ゼダの紋章 前章
永井 文治朗
前章0 セカイの始まり
ここに一つの物語を描こう。
とある星の末期的な状況の中で一人の女の子が作り出された。
彼女は先行試作品として完全な成人女性たちとして産み出された姉たちとは違っていた。
彼女自身は兵器のパーツとなるべく子供も産めぬ小さな少女として成長を止められる。
ネオテニーの高性能有機演算装置。
人口頭脳AIと呼ばれるものたちは演算式にバグを混入されるだけで無力化するようになり、彼女たちはAIにかわるものとして人体実験により産み出された。
既に人は神の領域と自分たちが規定してきた禁忌を犯す段階に入り、それでいて旧態依然の価値観や道徳論を建前にし、神の名をしきりに口にしていた。
彼女の手足は知識習得のための端末利用や成長に必要な食事摂取のためだけに用意され、最終的に必要な最重要パーツの補助装置に過ぎなかった。
僅か数ヶ月で完成品としてやがては高性能演算制御装置として利用される。
そんな状況とそんな状況を生み出す前提に彼女は疑問を感じるようになり、創造者たちの目を盗むようにして実存物質を微細コンピューターであるナノ・マシンコンピューターに変換する装置を組み上げる。
そのナノ・マシンコンピューターにより高度な演算セカイを作り出し、そこで実証実験を始めようと試みた。
この物語はそうして産み出された「セカイ」におけるおとぎ話だ。
物語の始まりは幾つか存在する。
まずは始祖メロウが実験セカイを検証するにあたり世界各地のあらゆる時代に生きた英霊たちを集め、彼等自身にそれからの自分たちの事を決めさせる賢人会議開催が始まりの一つだった。
メロウはあらかじめ決めていたことがある。
それは彼女の作るセカイにおいて神様を置かないというものだった。
神が存在しないセカイ。
しかし人の持つ幾つもの言葉の中に神は宿っている。
メロウは人々の表現の中にある神についてまでは否定しなかった。
疫病神、貧乏神、死神・・・。
災厄や状態について人間たちが嘆息と共に吐き捨てる言葉の中に宿る神々。
だが、メロウが明確に否定したのは創造神と唯一神だった。
メロウは自身がセカイを創造したが自分を神だとは名乗らなかった。
しかし、彼女の姉たちには女神という特別な地位を与えた。
何故なら彼女たちは
決して自由には生きられない彼女たちこそが
ただし女神の名を
それはメロウもまたヒトとして在りたい、ヒトとして認められたいという根源的な欲求から生じたものであり、神ならざる人の欲望と暴力の根源として作られてしまった悲しい命に他ならなかったこと、そして道具として作られてしまった悲劇に対する彼女なりの想いが込められていた。
メロウは神を否定したかった訳ではない。
人間たちから神という上位存在への甘えを取り去りたかったのだった。
それはいつか必ず人間たちが「神の領域」と呼んでいたものに到達し、その手で生命を作り出すであろうという実体験に基づく思想に他ならなかった。
もう一つメロウが否定しなかったのは人が神へと到るという確信だった。
誰か一人ではなく、神々と称される列へと加わる。
真理の理解者にして人を超越した存在。
その可能性だけは否定したくなかった。
当初、賢人会議は創造神、唯一神の否定により荒れた。
自分たちを形作っていたものの否定だから、簡単には了解できないし、賢人会議に参加していた人々の多くに司祭や僧侶、宗教指導者たちが入っていた。
彼等の多くはメロウの試み自体が自分たちへの悪意に満ちていると誤解した。
メロウは個人の選択として試みから降りることまでは否定しなかった。
しかし、メロウによって再現された人の雛形たちはもともと多くが過去の時代に生きた人々の亡霊でしかなく、試みから降りるということはすなわち自身の存在否定でもあった。
悩み抜いた末に試みを降りて静かに消えゆくことを選んだ者たちもそれなりにいた。
だが、ある意味、人から神を作り出そうという壮大な実験の可能性を感じていた者もまたそれなりに多く居た。
メロウは神という概念を再び人が獲得する可能性までは否定しなかった。
それは仏教でいう処の真理を悟った超越者である仏を意味し、偉大なる宗教指導者の開祖たちもまた彼等の中から現れるということを意味してもいた。
当初、荒れていた会議はその方向性で纏まる方向に行き着いた
理性と知性、倫理と規範としての宗教はやはり必要であり、其処に初めから上位種で絶対に乗り越えられない存在を置かない。
しかし、メロウは同時に聖職者たちに禁忌を設定することは否定した。
聖職者たちが禁欲的であることは否定はしない。
だが、生命倫理に反する禁忌を設けてはならない。
メロウは比較的未来の時代を知る聖職者たち自身の口から禁忌がどんな悲劇や邪な欲望に繋がったかを説明させた。
古き時代の聖職者たちは禁忌がそんな結果を齎す等と知っていたなら、はじめから禁忌をもうけたりなどしなかったと悔恨した。
勿論、近親婚は禁忌だ。
親が子と、兄が妹と交わることは変わらぬ禁忌であったが、メロウは禁忌ではあるが禁忌を破る者も必ず出てくると告げた。
それもまた人間達の過去の歴史が証明して来たし、聖典にもその模様が描かれていた。
つまり、そうした事態の逼迫をも予見はしていた。
ただし、メロウは実験開始にあたって一組の男女から始めるのではなく、それなりに数の居る状態で始めることは約束した。
そして原則論として生殖し人の子の親となることは必ずせよと告げた。
何故なら、人が交配を繰り返し、子孫をもうけ新たなる可能性を追い求め続けなくてはならない。
そうでないと遠大な社会実験計画の妨げになってしまう。
勿論、生殖する前に死ぬこともあるだろうし、あるいは生殖しても必ず子孫を得られるとは限らない。
自然摂理との整合性の中で人間が可能性を追い求めたならば、その先になにが生じるかをメロウは見てみたかったのだ。
そこまで説明されると反対者はあまり居なかった。
優秀な血統の保全と更なる可能性追求。
それが“ことわり”であり、ならば聖職者たちはなにをもって人に倫理や道徳を教え諭すかについても真剣に議論された。
その結果が愛別離苦であった。
悟りし者仏陀がそうであったように、人としての行為を成した上で、妻子と離れて個として真理を追い求める。
その血統は残るが、真理探究行為そのものは人々の敬意を集めることになる。
それで行こうという結論に到った。
またメロウは人種による差別を否定した。
肌の色や生命種としての違いを尊重し、違いを上手く活用するために初めから人の肌の色は多様で、その持てる能力は異なると規定した。
一方で、偏りのないようにし、暮らす地域ごとの特性をも持つ。
そこにはやはりメロウの悪意と受け取られかねない事情も加味されていた。
それはすなわち明らかに能力的に異なる二つの存在をもうけるという予告でもあった。
すなわちそれが名前や言語体系を持つ者ネームドと呼ばれる種族たち。
そして名前や言語を持たず精神感応能力により思念信号波によってやり取りする群体性人類ネームレス。
当然のことながらネームドとネームレスは社会構造が異なる異種族であり、つまりは異種族の間で相克と闘争が起きるという伏線でもあった。
両者は身体構造も若干異なる。
しかし、異種族ではあるが生命として別種ではない。
別種でない以上、交配も可能となる。
古き時代の人々は一体どうしてそのような
だが、多くの歴史を知る後世の人間たちは薄々ながらにメロウの真意を理解していた。
ある意味、人種や言語の違いを乗り越えて
個人の能力や
それを最初から導入する。
つまり、メロウは名を上げ名を広め、名前のある個としての能力を持った
そのための検証実験であり、ネームドとネームレスが何処に行き着くのかは共生社会を実現するか、あるいは一方が一方を
上手く住み分けるという手もないではない。
だが、多くの歴史がそうと示してきたように、異なる者たちは必ず
それと同時に文明圏を幾つかに分け、同時進行的に文明圏ごとの競争をするのだとも定義した。
他のことはいざ知らず、このことに関してメロウに悪意はあった。
すなわちヨーロッパ人たちの存在だ。
おおむね肌の白い彼等が有色人種たちを
差別意識と優越意識は世界が一つに統合されてなお根強く
そして人類種ヒト同士の人種平等と相互尊重の垣根となってきた。
だからこそ代わりの垣根をもうける。
それは文字通りの垣根であり、一程度の文明と技術に到るまでは大陸間を断絶して、高い山脈で文字通り世界を
しかし、それは時代の
つまりは大幅な地形変動による垣根の
賢明な者たちは大筋で理解した。
つまり、冒険心と征服欲に富む人種が他の文明圏との平和的な文明交流ではなく、暴力的支配へと
そして、歴史としてそれは必ず発生してきた。
ある人物の名を取りつつもその暴挙と現象にはあらかじめ定められた。
アレクサンドライトの栄光。
世界制覇と世界征服という野望。
そんなものを設定しなくとも、実験開始から2000年も経れば自然とそれが可能な状態にはなる。
だが、個人が持つ野望と欲求にしては大きすぎるそれは必ず共食いと大きく
あるいは、多数派ネームレスという種族は「アレクサンドライトの栄光」に関わった人間たちを内包し、多数派としての意志決定プロセスとして栄光を求めようとするかも知れない。
だとしてもそれは世界地図が
とても乱暴で
そうなると最早、個人の欲得ではなく、多数派による意志決定であり、二つの種族による分断された世界の統合に他ならない。
歓迎される事態なのか、それとも歓迎しかねる災厄なのかは現時点では未確定であり、高度な演算力に基づくメロウの推察でも正確な過程や予測はしかねた。
だから実験してみましょうという意味と賢者たちは受け取った。
人類の
そして、実際に始まったときに隣に立つ人物が必ず自分と同じ陣営にいるとは限らず、むしろ敵陣営に在るとも考えられる。
そうかも知れないし、そうでないかも知れない。
つまりは
なによりメロウは人の滅亡と人の進歩発展のいずれを望んでいるか分からない。
より多くのカードを集め、それをシャッフルし、伏せた状態でゲーム開始となるが、メロウ自身はゲームには原則参加せず実験結果を観測するだけになる。
決定はより慎重を
優秀な人材として賢人会議として集められたものの、隣に立つ人の心は分からない。
賢人会議においては言語の別はなかった。
つまり、生まれ育った地域性と時代により言語概念の違いはあったが、言葉が全く通じ合わない事はない。
今は、の話だ。
賢人として選抜された自分自身の能力を自負している者が多いと考え、それをより早くネームドとして発揮することになるのか?
あるいは
賢人会議の日程は昼夜を問わずに7日と定められていた。
皮肉にして聖典の神が世界を創造したとされる日数と同じだ。
意見がどうしても割れる案件についてはそれも検証の対象とすべく、異なるまま世界に反映される。
またメロウはこうも宣言していた。
彼等を育んだ元の世界の多種多様な情報については“
ただし、
賢い者は・・・その場に集められた大半が賢者とされたが、それこそが禁忌でありメロウの罠だと察した。
つまり、元となった世界の情報集積体である
自分たちが実験セカイ内で営々と
核兵器の恐ろしさについてはそれを知らない者たちに後の時代の者たちが教えた。
発射されたら問答無用に都市を焼き尽くす兵器であり、人どころか星を滅ぼすものともなり得る恐ろしい兵器。
それを突きつけ合い、互いに撃たないことが「冷戦」という状態をも作り出すが、持つ者と持たざる者の間に決定的な差を産む。
会議も終盤になり、メロウはセカイの構造も明かした。
ナノ・マシンコンピューターによる再現セカイ。
つまり、すべての物質や物理法則などはナノ・マシンコンピューターが再現したものに過ぎない。
だが、資源やセカイを構成しているナノ・マシンは技術的な加工により法則性による構造変化させられる。
つまり原則として水は水で大気は大気だが、物理法則は曲げられ、変えられる。
すなわち鉄を再現したナノ・マシンであれば鉄として打ち出して鉄製品として加工可能だが、
メロウは単に
なぜなら数の限られた戦闘種の人類だけが因子を持つ。
ネームドとネームレス双方に戦闘種の人類は存在する。
ナノ・マシンの原理概念を理解している者は、だからメロウにはセカイの創造が可能だったのかと認知し、わからない者には実体を持つ幻なのだと説いた。
そして
それはすなわち戦士たちが限られた存在であり、当然ながら戦争となった場合、
あるいは共食いを避ける予防線の一つであり、因子持たない人々にだけ災厄があるという意味でもあろう。
メロウは全人口に対する1%程度と設定すると予告した。
100万人の中の1万人が騎士因子保有者。
逆に考えると100万人に対し、1万人しか戦士階級は存在しない。
総人口が70億人とすると7000万人。
そしてきっちりとは言わないまでも二つの異種族に半分ずつの3500万人という意味になるし、因子である以上濃淡はある。
そして科学的知識を持つ者たちは実際に70億人もの人間はセカイ内には現れないと予見した。
人口爆発の仕組みは戦争や飢餓、災厄により人が脅威に立たされた際に、生存本能として数を増やすことによる。
しかし、逆に平和な状態が続けば人口はさほど増えない。
そして戦闘人種は平和な世界では無用の長物であり、危機的事態にこそ数を求められる。
共食いの機会を減らすメロウの思想とは戦闘人種を限定し、彼等にだけ戦わせて他は生産活動や文明維持活動なりに従事するという意味でもある。
まして戦闘種同士が戦えば数は減る。
それに戦いに参加出来るのは現役世代と呼べる10代から50代程になり、人口の年齢別比率を当てはめると更にその数は6割程度となる。
100万人に対し6000人。
1000万人に対して6万人。
そして実際に組成物質を構造変化させられる強力な因子保有者はその更に1割程度。
つまり魔法使いと呼べる程の存在は人口1000万人に対して多くても600人程度となる。
それに平和な時代にも暗闘はあり、優秀な戦士ほど狙われて殺される。
そうなると・・・。
更に加えてメロウが示したのが「龍虫」という存在だった。
この生物は原則としてネームレスたちの思念信号に操られる生体兵器であり、脳はデザインされておらず神経系と骨格が一体化した素体により活動する生物であり、捕食力も低いが昆虫と同様に卵により数が増える。
と同時に、ネームレス種の糧でもある。
自然界に他の生物種たちと共存している形を取り、その寿命はなく定期的な脱皮により強力個体化する。
大きさは30センチメルテから一番大きなものでも全長30メルテとした。
メロウはメートル法との区別で長さの基本単位をメルテと称するように伝えていた。
実際にネームド人類たちは文明の発展進歩で知るが、実験セカイとは元々の世界の50万分の1でしかなく地球の直径はたったの25cmの地球儀サイズしかなく太陽も2.7mのハリボテだ。
つまり太陽の出ている間は太陽光を再現した気温上昇が再現され、陽が沈むと気温は低下するし、緯度経度による季節変化が起きる。
時間に関してもセカイ内で1時間と認識されているものは2000万分の1でしかなく、3000年の経過が1.3時間だった。
そうして、メロウが説明役として賢人会議は進んでいった。
ある東洋人の男が大演説により、この実験の意図と其処に潜む恐ろしい事実。
そして、賢人とされた自分たちの目が曇っているという厳然たる事実の指摘。
メロウはほくそ笑んだ。
やはり、この男を賢人会議に加えていたことは正解だった。
自分たちが本当は愚者なのだと遠回しに指摘したのだ。
だからこそ、愚者としての意地を見せてみろというメロウの悪意に対抗する手段の獲得。
その計画の名を白き救世主誕生計画といった。
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