夜の勉強会

『ヒナ、何やってるんだ?』


 ご飯を食べてからすぐ、私は食器を洗うと教科書を開いた。

 明日は算数のテストがあるのだ。絶対間違うわけにはいかない。


「テスト勉強だよ。テストはちゃんと、100点取らなきゃいけないからね」

『なんで満点じゃなきゃダメなんだ?』


 クロードは、不思議そうな表情かおをして私を見た。私はその質問には答えずに、勉強を続けた。

 暫くすると、クロードは猫の姿のまま、机の上にとんっと乗り上って、うろうろと歩き回った。

 時折、彼のしっぽが私の視界を遮る。正直、少し邪魔だ。


「クロード。少し邪魔なんだけど」

『あ、ヒナ。ここ間違ってるぞ』


 クロードは、たん、と私が書いたノートの数字を叩いた。


「えっ!?」


 私は、ノートを手に取ると、もう一度計算してみた。確かに――数字が間違っている。

 クロードは猫の姿のまま、少し得意げにしっぽを揺らしながら机の上を歩いた。


『ヒナって、真面目で頑張り屋だけどちょっとおっちょこちょいだよな』

「……」


 クロードの言葉に、私は頬を膨らませた。

 私が計算を間違えたのは、クロードが私の周りを歩き回るせいで勉強に集中できなかったからだ。

 それに、『真面目』だと言われるのも、真面目なだけが取り柄だって言われているような気持ちになる。


「どうせ私は、つまらない人間だよ」 


『つまらない? どこが?』


 クロードは、本当に驚いたような声を上げた。


『俺は、ヒナみたいな奴は好きだ。だって、頑張ってる人間はかっこいいだろ?』


「『かっこいい』?」


 クロードの言葉の意味がわからず、私は聞き返していた。


『そうだ。確かに、勉強しないで100点取れる奴はすごいとは思うけど、出来ないことを出来るように頑張る奴は、俺は好きだ。だってそういう奴は、これからどんなに大変な壁にぶつかっても、それを乗り越えようって、努力出来る強さがあると思うからな』


 ――努力出来る、強さ。


 クロードの言葉は、私には新鮮だった。

 だって『頑張る』ことは、自分が出来ないせいで、『仕方なくすること』だと思っていたから。

 それに……。


「『好き』……?」

『ああ』


 クロードは頷くと、チリンと鈴を鳴らした。

 するとキラキラとした星の粒子が彼をまとって、クロードは、また猫から人間に姿を変えた。


「な、なんで突然その姿になるの!?」

「ヒナ。ちょっと作りたいものがあるんだが、冷蔵庫のもの、少し使ってもいいか?」


 一人で家にいるときは、私はお母さんに火を使うことは禁止されている。


「いいけど……。でも、今日は牛乳と卵しかないよ?」 


 一体卵と牛乳だけで何を作るっていうんだろう?

 おずおずと私が答えると、クロードは楽しそうに歯を見せて笑った。


「ああ。それだけで十分だ」

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