第14話 『一蓮托生』の裏話 その2 ヤミ市の場所、戸祭家の設定

 『泥中でいちゅうはす』で登場し、『令和2年、それぞれの秋』でもかつらの仕事場として登場するヤミ市。このヤミ市の場所もうまや橋近くで設定することにした。最初はアメ横で有名な御徒町おかちまちを想定していたが、隅田すみだ川から離れてしまうので厩橋近くの駅で調べ直した。

 「隅田川」という名前が正式に定まったのは昭和40年だということも調査の過程で分かり、『一蓮托生いちれんたくしょう』では「墨田川」の表記を使うことにした。


 ネットで調べたところ、厩橋から15分ほど離れた総武そうぶ線の両国りょうごく駅前にもヤミ市があったと証言している記事が見つかった。

 この記事では国技館があり、相撲と縁が深い両国の人たちが大相撲再開に向けて苦労したことについても語られているが、『一蓮托生』では触れることが出来なかった。


和菓子司・萬祝処 庄之助|太平洋戦争ついに終結|神田

https://www.syounosuke.jp/gallery-history-iti14


 ともかく、ヤミ市の場所を両国駅前に設定し、雇い主を『泥中の蓮』で登場した戸祭とまつりのおやじさんに決めた。ただし、戸祭家の設定は全く決まっていなかったのでここで改めて設定することにした。

 ちなみに「戸祭」の姓は『泥中の蓮』作成時、横澤よこざわ家の人々の名前と同じように名付け辞典にコンパスの針を刺して設定した。この名付け辞典には家紋の紹介もあり、その家紋を使っている一族の姓も書かれていたのだ。「戸祭」は栃木県の地名がルーツだと言われているので、戸祭家はおそらく上京したのだろう。


 店の名前は名字にちなみ「まつり」にした。お祭り好きな下町の雰囲気にも合っている。『泥中の蓮』ではライスカレーの屋台をしていたが、『令和2年、それぞれの秋』で当初酒場としていた設定を『一蓮托生』では食堂に変えた。弟の康史郎こうしろうが留守番している家に、かつらを早く帰宅させたかったからだ。

 「まつり」の名物が日替わり魚料理というのは築地つきじの市場に近い立地から、戸祭が早朝の市場に買い出しに行って午前中下ごしらえをし、午後開店するという設定から思いついた。これに伴い、戸祭の職業も和食の元板前となった。


 戸祭家の家族設定もここで決まった。父親の啓輔けいすけは例によって浮かんだ名前で検索に引っかからなかったもの、息子の征一せいいちは軍国主義の世相を反映した「征」の文字を使いたかったため、祖母のマツは樹木にちなんだ女性名にしたいということから名付けた。

 康史郎の友人となる征一は、行動的でたくましい康史郎と対比させるため、名前とは裏腹に穏やかなのんびり屋という設定にした。母親を亡くしている設定もここで決まり、祖母が母親の代わりに家事をしているため、啓輔が店の手伝いとしてかつらを雇うことに説得力を持たせた。


 征一がマンガ好きというのは、私の好きなマンガ家の藤子ふじこ不二雄ふじお両氏が『まんが道』等で手塚てづか治虫おさむ等のマンガを読み合っていたエピソードをオマージュしている。ちょうど昭和22年には手塚治虫の出世作『新寶島しんたからじま』が発売されており、『一蓮托生』でも登場させた。

 最終話で征一が露店で買った『新宝島』はあえて題名を新字体にしている。これはオリジナルの貸本とは違う版ではないかという含みを持たせたかったためである。『令和4年、おじいさんの贈り物』では征一が借金返済の足しにしてほしいとこの本を預けるが、康史郎はあえて売らなかった。古書店で鑑定したらどんな結果になったのかは気になるところである。

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