんはそう言うと、私に本を見せてくれた。
「こうやって、種に傷をつけて発芽を促すこともあるんです」
「え!? 種に傷をつけるの?」
「はい。種の殻が固くて芽が出ないこともあるので」
小春ちゃんはそう言うと、ふわっと可愛らしく微笑んだ。
「植物は面白いんです。タンポポの綿毛は風に飛ばされて飛んでいくし、動物にあえて食べられて、自分の種を運ばせる植物もいます。ふかふかのお布団が好きな子も居れば、硬いお布団が好きな子も居ます。みんな、それぞれ違うんですよ」
「私……知らなかった」
「あまりみんなは、植物に興味はないみたいですし。朝霧さんが知らなくても仕方がありません。今日はまず、この本に書かれたやり方を試してみませんか?」
「うん! そうする!」
種は、両手で抱えられるほど沢山あるのだ。
元々の種が駄目になっている可能性もあるだろうということで、私と小春ちゃんはそれぞれの方法で二つずつ、発芽を目指して実験してみることにした。
そして――。
「め……芽が出た!」
「良かったですね」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
私はあまりの嬉しさに、小春ちゃんお手を取ってぶんぶん振った。
無事芽が出たのは、種に傷をつける方法を試したもので、正直小春ちゃんに協力して貰えなかったら。私はこの方法に辿り着くまでに、もっと時間がかかっていたに違いない。
「小春ちゃん大好き!」
これで、魔法少女への道は一歩前進だ。
嬉しさ余って私が小春ちゃんに抱きつくと、小春ちゃんは顔を真っ赤にして照れた。
「ごめんね?」
「す、すいません。少し驚いてしまって……」
顔を隠しながら、私から少し目線を逸らす。
……正直、そういう仕草も凄く可愛い。
「ヒナ、うまく行っているか?」
「く、クロード!?」
私が小春ちゃんの可愛さに浸っていると、明るい声が聞こえてきて、勢いよく私は振り返った。
屋根の上にいたクロードは、軽やかに地面に着地した。
「クロード? なんでここにいるの?」
「何って、ヒナが心配で様子を見に来たんだ」
「見に来たって……」
「貴方は……?」
小春ちゃんは、クロードを見て目を瞬かせていた。
「なっ何でもないよ〜! 気にしないで!」
私は思わず、クロードを自分の背中に隠した。
普通の女の子である小春ちゃんに、『魔法猫』を紹介できるはずがない。
私の思いなどお構いなしで、クロードは小春ちゃんに挨拶した。
「いつもヒナがお世話になっています」
まるで父親か彼氏みたいな発言に、私の顔に熱が集まる。
なんだか、すっごくすっごく恥ずかしい!!!
「ちょっと、クロードってば何言ってるの!? さっさと行って!」
ぐいぐい私がクロードの背中を押せば、クロードは不満そうな声で「押すな」と言った。
「全く、せっかく人が心配して見に来たって言うのに、この扱いはないだろ? わかった。わかったってば。だから、そうやって押すのはやめてくれ。……じゃあ、また後でな。ヒナ」
クロードはそう言うと、礼儀正しく小春ちゃんに少し頭を下げて、それから人外の跳躍力を見せつけて、屋根の上へと消えた。
……どうせなら、最後まで『普通』を貫いて欲しかった。
私は深い溜め息を吐いてから、気を取り直して笑顔を作って小春ちゃんを見た。
「ご、ごめんね。クロードがお騒がせしちゃって」
「くろうど? 先ほどの方は、蔵人くん、というんですね」
流石に『クロード』だとは思われなかったらしい。というより、『くろうど』なんて名前、日本にあったんだ?
首を傾げる私を前に、小春ちゃんは爆弾を落とした。
「それにしても、かっこいい人でしたね」
私は何故か、胸がざわつくのを感じた。
「えっ? あ、あのね、小春ちゃん、クロードは……」
どうしよう! このままでは小春ちゃんに、猫に恋させてしまう!
「大丈夫です。別に、そういう意味じゃありません。それに、私は……」
小春ちゃんは何かを言いかけて、渡り廊下を見つめたままピタリと動きを止めた。
「どうしたの?」
私は、小春ちゃんの視線の先の男の子を見た。眼鏡をかけた短髪の、賢そうな男の子。
「あれは……」
シューズの色からして、たぶん六年生の上級生だ。
「小春ちゃんもしかして、あの人が好きなの?」
私が訊ねると、小春ちゃんはまた顔を真っ赤に染めた。
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