ユメクイと魔法界
「はあああああ……」
翌朝。
教室についた私は、机に座って大きな溜息を吐いた。
黒猫は不吉、と聞いたことがあるけれど、まさかいきなりあんなことを言われるなんて――。
『お前には俺の魔法少女となって、ユメクイと戦ってもらう!』
ありえない。ありえない。ありえない!
魔法使い、なんて!
魔法少女、なんて!
確かに剣や魔法のファンタジーに憧れたことがないとはいわないけど、正義のために
「昨日のおまじない、どうだった?」
私が頭を抱えていると、昨日おまじないを教えてくれた真衣ちゃんが、にこりと笑って私に尋ねた。
「え、ええっと……」
――効果がありすぎて、危ないからって邪魔されたせいで、とばっちりで魔法少女にさせられようとしてる、なんて言えない!
私は焦っているのがバレないかヒヤヒヤしながら、当たり障りのない答えを返した。
「人に見られちゃって……。その人から、満月の夜にするには強すぎるおまじないだから、やめとけって言われちゃった」
「そっかあ。残念。あのおまじない、効き目には自信があったんだけどなあ。そのせいで危ないとは考えてなかったなあ……」
「なるほど」と、真衣ちゃんは頷いた。
「ちなみに、他にもいいおまじないあるけど、知りたい?」
「う、うーん? 今はいい……かな?」
断ったのに押しが強い。
手を握られ、ずずいっと近寄られ、私は視線をそらした。
これ以上、『おまじない』に巻き込まれるのはゴメンだ。
――あの黒猫とは、もう会いたくないし。
人間に変化した彼の――『魔法猫』の姿を思い出すと、私は顔が少し熱くなった。
確かにクロードはかっこいい男の子には見えたけれど、彼と契約して『ユメクイ』なんてわけのわからないものと戦いたくはない。
そんなことを考えていると、私は、何故か教室の廊下に人がたくさん集まっていることに気がついた。
「廊下が騒がしいね。何かあったのかな?」
「あれ? 本当だ」
「私、ちょっと見てくるね!」
私は、逃げるように真衣ちゃんから離れた。
「何かあったの?」
「それがね、学校に、猫が入り込んじゃったんだって」
「……猫?」
私は寒気がした。
昨日のこともあり、とてつもなく嫌な予感がする。
「うん。そうだよ。今ね、廊下に黒猫がいるの」
まさか。
まさか、まさかまさか!?
慌てて廊下に出ると、黒猫は振り返って、嬉しそうに私に駆け寄ってきた。
『ヒナ! こんなところにいたんだな!』
「な……な、なんで学校にまでついてきてるの!?」
私は思わず大きな声で叫んだ。
『仕方ないだろ。俺はヒナからは離れられない。そういう体になったんだ』
黒猫は、猫のくせして無駄にいい声で言った。
流石、人間の形にもなれる魔法猫だけのことはある。
だけど、問題はそこではなくて――。
「……人前で話してて大丈夫なの?」
『ん? ああ。それなら心配はいらない』
黒猫は、得意げにしっぽを揺らした。
『今俺の言葉が聞こえているのは、ヒナだけだから』
え? うん? それってつまり――……?
私が振り返ると、みんな一斉に私から視線を逸らした。
どうみても不審者です。どうもありがとうございました。
――あ……明らかに不審がられてる!!!
「あの子、一人で何話してるんだろ?」
「学校に猫連れてきたのかな?」
「ちょっと怖いよね……」
ひそひそ。ひそひそ。
私と黒猫を見て、小声で話す声に、私は体を震わせた。
――これって、どう考えても私のことだよね!?
『ヒナ! ヒナ? どうかしたのか?』
だけど黒猫は、私の意思などしらず話しかけてくる。
「そろそろ授業始めるぞ。中には入れ〜〜」
「先生! 私体調が悪いので、これから保健室に行ってきます!!」
「お、おい。ひな!?」
ナイスタイミング!
私は、担任の先生に向かって元気よく宣言すると、黒猫を抱えて廊下を猛ダッシュした。
☆★☆
「はあ。はあ。はあ……。流石に、ここには人はいないよね」
屋上にやってきた私は、周囲を見渡してから脇に抱えていた黒猫を下ろした。
黒猫は、しゅたっと軽やかにコンクリートの上に降りると、少し不機嫌そうに私に尋ねた。
『全く、いきなり人を乱暴に抱えて廊下を走るだなんて! どういう神経してるんだ!』
「貴方が突然学校に来るからでしょ!? お願いだから、私につきまとわないで! 変な子だと思われる!」
びしっと指を突きつけて言うと、黒猫は溜息を吐きながら鈴を鳴らした。
『だから、それはできないと言っている』
ぼむっ!!
その瞬間、キラキラした星くずをまとわせて、猫は人間に姿を変えた。
「昨日から頼んでるだろ。魔法少女になって、俺の主人になってくれ」
黒髪の下で、金色の瞳が揺れる。
一瞬、私はその瞳に騙されそうになってから、なんとか思いとどまって彼から視線を逸らした。
猫のくせして、無駄にかっこいいなんて反則だ。
「だ……だからっ! 私には魔法なんて使えないって言ってるでしょ。だいたい『ユメクイ』と戦えなんて、意味がわからないし!」
「なら、もう一度説明しよう」
そう言うと、黒猫――クロードは首元の鈴を鳴らした。
すると、絵の描かれた紙の束が、空中に出現した。
クロードはそれを手に取ると、床に座って話を始めた。
「この世には、ヒナが住む人間の世界とは別に、『魔法の世界』が存在しているんだ。その世界の地面は、『星のしずく』と呼ばれるもので作られている。『星のしずく』は人間の夢や希望が叶ったときに魔法界に増えるもので、だからこの世界で人々が夢や希望を失うと、『魔法界』は存在が出来なくなり、崩壊してしまうんだ」
パステルカラーの星で作られた地面。
それがどうやら、魔法の世界の『地面』らしかった。
「最近、『魔法界』では急速な大地の『縮小化』が問題になっている。それはすべて、人間の世界に迷い込んだ『ユメクイ』が、人々の夢を食べてしまっているせいだ。こいつは元々、魔法界に住む『悪い夢を食べてくれる生き物』なんだが、人間の世界では、人間の幸せな夢や希望までも食べてしまう。こいつが人間の世界で増えすぎると、人間の世界にも魔法の世界にも、困った出来事を引き起こしてしまうんだ」
クロードは、そう言うと紙をめくった。
紙の右側はにっこりと微笑む人間と、左側には真っ黒な人間が描かれていた。
笑顔の人間は温かな赤い色をしたハートが描かれ、手には星が握られていた。
対して、黒い人間は怒りと悲しみの表情と浮かべ、その心臓には氷が描かれていた。
「ユメクイ――夢食い、夢悔い、夢杭。夢を、自分を諦めたり、今のままででいいととどまることを望んだ人間は、ユメクイに取り憑かれて心を食われてしまう。ユメクイに取り憑かれた人間は、夢を抱くことが出来なくなる」
「……ユメクイは、人の夢を食べてしまう。それを倒せるのは、貴方みたいな『使い魔』と契約した、魔法使いや魔法少女だけだって言うんでしょ?」
「ああ。そして俺、使い魔の育成学校の最終試験は、魔法使いと契約を結び、彼や彼女たちを導くことだ」
「うんうん、なるほどね~って、そんなの……」
私は、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「信じられるか〜〜ッ!!!」
もし私が漫画の世界の住人で、ちゃぶ台があったらひっくり返している。
そんな私を前に、クロードはいたって冷静だった。
「何が信じられないと言うんだ。俺がここにいるのに」
「そんな夢みたいなことあるわけ無いでしょ。魔法の世界なんてあるわけない!」
「いいや、魔法はある。そしてヒナ。ヒナなら、その力を使えるはずだ。俺と縁が結ばれたということは、そういうことだ」
クロードは一度チョーカーに触れてから、縁の紐の結ばれた私の手を取った。
キラキラした金の瞳に見つめられ、私は一瞬言葉に詰まる。
でも、すぐに私はその手を払った。
「金輪際私に関わらないで!」
私は精一杯の大声で叫ぶと、クロードに背を向けた。
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