前章1 連鎖する悲劇

 フェリオ連邦暦 697年


 ファーン・スタームは使徒真戦兵ゼピュロスで遂にその騎士を捕捉した。

 アストリア大公国ホーフェン騎士団臨時騎士団長。

 使徒真戦兵フェルレインに搭乗する黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダー。

 この時代はまだ無線機がなかった。

 燃えるような赤毛持つ青年騎士ファーンは搭乗口を開口して大声で怒鳴る。

「黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダーっ!貴様との一騎討ちを所望致す。我が名はフェリオ遊撃騎士団騎士長ファーン・スタームなりっ!」

 ファーンの名乗りに対してその男はやはり搭乗口を開口した。

「まだそんな名乗りなのか二代目剣皇ファーンっ!いつになったら自身を英雄アルフレッド・フェリオンの息子と認める。もうとっくにファーバ法皇から剣皇位を与えられているだろう」

 黒髪の冥王と呼ばれるだけあり、黒髪の騎士が鋭い目つきでファーンを睨んでいた。

 ヴォイドから『剣皇ファーン』と呼ばれ、ファーン・スタームは内心ドキっとしていた。

「何故それを貴様が知っているっ!答えろっ、冥王」

 動揺を隠せないファーンの疑問に対する冥王の答えは明白だった。

「此処で貴様とやり合うのはもう3度目だからだよ、二代目剣皇ファーン・フェイルズ・スターム」

 はっきりと冷笑を浮かべる黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダーにファーンはなにを言っているのだと驚愕する。

「3度目だと、何を言っている?貴様と顔を合わせるのは」

 ヴォイドは冷笑していた。

「今回は此処が初めてだと言いたいか、辺境王ファーン。いつになったら貴様は過去認知を知覚するのだ?私や《嘆きの聖女》たるエルザ・ファーレンハイトは過去認知を知覚している。まっ、我々と違いお前たちは1周期1回の出現なのだから無理もないか」

 黒髪の冥王は憐れむようにファーンを見る。

(この男、さっきから視線が私を見ていない)

 冥王は声のする方へと視線を向けているものの、目の焦点が合っていない。

「面倒だ。さっさと連発式の《風神衝》。つまりは絶技の《神風》を出して来い。どうせこの時代の私とフェルレインでは四方から迫るその技は“見えない”のだからな。ここでお前に討たれて私の生涯はまた終わるのだ。さっさと私を苦痛から解放してくれ。それと2年後に戦う禁門騎士エルザ・ファーレンハイトにも、冥王がまた戦場で会おうと言っていたと。またどうせすぐに喚ばれるだろうからな」

 ヴォイド・ハイランダーの突き放すような言葉と《嘆きの聖女》に向けたメッセージ。

 ファーンは黒髪の冥王と呼ばれる騎士が歴史上何度も現れていることは知っていた。

 この前は大戦の最中にファルツ双頭獅子騎士団のニコラオス・ペールギュントが黒髪の冥王と呼ばれていた。

 その都度名前が違うし、2年後にゼダ禁門騎士団と戦うことになるというのはファーンは全く認識していなかった。

(《神風》はリュカイン師匠と編みだしたばかりで誰にも見せたことはない筈だが、何故知っている?どういうことなのだ?)

「もたもたするな、ファーンっ!ここで私を止めないと悲願であるフェリオ解放などおぼつかぬのであろう。だったら迷わずやってしまえっ!」

 ファーン・スタームはようやく理解出来た。

 黒髪の冥王ヴォイド・ハイランダーは今この場に“死にに来て”いる。

 来れば敗れる、敗れれば死ぬ。

 具体的にどう死ぬのかも分かっている。

 それでも自身の敗死に意味があると知っている。

「腐って邪なエウロペアネームドの際限の無い無意識の欲望が何度でも私を蘇らせる。冥府に落ち着くことの出来ない私が冥王と呼ばれる皮肉。邪悪のカリスマである黒髪の冥王の伝承を信じる無垢な子供たちが、命の危機に立たされては何度でも助けてと願う。キエーフで、ファルツで、ナカリアで、メルヒンで、アストリアで、ハメルで、そしてゼダで。そうして無闇矢鱈とあちこちで酷使され続け、利用され使い捨てられ、最後は追い詰められて自決する。まだ、この場面はいいのだ、ファーン。尊敬に値する優れた騎士たるお前が私を此処でキッチリと倒してくれる。それこそ希望で誇りだよ。そうして私は自ら命を絶つことなく一時の安息を得られるのだ。フェリオ解放を成したことでフェリオには帰るに帰れなくなり、ゼダに死ぬお前などまだいい。愛する祖国など持てない私からしたら羨ましい限りだよ」

 冥王の言葉は嘆いているように聞こえる。

 吟遊詩人たちの語りの詩に黒髪の冥王の伝承は、何処でも何度でも狂ったように歌い継がれる。

 それが呪いだというのか?

 自分を真っ正面から倒す剣皇ファーンへの敗死が希望で誇りだというのか?

(なにを言ってるんだ冥王。フェリオを解放した俺がフェリオに帰れなくなる?)

 頭の中は混乱していたが、いざ戦闘が始まると油断したらヴォイドにやられるのは自分になる。

 剣皇ファーンは《神風》でヴォイドのフェルレインを倒した。

 倒してからヴォイドに先の事は任せてくれと誓い、その死を看取った。

 その場面に遭遇してからファーンは違和感に気づいた。

(どうして俺は泣いていないんだ?いや、どうして泣くと思った?それもヴォイドからあんな話を聞いたせいなのか?あるいはそうかも知れないと・・・)

 今は涙のひとかけらも出ない。

 それよりもずっと深く、勇敢にというより、その運命を受け入れるように敗死したヴォイド・ハイランダーの事が憐れに思えてならなかった。

 ファーンは酒場の片隅でギターを抱えた吟遊詩人が“アストリアのヴォイド”をファーンが討ち果たす場面を毎夜毎日、何千回何万回と歌うのを想像してみてゾっとなった。

 この戦いが人々の語り草となることはファーン自身にも止められない。

 そうして人々の心に《黒髪の冥王》の伝承が刷り込まれていく。

 いざとなったら彼が助けてくれるとも。

 そしてエウロペアが危機に瀕すると黒髪の冥王はエウロペアの何処かに現れる。

 ファーンはかつて遭遇した場面で「父アルフレッドの遺志を継ぎフェリオを解放せよ」という《紅の剣聖》レイゴールの言葉が、その場面が、何度も何度も繰り返されることを想像し、思わず吐きそうになっていた。

 祖国フェリオを救うのが嫌なのでない。

 それが何度も何度も繰り返されるのが本当に嫌だった。

 たった一度きりの事でさえ、自分には荷が重いと感じていた。

 だが、黒髪の冥王はひょっとすると本当に・・・。

 壊れたフェルレインを確認して、ファーンはヴォイドの言葉の意味を確認した。

 押し包むような《風神衝》のうち、フェルレインの目が確認出来ない死角方向からの攻撃に対応した形跡がない。

 前方向からの攻撃に対してはそれぞれ防御と回避の痕跡がはっきりと見て取れる。

 だのに、背後からの攻撃にはその痕跡がまったくない。

 “今の時代のフェルレインと私には・・・”。

(まさかヴォイドは、いや黒髪の冥王には・・・)

 その先の言葉を敢えて脳裏に消し去り、もう一つの言葉の意味を問うべきだろうとファーンは判断した。

 ホーフェン騎士団の騎士たちにヴォイドの遺体を引き渡したファーンは一つだけ告げた。

「フェルレインだけは我々で回収させて貰う。どの道、貴方方では修理して使う事も出来ないだろう?それではフェルレインが余りにも気の毒だ」

 黙って頷くホーフェン騎士たちにファーンはほっとしていた。

 フェリオ解放のためにフェリオ南部の盾である彼等と戦うのは気が進まなかったし、かわりにヴォイドがすべて引き受けてくれた。

 2ヶ月後、リュカインやレイゴールたちの別働隊がアストリア南部から龍虫を追い払ったことでファーンの「アストリア戦役」は完了し、ファーンたちフェリオ遊撃騎士団はウェルリに帰投した。

 それからしばらくしてアストリア戦役の英雄ファーンには“辺境王”の名が冠せられていた。

 ヴォイドの予言にも似た言葉が相次いで的中したことで、ファーンはどうしてもあのことをに確認する必要があると確信していた。


「フェリオ解放を果たしたお前さんがフェリオに帰るに帰れなくなる?」

 選王候筆頭ライザー・ウェルリフォート侯爵になら、あのときのヴォイドの言葉の意味を正確に理解出来るだろうと判断した。

 叔父サマル・フェリオン王には簡潔に報告だけして玉座から退去した。

 今度もまたフェリオ人同士の内戦であり、同じフェリオ人騎士を殺して戻ったことをなのだと嘯く気にもなれず、ファーンは淡々と事態を処理していた。

「その通りだろうさ。お前さんはサマル王あっての遊撃騎士長ファーン・スタームだ。つまり、現連邦王の王位を不動にした甥っ子。サマル王の後ろ盾をなくせばお前さんの周りはあっという間に敵だらけになる」

 ライザー・ウェルリフォート侯爵の指摘にファーンは戦慄した。

 ただでさえ、特選隊と十字軍の流れ汲むファーンの率いるフェリオ遊撃騎士団の“何処がフェリオ遊撃騎士団なのだ”と指摘する声も在る。

 正に各国からの傭兵部隊のように国際色豊かな騎士団をファーンが“フェリオ”遊撃騎士団だと言い張っているだけと取られかねない。

 それこそ、ファーン自身とライアックとカスパール、ディーターはフェリオンやハメル出身という生粋のフェリオ人だが、師匠のリュカイン、義妹いもうとのソシアはマルゴー騎士だし、レイゴールの祖国ファルツもフェリオ人としてはギリギリの存在だった。

「そうでしたね。俺達を良く思わない人々はいる。それにフェリオ解放が成ったいま、俺達はウェルリに居続けると危ない。用済みとして適当な罪状をでっちあげられて処分されかねません。なにしろですよ。叔父の権威をも俺が脅かしているのだと受け取られても仕方ありません」

 ライザーはパイプ煙草を吐き出してワインカップを沈痛に見つめ続けているファーンを見た。

「それでヴォイド・ハイランダーは他にはなんと?」

 ファーンはグビリとワインをあおり、更に沈痛な面持ちを浮かべた。

「2年後にゼダ禁門騎士である《嘆きの聖女》エルザ・ファーレンハイトと戦うことになるだろうと」

「なんじゃと」

 思いがけない言葉に、ライザーはパイプ煙草の煙を変なところに吸い込んでしまいしばらく噎せ返った。

 ウェルリフォート侯爵は一切酒類はやらない。

 酔っていて対処が遅れたりしたら、自身の身が危なくなるからだ。

「これもまたその通りだろうさ。お前がこのエウロペアに新たな戦場を求めるならば何処になる?」

 ファーンは脳裏にある地名を静かに告げた。

「ボルニアです。エドナの救援要請に応える。ライアックやレイゴールたちも。そして法皇猊下も剣皇としてボルニア騎士たちの救援に向かえと」

 ライザーはいっそう視線を鋭くした。

「ヴォイドは実に正確に時勢を読んでいたということだな。フェリオで用済みになったお前がボロニア救援に赴く。ボルニアのこととオラトリエス成立が成れば、大戦、十字軍と続いた一時代は完全に終わる。だが、ボルニアでゼダ禁門騎士団との対決は避けられないぞ。必然的に《嘆きの聖女》がダーイン・アルセイス(正確にはアルシェイウス。異国フェリオでは詳細まで判明していない)で出てくる。ヴォイドは其処まで事態を読んでいたのか?死なせるには実に惜しい男だったな」

 ゼダとフェリオの二大国が旧係争地の諸群を裂いて旧マルゴー王室ルジェンテ一族に安住の地を与える。

 それが、「オラトリエス誕生計画」であり、選王候家たちを主導するライザーの描いた青写真だった。

 ファーンはヴォイドから鹵獲したフェルレインもオラトリエスに引き渡すべきだとも考えていた。

 使徒真戦兵をフェリオ連邦内に置いておくとまた面倒の種になる。

 今はハノバーのリンツ工房に修理を依頼して預けているが、修理が済み次第ルジェンテ王室に献上するのが良いだろう。

「それより気になるのはヴォイドがあたかも自分の死後の歴史にまで精通しているかのようだった事でした。俺を剣皇ファーン・フェイルズ・スタームと呼び、英雄アルフレッド・フェリオンの息子と呼び、まだ自身の運命を受け入れていないのかと迫りました」

 驚くべき話だったがライザー・ウェルリフォートは今度は取り乱すことなく受け止めた。

「まさか・・・。いや、黒髪の冥王ならあるいは。名に呪われた彼になら真理の知覚が起きていても不思議はない」

 ライザー・ウェルリフォートもまた誰にも話したことはないが、名に呪われていると感じていた。

 《砦の男》。

 既にライザーは齡70歳近いがまだ若い頃、ファーンの父アルフレッドに自身の姓を委ねた使徒真戦兵である《フォートレス》を託していた。

 龍虫大戦の裏で蠢いていた者たちにも精通している。

 だから、酒を断っていた。

 彼等の側に《砦の男》への大恩があり、だから手を出さないだけの話だった。

「酷く疲れた様子で、自死するよりお前に討たれて死んだ方が光栄だと言っていました。この場面はまだマシだと。無垢な子供たちの心に植え付けられた本当に困ったら誰の名を呼べばいいか。吟遊詩人たちの語りが彼等の心の奥底に刻みつけている。言われてみたら俺も子供の頃は確かにそうだった。《黒髪の冥王》と《嘆きの聖女》の伝説は伝説伝承のお伽噺として聞くから淡い憧れもあった。ですが、実際に黒髪の冥王ヴォイドを倒したことで、俺の名もまた伝承の一部として後世に受け継がれ、何度となく語られていく。そう考えるとなんだか俺は怖くなりましたよ」

「・・・・・・」

 ライザー・ウェルリフォートは確信していた。

 もうそろそろ、《黒髪の冥王》は名の呪いから解放してやらねばならない。

 あるいは《嘆きの聖女》も。

 聖であれ邪であれ、彼等はエウロペアネームドのカリスマであり、その名を知らない者はいない。

 そして、何処にも逃げ場はない。

 疲れ果てた彼等がネームレスの側に落ちたら・・・それすら許されてなどいない。

 そうなれば単に黒髪の冥王の魂は引き裂かれるだけだ。

 元々が影の存在なのだ。

 影が影を産み無数に増える。

 そして、もともとエウロペア最大の怨霊なのだ。

 だが、真理を悟り解脱することも黒髪の冥王には出来ない。

 それは救い求める誰かの声に耳を塞ぐことになる。

 《砦の男》はまだいい。

 その都度、鮮やかな手段と斬新なアイデアで危機的事態を乗り越えさえすれば良く、むしろ騎士能力などあったら邪魔なだけだ。

 だが、冥王には運命から解脱した「盤外の人」になることが許されない。

 冥王に求められているのは常に騎士能力に裏打ちされた圧倒的な武力なのだ。

 そして《冥王》の本当の意味について。

 それは圧倒的な力を持ち、セカイを救う、セカイの自己犠牲者たれという意味なのだ。

 冥王が冥府に留まることの許されない酷使され続ける憐れな魂だということに、フェリオの英雄騎士ファーン・スタームまで気づき始めていた。

(《嘆きの聖女》にも確かめてみるとするか)

 ライザー・ウェルリフォートにはこの時代におけるフェリオでの役割はオラトリエスを興すことの他になくなっていた。

 寿命も近付いている。

 選王侯爵位を娘婿のハイムザットに譲り、最後の奉公としてゼダに赴き女皇サーシャに説く。

 女皇サーシャも地獄のようだった大戦と十字軍の顛末に想う処が大きく、同じ時代を生きたライザー・ウェルリフォートに対しても想う処は大きかろう。

 そのついでとして《嘆きの聖女》の真意を確かめてみるかと。


 フェリオ連邦暦698年

 ゼダ女皇国皇都ハルファ


 「アストリア戦役」を終えたファーン・スタームは法皇の要請を容れて剣皇となり、自身のフェリオ遊撃騎士団を《剣皇騎士団》と改めてボルニアに去った。

 “自身の”というのはフェリオ遊撃騎士団の全部ではなく、直轄部隊に限定したからだ。

 アルフレッド、ファーン親子の率いたフェリオ遊撃騎士団は名称も存在もそのまま祖国フェリオに連邦王直轄騎士団として残ることになる。

 ウェルリ退去にあたり、使徒真戦兵の《ゼピュロス》は自分の騎士引退後にも祖国に返還し、帰国を望んだ部下たちもフェリオに還すと叔父サマルに約束した。

 その後、この数十年労苦を共にしてきたサマルとファーンは抱き合って今生の別れを惜しんだ。

 もはやファーンにはフェリオ連邦内の何処にも居場所がないことはサマル王とて十分承知していた。

 連邦王国安定のため、サマルの次の連邦王はロマリア候家から選出されると内定もしていた。

 「辺境王」ファーンが居ると意見が割れる。

 フェリオの民衆は武名名高きファーン連邦王を望んでいたが、それこそファーンの方で願い下げだ。

 所詮は騎士に過ぎず、統治能力に自信などない。

 筆頭騎士剣皇とて自分には過ぎた名だ。

 ファーンはハメル家宰ブラマス・スタームの孫に過ぎず、騎士としては現時点で《嘆きの聖女》やエドナ・ラルシュと並ぶに過ぎない。

 そのエドナ・ラルシュをボルニアで後援する。

 サマルの退位で財政的にも破綻寸前のハメル、フェリオンの両侯爵家から肩の荷もおりる。

 荒れ果てたウェルリやハメルの再建という課題もあるのだ。

 そしてファーンは恩師で《風の剣聖》リュカイン・アラバスタにはかねてからの話を持ち込み、ルジェンテ王室に側室として入って欲しいと伝えた。

 まだ30半ばのリュカインになら子も産める。

 マルゴー再興に賭けるリュカインの想いも、剣聖の血筋を求めるルジェンテ王室の望みもそれでかなう。

「もう、私がいなくても大丈夫なのね」とリュカインは言いファーンは小さく頷いた。

 こうして父アルフレッドの愛した女性であり、終生の師ともファーンは別れた。

 ファーンの20代はそうして終わりを迎えようとしていた。

 リヤドの都には小さいながらも王宮が建てられているというし、南回り航路で旧マルゴー船籍の船団も北海側のリヤド、ノルドに拠点を遷していた。

 カスパールに関してはすぐにフェリオに戻る予定はない。

 ライザーが中心となってハノーバー選王侯爵シュマイザー家に働きかけ、ラファール家と並び、エルレイン家を新たに興した。

 ラファールはライアックが継ぎ、新興のエルレイン家を弟のカスパールが継承していく。

 もし、カスパール・エルレインが祖国フェリオの土を再び踏むことになるとしたらフェリオ連邦構成国のファーバ枢機卿としてだった。

 要するにエルレイン家はファーバ法皇の司祭騎士家だとフェリオ選王候家が認めたのだ。

 そうした存在でも置かなければこの先やってられないという結論だ。

 兄のライアックと共に《双剣聖》と呼ばれていたカスパールを《墨染めの剣聖》とライザーが認めた。

 ライアックには剣聖名として《青狼》がある。

 カスパールの《白鹿》と対成す名だ。

 次の戦いを意識した一連の措置はそうして定められ、剣皇ファーンはレイゴールらを率いてボルニアに入った。

 《大戦》を戦ったメイヨール公王ラムザールや、レイス・レオハート・ヴェローム公王も剣皇ファーンのボルニア入りを歓迎してくれていた。

 ボルニアの独立自治権を大国ゼダ女皇国に認めさせる戦いがこれから始まる。

 ファーン・スタームによる「アストリア戦役」の報告から丁度丸1年を経て、ライザー・ウェルリフォート元選王侯爵は女皇国皇都ハルファに入った。

 同地に骨を埋めるつもりでライザーはハルファに小さな終の住処を構え、ゼダとフェリオの外交的安定を最後の仕事にしようとしていた。

 年老いた女皇サーシャ・メイダスとライザーは謁見の間で邂逅した後、別室で話し込んでいた。

 サーシャの真意ははっきりしている。

 オラトリエス勃興は認める。

 はっきり指摘してしまえば、北海沿岸の旧領にまでゼダが割くだけの余力がない。

 それこそ、海洋王国だったマルゴーが南から北に拠点を遷し、オラトリエスとしてゼダと交易再開してくれた方がゼダとしても税収的にありがたい話となる。

 サーシャの宮廷筋でもこれは歓迎していいと判断し、事実上静観している。

 その件はそれで済んだかとライザーは内心ほっとしていた。

 問題はボルニアに関してだ。

 剣聖エリンの《特選隊》で唯一人帰国したレイスのヴェローム公領は位置を変え、公都をベルヌとして再建中だ。

 王都トリスタを都としたボルニア王国と共にヴェローム公都シェスタは壊滅し、其処にエドナ・ラルシュたちが居座っていた。

 更には剣皇ファーンまでボルニア領内に遷ってきた。

 ボルニアのゼダ再編案に関しては容易に譲ることは出来ない。

 パルム平野の喪失といい、ゼダ女皇国とて弱体化している。

 「ハルファの戦い」から15年を経てもゼダ女皇国はパルム講和会議の破綻から立ち直れずにいる。

 肥沃な平野部が荒廃地化し、諸侯たちもかわりに得られるボルニア領で再び栄光を取り戻したいと考えていた。

 なにもせずにボルニアがエドナとファーンに占拠される事態は避けたいと禁門騎士団首脳部もサーシャに上梓していた。

 そうした難局なればこそ、老いたサーシャも子に皇位継承出来なかった。

「つまり、失うなら失うで誰もがはっきり認識する事態を経てとなり、禁門騎士団を剣皇騎士団にぶつけると」

 既にフェリオ連邦ウェルリフォート選王侯爵でなくなったライザーははっきり指摘した。

 祖国フェリオのためでなく、エウロペアの今後としてボルニアの帰趨ははっきりさせないといけない。

 仮にボルニアが得られなくともゼダ連邦女皇国にはメイヨールとヴェロームがある。

 そして、領有権を巡り戦って負けたなら仕方ないと皆が納得する。

 だが、なによりボルニアとハルファは近すぎた。

「まぁ、はっきり申し上げるとボルニア戦役で禁門騎士団が勝とうが、剣皇騎士団が勝とうが構わないのです。要するにどちらに転んでもゼダ女皇国が健全化されればいい」

 ライザーの含みを持った言葉にまだなにか策があると女皇サーシャは視線を鋭くした。

「剣皇騎士団が勝った場合はボルニアやヴェローム旧領を“ミロア法皇国”として独立させる。禁門騎士団が勝った場合はゼダ女皇国領として再建する」

 ミロア法皇国というライザーの秘策にサーシャの目は輝いた。

「つまりは法皇領として独立国化し、ファーンの剣皇騎士団とエドナのボルニア騎士団は常駐戦力としてゼダ南部の守りであり、法皇国は流民たちの受け皿となる?」

 ライザーは黙って頷いた。

「そういう形になれば隣国としてゼダは敵対する必要性もなくなるし、法皇も定住地があれば流浪の憂き目も見なくなる。ファーバ教徒たちも巡礼地として入り、金を落として栄えるでしょう。なにより食糧生産に関しては平野部持つゼダが頼みであり、ミロアは山岳部ならではの鉱物資源と交換にそれを得ることになる」

 サーシャはなるほどと納得した。

 それなら仮に戦いに負けたとしてもゼダは殆ど何も喪わない。

 むしろ、流民達に定住されて治安や生産活動が乱れ続ける方が長期的な国家戦略として厄介だった。

 だが、彼等は法皇が国を得れば勝手に出て行く。

 ハルファにしたところでシェスタの途上に位置し、東国からの巡礼者たちはハルファに立ち寄り金を落とす。

 逆にエドナやファーンらを禁門騎士団が殲滅させられればゼダの汚名は濯がれる。

 龍虫大戦、十字軍において大きく遅れを取り、ラムザールやレイスの活躍に救われてきた大国ゼダの威信も取り戻せる。

「ライザー殿、その晩年を我々ゼダに捧げてくれませぬか?」

 女皇サーシャの思いがけない申し出にライザーの解答はシンプルだった。

「そのつもりで老体に鞭打ち、ハルファに来たのです。高地ならではの澄んだ空気が私の寿命を延ばしたとて、家族たち誰の迷惑にもなりませぬ。終の住処をここと決めて赴いたのは、それで私たちの辛く長かった龍虫戦争にも事態収束の目処が立つ。そうして私たちとて杞憂を晴らして世を去れる」

 サーシャは涙ぐんでいた。

 女皇サーシャはアルフレッドの母であり、ファーンの祖母だ。

 元より自分の即位がないと留学生としてハルファに来ていたベルデュオと恋をし、そうしてアルフレッドを得た。

 しかし、残酷な運命がサーシャから姉たちを奪い、身の丈に合わないゼダ女皇として即位君臨せざるを得なかった。

 我が子アルフレッドが英雄として非業の運命を遂げ、フェリオの連邦王として苦心惨憺したベルデュオは先に逝った。

 アルフレッドの異母弟サマルは更に過酷で、野心ではなく父から受け継いだ愛する祖国再興のために苦心し、ブラマスやファーンを頼ってフェリオ内戦に勝利した。

 このエウロペアをどうにか存続させなければという想い同じくして駆け抜けてきたライザーが、老境のサーシャの知恵袋としてその命果てるまで付き合ってくれるという。

「以後、陛下とお呼びすることをお許しください。既にサマル王にも暇乞いをしてきました。あの方とて連邦王としての引き際を慎重に推し量っておられるのです。最後の杞憂が甥御ファーンの命運だった。その半生を捧げた祖国フェリオで暗殺者の手に掛かるくらいならボルニアの露と消えた方がマシだとファーンも理解しています。そして剣皇として法皇猊下の騎士としてファーンも死ぬ覚悟でおります」

 ライザーはヴォイド・ハイランダーの指摘していたことが正にその通りだと感じ、ヴォイドは自分一人がファーンに敗死することで、「アストリア戦役」を終わらせた。

 剣皇ファーンは正に「辺境王」だ。

 アストリアを解放し、ボルニアに法皇を据え、剣聖たちをボルニアの未来に捧げ、目処を立てた後は自分も表舞台を去るつもりだ。

 自身や異母妹のソシアも含め、剣聖騎士たちが後世に血を遺してから逝くのだ。

 ファーンの目論見がすべて上手く行く頃にはサーシャもライザーも既にない。

「陛下にお願いがございます。禁門騎士エルザ・ファーレンハイト卿と個人的に話す機会をくださいませんか?」

 ライザーの申し出にサーシャは再び泣き崩れた。

「私たちが《嘆きの聖女》を本当に嘆かせてしまいました。あの娘は私たちによく尽くしてくれました。ですが、一番残酷なことをしてしまったかも知れない。あの娘は完全に壊れる寸前です」

 ライザーは皺深い顔に狼狽を貼り付けてしばらく黙り込んでしまった。

 《黒髪の冥王》ヴォイド・ハイランダーも壊れかけていたのかも知れない。

 誰にも理解されない孤独で過酷な運命の摂理を剣皇ファーンに説いたのは、ファーン・スタームも何一つままならない宿命を生きていたからだったかも知れない。

 だが、もっと残酷なのは《嘆きの聖女》の方だった。

 ゼダに喚ばれ禁門騎士だったエルザ・ファーレンハイトが許されなかったこと。

 それは自身の血を遺すなという残酷な措置だ。

 既に40を過ぎた彼女はまだ乙女だ。

 《嘆きの聖女》は終生処女でなければならない。

 聖女というのはそうした残酷な意味だった。

 つまり、《嘆きの聖女》に連なる子供たちが残るのは不都合だというエウロペアネームドの身勝手だ。

 《黒髪の冥王》とて子孫を残してはならない。

 残したとして密かに始末されるのがオチだ。

 ただし、自身の系譜に連なる騎士家は尊重される。

 つまりヴォイドのハイランダー家はそれを真名とし、ハイラル家として隆盛する。

 ヴォイドの兄弟たちはハイラル家に連なる者たちということで名門騎士家とされることになる。

 それに関してはエルザのファーレンハイト家とて同じだ。

 《黒髪の冥王》も《嘆きの聖女》も突然変異的に何処からか出てくるわけでなく、血統的な下地がある中でその能力と名をもって産まれ、やはりその駆使する技と容姿などから《黒髪の冥王》や《嘆きの聖女》と呼ばれることになる。

 ライザーはエルザ・ファーレンハイトと実際に会ってみて女皇サーシャの言葉の意味を思い知った。

 エルザの心は壊れかけていた。

 歴代の《嘆きの聖女》たちは若くして逝く。

 そもそも危機的事態があるから喚ばれたのであり、危機的事態に対処した後は、《嘆きの聖女》の場合は“魔女”として火計に処される。

 さもなくば戦いに死ぬかのいずれかだ。

 禁門騎士エルザ・ファーレンハイトの場合は、不幸にして龍虫大戦と十字軍の戦いの中でも死ぬ機会が与えられなかった。

 ゼダ皇国本国守護というオーダーにより、彼女はそもそも戦う機会を得られなかった。

 レイゴールやリュカインのように戦う機会があったなら、それこそエリンの特選隊騎士として華々しく活躍して散っていたかも知れない。

 しかし、飼い殺されたエルザは今尚飼い殺されている。

 剣皇ファーンと戦うためにエルザはその精神に変調を来していても、まだオーダーが残っているという意味で放置されていた。

 エルザは汚れきった部屋の中で下着姿のまま酒浸りになっていた。

「あらっ、どなたかしら?」

 エルザの正気を喪ったその目を見てライザーは思わず顔をしかめた。

 まるで座敷牢のような部屋でボトルに直接口をつけて呑んでいる。

「元フェリオ選王侯爵ライザー・ウェルリフォートだ。今は既に家督を譲り、ただのライザーとしてサーシャ陛下の相談役としてお仕えする身だ」

「そうなの、《砦の男》。貴方も私を笑いにきたの?」

 本当に正気を喪っているわけではない。

 自身の運命の滑稽さを嗤っているのだ。

「剣皇ファーンから頼まれて様子を見に来たのだ。ファーンが《黒髪の冥王》ヴォイド・ハイランダーを討ったことは知っているだろう?」

 《黒髪の冥王》と聞いたエルザは哄笑していた。

「あの人は龍虫大戦と十字軍で二回死ねた。ニコラオス・ペールギュントとしてファルツの為に戦い、アストリアのヴォイド・ハイランダーとしてファーンに討たれた。それがどんなに幸せなことか貴方にわかる?」

 ライザーは顔をしかめた。

 二度別の場所に喚ばれ、その役割を果たした後は戦死する。

「幸せである筈などない。単にエルザ。お前の置かれた境遇の方が不幸だというだけだ。ヴォイドはお前にまた戦場で会おうとファーンに言伝てた。そして1年後にはお前もファーンと戦うのだ」

 ライザーの言葉にエルザは瞳を輝かせた。

「そうなの。アタシにもやっと英雄に討たれる機会が訪れるのね。それに冥王の言葉。とてもあの人らしいわ。私たちは戦場でしか会うことが許されない。名乗りをあげて戦う前の一時だけ、私とあの人の間に絆が結ばれるのよ」

 まるで愛しい恋人を語るかのようなエルザ・ファーレンハイトの言い様にライザーは確信した。

 《黒髪の冥王》と《嘆きの聖女》は互いに鏡合わせのようだと気づいていて、互いにかけがえのない相手だと認め合っている。

 続いてエルザの口から出た言葉にライザーは二人に対する仕打ちがどんなに残酷だったかを思い知った。

「もしも許されることならば、アタシは《冥王》の子を産みたい。同い年の女性騎士たちが次々と母親になっていくことに、アタシは身も心もボロボロになった。どうしてアタシだけがと思い続けてきたし、トゥルーパーや龍虫たちの声が聞こえるからアタシは頭のオカしい女だと火あぶりにされてきた。逆に聞きたいわ。何故、あの子たちの嘆きが聞こえないの?共に戦う騎士たちに向けられる愛情と信頼の言葉が聞こえないことの方がアタシにはおかしいとしか思えない。けれど、きっと《冥王》だけはわかってくれるわ」

 ライザーはエルザの孤独がどれだけ彼女を蝕んできたかをそれで思い知った。

 彼女はきっと正しい。

 あるいはファーン・スタームとて愛機ゼピュロスの声を聞き、共に戦い続けてきた。

「ねぇ知ってる?ファーンがこの世で一番誰を愛しているか」

「なんのことだ、エルザ」

「ファーンの想い人はね。ずっと前から《霧の剣聖》なのよ。その皮肉とファーンの苦悩が貴方にわかる?」

 《霧の剣聖》とはソシア・アラバスタ。

 今もファーンの麾下にいるリュカインの子でファーンの異母妹だ。

 同じアルフレッドを父に持つ実の兄妹。

「私とファーンの付き合いは長い。だが、一度も聞いたことは」

 エルザは再び正気を喪った瞳で嗤うように語った。

「あるわけないわよね。真面目で誠実なフェリオ騎士の鑑である辺境王ファーンが妹に懸想するだなんて、絶対に誰にも知られてはいけないことだもの。だけどソシアも狂おしい程に兄のファーンを愛している。絶対的なタブー。アタシ達が仇敵としてお互いを愛しているようにファーンとソシアも。それでもファーンとソシアは別々に子を遺さないといけない。アタシとは真逆ね。とても可哀想な二人。本当に愛している人の子だけは遺せない」

 ライザーはしばらく押し黙っていた。

 自分も相当だが、冥王と聖女の地獄に比べたらまだ可愛いものだった。

「俺がなんとかしよう」

 ライザーの言葉にエルザは耳を疑い確認した。

「俺がなんとかしようって言ったの?アタシが酔っ払って聞き間違えたのでなく?」

 ライザーは生涯過去周期認知の話や未来の話は一切しないつもりだった。

 しかし、嘆きの聖女が壊れてしまわないためにそう語るべきだと考えたのだ。

 きっとというより、半ば確信した。

 エルザ・ファーレンハイトは剣皇ファーンをに先に霧のソシアを狙って追い込む。

 そしてファーンは迷うはずだ。

 自分のものにならない最愛の妹は嘆きの聖女の嘆きに飲まれてしまえばいい。

 そうなれば、ファーンは誰かにソシアを渡さないで済む。

 ただし、ソシアの血統が途切れることは未来の騎士たちが困る事態になる。

 そして、ファーンはエルザを間違いなく討ち取る。

 使徒真戦兵である《雷帝のバアル》で戦いに臨むエルザは其処まで計算尽くで二人の愛を力づくで試す。

 なにが聖女だ。

 とっくに正邪が逆転している。

 《嘆きの聖女》とはもともとそういう意味ではない。

 だのに名の呪いが聖女を嘆きの怪物バンシーに変えてしまった。

「ああそうだ。俺の次なる戦いは荒廃地パルムを巡る戦いになる。どっかの馬鹿野郎がアリアドネをマルガから引き摺り出してオリンピアの罠にかけてしまう。せめてこの命続く間だけでもそれだけは釘を刺しておきたいとわざわざゼダに来たんだ」

 ライザーの未来知覚にエルザは再び正気に戻る。

「その戦いは知ってるわ。多分、最も過酷な戦い。冥王とアタシだけじゃなく、ボナパルトとハンニバルまで喚ばれて覇王エスタークと戦うことになる。オリンピアに狂わされたら私たちだって危ないわ。実際に、アタシはその必要のない場面で《黒髪の冥王》ダミアン・グレイヒルを刺して殺してしまった。オリンピアに秘めた想いを見透かされたアタシの罪。もう一人のファーレンハイトの騎士ミネルバとしてダミアンを刺した感触がファング・ダーインを通じて今でもこの手の中に残っている」

 エルザはそう言って自分の手の平を見つめて静かに涙している。

 ファング・ダーインは200年後のゼダ量産機であり、今はまだ存在すらしない。

(完全に未来を認知していやがる。これで真史知らないことの方が余程の皮肉だ)

 ライザーは決意を秘めた眼差しでエルザを見た。

「正直、迷っていたんだ。だが、決定的にお前たちが俺の背中を押した。俺が迷っていたら、次かその次かでお前達が完全に壊れてしまう」

 ライザー・ウェルリフォートはその時々の役割に殉じようとして、敢えて過去や未来の知覚があってもそれをなるべく意識しないできた。

 だが、《黒髪の冥王》と《嘆きの聖女》は壊れかけている。

 《剣皇》と《紋章騎士》・・・。

 冥王を剣皇に、聖女を紋章騎士に書き換える。

 サーシャの後悔の言葉を聞いたとき、ゼダと嘆きの聖女の縁を感じた。

 紋章騎士とは女皇の全権代理人。

 しかし、次の戦いにゼダ女皇はいなくなる。

 それこそ二代女皇アリアドネだけが女皇として暴走し、覇王エスタークを作り出し、《白痴の悪魔》をマルガに誘導してしまう。

 だったら、話は簡単だ。

 其処に居ない女皇の御心を顕す役を聖女にやらせる。

 もともと聖女とは“オルレアンの乙女”だ。

 《命名権者》たる自分になら二人の宿命を上書き出来る。

 それでも二人とも不幸な因果律からは逃れられず、天寿をまっとう出来ない生き方が続くかも知れない。

 それでも自分たちの気持ちには正直に生きることが出来るのなら、もうそれ以上苦しまずに済む。

 しかし、ライザー・ウェルリフォートには一つだけ分かっていなかったことがあった。

 いずれ、自身が冥王の父親に、聖女が息子の妻・・・可愛い嫁になるという運命だ。

 そんなことが苦笑で済ませられることに過ぎず、自分の妻が誰になってしまうかだ。

 ライザーとエルザの邂逅から一年後の「シェスタの戦い」で禁門騎士エルザ・ファーレンハイトは剣皇ファーン・フェイルズ・スタームに討たれた。

 エルザはやはりソシアを先に追い詰め、苦悩したファーンは苦悩の果てにエルザを《神風》で倒した。

 それがまた別の悲劇に繋がる。

 だが、希望の物語の重要なる伏線となるのだった。

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