テスト

「おわった――!!!」


 後ろからテスト用紙が前へと回収される。

 ガヤガヤと騒がしい教室の中で、私は心の中で、強く拳を握りしめていた。


 ――絶対、100点取れた自信がある!


 というのも、今日のテストには全部答えを書けたからだ。

 

 ――これも全部、クロードのおかげ……だよね?


 『いつもの私』なら、テストの前の日は、心配でよく眠れない。そしてテスト当日は寝不足で、いつもしないようなミスをしてしまうんだけど、今日の私は絶絶絶絶好調なのだ。


「どうだった?」

「バッチリだよ!」


 だからだろうか。

 藤井さんに話しかけられて、私はつい、クロードに話しかけるノリで返してしまった。


 ――や、やってしまった!

 私は自分の失敗に気付いて、顔を青ざめさせてすぐに下を向いた。


「そうなんだ?」

「……あっ。えっと、その、あの。ごめんなさい」

「なんで謝るの? そうやって、これからも普通に話してくれると嬉しいな」


 藤井さんはにこりと笑う。


「あのさ、朝霧さん。私、朝霧さんのこと、ひなちゃんって呼んでもいい?」

「えっ?」


 突然の申し出に、私は思わず声を上げた。


「本当はずっとそう呼びたかったんだけど、朝霧さんの前の学校では名字が普通だったのかなって思って呼べなくて……」


 前の学校も今のこの学校でも、女の子同士は名前で呼ぶのが普通だ。

 でも、今まで名字で呼ばれていたのは……。


 ――あ。そっか。


 私はその時、何故みんなが私のことを『ひなちゃん』と呼んでくれないのか分かった。

 なんでも学校によっては、名字で呼び合うように先生に言われる学校もあるらしい。

 藤井さんたちはずっと、『転校生』である私に気を遣ってくれていたんだろう。


 ――なのに私はずっと、勝手にみんなとの間に壁を作っちゃってたんだ。


「どう? いいかな?」

「も……もちろん! そう呼んでもらえるの、すっごく嬉しい!」


 私が意を決して頷けば、藤井さんが大きな声で言った。


「みんなにお知らせ!朝霧さん、今日から『ひなちゃん』って呼んでいいって!」

「え? いいの? じゃあ私もひなちゃんって呼びたい!」

「私も!」


 クラスの女の子達に囲まれた私は、嬉しい反面どうしていいか分からず慌てた。

 藤井さんは私の視線に気付くと、綺麗にウィンクした。

 クロードと藤井さんのおかげで、漸く私は、新しい学校で友だちが出来たのだった。


☆★☆


 休み時間を終えて昼休み。

 私は急いでごはんを食べると、急いで教室を出た。


「クロードに伝えに行かなきゃ」


 『友達』ができたんだよってこと。

 テストで全部書けたこと。

 指に巻き付く紐を辿って、私はクロードを探す。

 だが私がクロードを探して渡り廊下に出たとき、ばしゃっという音ともに、私の視界は水で覆われた。


「ご、ごめんなさい!」


 私が顔にかかった水を服で拭うと、ホースを手にした女の子が困ったという顔をして私を見ていた。


「私、お花に水やりをしていて、それで……!」


 女の子は勢いよく頭を下げた。

 それからポケットからハンカチを取り出すと、丁寧に私の髪を拭いてくれた。

 ……なんだかすっごく、『可愛い女の子』というかんじだ。ふわっとお花の香りがするハンカチは、女の子の私まで少しドキッとしてしまう。


「本当に、すいません」


 学校では、シューズの色によって学年を見分けている。

 この子は私と同じ赤色だから、私と同じ小学四年生なんだろう。


 ――こんな子もいるんだ……。


 大人っぽい、落ち着いた雰囲気の彼女を前に、漸く私は最初の目的を思いだした。


 ――私、昼休みが終わるまでに、クロードに会わなきゃいけないんだった……!


「拭いてくれてありがとう。これから用があるから、私もう行くね!」

「あ、あのっ!」


 私を呼び込める女の子の声を振り切って、私はクロードの元に急いだ。


『ヒナ? なんでそんなに濡れてるんだ?』


 クロードは猫の姿で、木の上に横になっていた。

 私の姿を見つけると、クロードは軽やかに地面に着地して、優雅にしっぽを揺らした。


『風邪をひく。こっちに来い』


 クロードに言われるがまま私が近付くと、クロードは鈴を鳴らして呪文を唱えた。


『【ウィンド】』


「わっ」


 すると、温かい風が私を包み込み、一瞬で濡れていた服は乾いた。


『簡単な魔法だけどな。髪を乾かすくらいらお手の物だ』


 クロードは、得意げにしっぽを揺らした。


「すごい! じゃあもしかして、私も空を飛べたりするの?」

「ああ――いや、まあ、それは……」


 クロードの返事は、いつもより少し弱々しかった。


『……それより、ヒナ。そんなに慌ててどうしたんだ?』

「そうだった! ……あのね、実はクロードに、お礼を言いたくてきたの」

『お礼?』


 クロードは不思議そうな顔をしていた。

 

「テスト、ちゃんとできたから」


 改めて言うのはなんだか少し恥ずかしい。真っ正面から彼を見れなくて、私は視線を逸らしながら言った。


『それは、俺のおかげじゃないだろ? それは、ヒナが頑張ったからだよ』


 当たり前みたいにクロードは言う。

 ……そういう言い方は、私は正直ずるいと思った。


「私ね、いつもテストになると上がっちゃって駄目だったの」

『?』

「でも、今日はクロードと一緒にやったとこだって思えたから、落ち着いてテストを受けられたの」

『じゃあ今回は、ヒナの本当の実力が出せたって事だな』


あくまで私が頑張ったおかげだと言うクロードに、私は訊ねた。


「あのね、クロード」

『うん?』

「クロードと契約するには……私は、どうしたらいいのかな?」

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