レンジでお菓子作り
「クロード? これから何するの?」
「レンジでプリンを作る」
「ぷ、プリン!?」
クロードがあまりにも普通のことのように言うから、私はつい噛んでしまった。
「プリンってレンジで簡単に作れるものなの!?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
クロードはそう言うと、棚から少し大きめの、取っ手のついたマグカップを取り出した。
それから、ボウルと茶こし。冷蔵庫から、牛乳と卵、バニラエッセンス。
そして最後にクロードは、何故かお風呂場からタオルを一枚持ってきた。
「牛乳に卵と砂糖、バニラエッセンスを加えて混ぜて、それを
まるで、魔法の言葉みたいだ。
クロードはボウルに材料を入れて混ぜると、茶こしでこしてからマグカップに注いだ。
ラップをかけて、レンジに入れる。設定時間は3分。
ピッという音とともに、レンジの中でマグカップがくるくる回る。
どこにでもあるレンジの筈なのに、私にはまるで、クロードが指先一つで魔法をかけたようにも感じられた。
レンジの時間が終わる頃、クロードは鍋摑みを手にはめた。
「ヒナ。熱くなっているかもしれないから、少し離れてくれるか」
「う。うん」
少しだけ恥ずかしい。
ずっとレンジの中を見ていた私は離れると、「次にクロードは何をするのだろう」とわくわくしながら彼を見守った。
クロードはレンジからマグカップを取り出すと、少し揺らして何かを確認したみたいに頷いて、それからタオルにそれをくるんだ。
「…タオル? ……これで終わり?」
「ああ、このままで少し放置だな。後は
「『よねつ』?」
私が首を傾げていると、クロードはクスッと笑った。
「ああ。タオルの中で、ゆっくりプリン温めてプリンにする。レンジで長い時間温めても火は通るんだが、そうすると固くなってしまうからな。手で触っても問題ないくらいには時間をかけて冷やしたいから完成だ」
プリンの完成を待つ間、私たちは一度勉強に戻った。そしてあっというまに時間が過ぎて、クロードはまるで
「ほら、出来た。レンジプリンの完成だ!」
マグカップの中でプリンはプルンと揺れる。
「わあー!」
「どうぞ」
私が目を輝かせていると、クロードが私にスプーンを差し出してくれた。
勿論、私はプリンを初めて食べるわけじゃ無い。
でも、今日のプリンはひと味違う。このマグカッププリンは、クロードが私のために、私の目の前で作ってくれたものなのだ。
どきどきしながらひとすくい。
クロードお手製のプリンは、口に含むと甘くて優しい味がした。
ただ――。
「なんだかあったかいプリンって、不思議。甘い茶碗蒸しみたい」
「まあ、今は粗熱を取っただけだからな。ここから冷蔵庫で冷やすと、もっとおいしくなる。カラメルっていう、茶色いやつもレンジで作れるから、それをマグカップの底で先に作っておいたり、別にソースとして作ってかけるのも美味しい。ただ、砂糖を焦がす必要があるから、少し水が跳ねるかもしれなくて――今回はプリン自体を砂糖多めに作ってみた。、あと、実は少し手順を変えれば、ヒナが言うように茶碗蒸しも作れるんだ。牛乳の代わりに、白だしと水、そしてそこに卵を混ぜる」
「へええ……」
クロードは、何故か日本の料理について詳しかった。
魔法猫ってもしかして、何でも出来るものなんだろうか?
魔法の世界で、「美味しい茶碗蒸しの作り方」なんて教えているのかと想像すると、少し笑える。
それともこれも、クロードが詳しいだけ?
なんだかちょっと楽しくて、思わず頬が緩む。
――すると。
「ようやく笑ったな」
私を見てクロードが、「安心した」みたいな顔をして言った。
「ヒナは、笑ったほうが可愛い」
「え……?」
クロードの言葉に、私はピタリと動きを止めた。
だって、「可愛い」なんて――そんなこと、私のこれまでの人生で、男の子に言われたことはなかったから。
クロードは、そんな私の眉間に、つんと指を押し当てた。
「ヒナ。真面目なのは良いけどな? 眉間にしわ寄せてばっかりでずっと勉強ばかりしていたら、すぐにしわくちゃのおばあちゃんになるぞ」
「そ……そんなわけないしっ!」
なんてことを言うんだ。私のときめきを返して欲しい!
私はクロードに背を向けると、残りのプリンをガツガツと口の中に放り込んだ。
クロードのばか!
クロードのばか!
いじわる。いじわるいじわる!!
優しいと思って近付こうとしたら、甘くないなんて最低だ!
……でも、マグカップのプリンはどこまでも、柔らかくて優しくて甘い。
きっと「幸せの味」っていうのは、こういうもののことを言うんだろう。
「……ねえ、クロード。プリンって、まだ作る材料はある?」
「ああ。一人分なら残ってるぞ」
「お母さんに作ってあげたいんだけど……手伝ってくれないかな?」
私のお願いに、クロードは大きく頷いた。
「勿論! ヒナはお母さん思いで優しいな」
そして私はその夜、クロードに手伝ってもらいながら、はじめてお菓子を作った。
マグカップの中のプリンは優しい色で、まるで空に浮かぶお月様みたいで。それはどこか、クロードの瞳にも似ているようにも私には思えた。
机の上に、お母さんへのメモを残す。
『いつもお仕事がんばってくれてありがとう。お母さんのためにプリンを作ったので食べてください。冷蔵庫の中に入っています ひなより』
お母さんは、喜んでくれるだろうか?
私は、まるでクリスマスイブの夜、サンタさんに向けて手紙を書く時のような気持ちになった。
私は幼い頃から、サンタさんに手紙を書いている。
返事は返っては来ないけれど、いつも手紙がなくなる代わりに、朝起きるとプレゼントがおいてあるのだ。
だから私のクリスマスの朝は、少しの寂しさと、嬉しさといっしょに始まる。
「……ねえ、クロード。クロードはどうして、私によくしてくれるの?」
「縁の紐で結ばれたのがヒナだったっていうのもあるけど、純粋に俺は、ヒナのことは嫌いじゃないからな」
私は、クロードの言葉には、嘘がないような気がした。
だからだろうか。私は思わず胸を押さえていた。
不思議だ。
いつもの猫の姿と違って人間の姿で言われると、なんだか心がざわつく。
おかしい。だって私が好きなのは、葵くんのはずなのに。
「不器用だけど真面目で頑張りやなところは、ヒナの良いところだと俺は思う」
「……でも、私なんかに魔法少女なんて出来るとは思えないよ」
ただそれでも、クロードが私に求める役割をこなす自信が、私にはなかった。
「こら」
「わっ」
するとクロードは、弱音を吐いた私の眉間の皺を指でぐりぐり押した。
「なのな? ヒナ。そうやって自分を否定してると、癖になるぞ」
「えっ?」
「ヒナはもっと、頑張った自分を褒めてあげるべきだ。『私なんか』って。そんなことを言われたら、いつも頑張ってるヒナが可哀想じゃないか」
私が私に駄目出ししただけなのに、クロードは何故か悲しそうな
「……まだ会って、全然経ってないのに。なんでそんなことが言えるの?」
「少なくとも最近のヒナなら、俺は一番知ってる自信がある」
クロードは堂々と言いきった。
「誰だってそういうもんだろ? 誰だって、最初から相手のことを完璧に知ってる奴なんていないんだよ。それに、自分のことは近すぎて、見えなくなることもあるんだよ」
私は、クロードをじっと見つめた。
クロードは何というか――やっぱり、外見だけは私より少し上くらいのに見えるのに、妙に大人びているような気がした。
「ヒナ。俺は、ヒナに俺の御主人様になって欲しくてここにいるけど――実は魔法少女になることは、ヒナにもメリットはあるんだ」
「?」
「もし。もし、だけど――。ヒナが沢山のユメクイを倒して、すごい魔法少女になれたら、その時は魔法の力で、どんな願いでも、一つだけ叶えることが出来るんだ」
「どんな願いも……?」
クロードの言葉に、私は目を丸くした。クロードは、大きく首を縦に動かした。
「ああ。そうだ。だからもし、ヒナに本当に叶えたい願いがあるなら、魔法少女になれば、それを叶えることが出来るかもしれない」
『魔法少女』として『ユメクイ』を倒す――。
それはこれまでの私にとって、夢のような話でしかなかった。
だって私が、『魔法少女』になってなれるわけがないと思っていたから。
けれどクロードが一緒なら、何だって出来るような気がするのは、彼の人柄――猫柄?のおかげかもしれない。
「まあ、無理に頼んでもすぐには決められないよな。ヒナ。今日はもう寝ろ」
「でも」
「夜遅くまで起きてテストの時間に眠くなったら、元も子もないだろ?」
お母さんのプリンを冷やす間、お風呂に入っていた私は、後はもう眠るだけだ。
クロードは私が机の上に広げていたノートを閉じると、猫の姿に戻ってぴょこんと私のベッドに飛び乗った。
それから、ふにふにと前足でクロードは布団を踏んだ。
その様子があまりに可愛くて、私はクロードに言われるがまま、ベッドに入った。
クロードは満足げにしっぽを揺らすと、人の姿に戻った。
動物を飼うのはお母さんに禁止されているので、クロードはお母さんが帰ってくる前に、私の部屋から出て行かなくてはいけない。
「おやすみ。いい夢を。――ヒナ」
クロードはそう言うと、私の頭を優しく撫でた。
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