前章4 エリザベートの悪戯



統一暦1512年(女皇暦換算1391年)7月17日


 私ことケヴィン・レイノルズがその男と最初に面会したのは7月の半ば過ぎのことだ。

 ある一人の学生についてこのままでは落第寸前で進級がままならない為、どうにか追試の機会を与えて欲しいと主任教授のセオドリック・ファードランドからしつこくせがまれてのことだ。

 たかが一学生の為にわざわざ鼻持ちならないキザったらしいファードランドが頭を下げてくるのだから余程のことだろうと思い学生名簿でその学生の名前を確認して私は神経がピリピリするのを感じた。

 ティルト・リムストン。

 忘れるものか、コイツは今年度私の講義にただの一度たりとも出席したことのない学生だ。

 しかも、年度末考査試験にもコイツは名前だけ記した白紙の解答用紙を平然と提出していた。

 ティルトにどういうコネや手づるがあってファードランドを動かしたかは分からなかった。

 大方、有力者の親類かなにかを通じて私への根回しを依頼したのであろう。

 だが、私は彼に与えたD-の評価を覆す気はさらさらなかった。

 他の教授たちがどうした措置を講じたかは知らない。

 だが、少なくとも私はこうした懐柔をもっとも嫌うタチの人間だということをコイツは知らなかったらしい。

 私は申し入れだけでもひどく腹を立てていた。

 私はすぐに秘書のエリザベートを通じて彼の成績表を取り寄せた。

 だが、それがますます私を憤慨させ、苛立ちを募らせる結果となった。

「これはなにかの冗談か?それとも私への当てつけか?それとも嫌がらせかね?」

 言葉の端々に怒気を感じたエリザベートはただ曖昧に微笑んだ。

「いいえ、これはただの推察に過ぎませんが・・・」エリザベートは慎重に言葉を選びながら続けた。「おそらくその評価は公正なものだと思いますわ」

「はっ、なんの嫌がらせだ」

 私はいつもの悪いクセでいぎたなく吐き捨てる。

 私の出世を妨げたものの一つはこうした行儀の悪さだった。

 なにしろ、私の祖先は騎士だ。

 騎士と言ってもゼダに生まれた騎士には他国と違い騎士卿の爵位もつかないほど身分が低かった。

 当然、柄も行儀も芳しくない。

 それも昔の話となり、今では騎士家などというのは表立って吹聴する者もいないほどに時代遅れとなった。

 そうして、職業軍人としての騎士は廃れ、日々の糧を得るため様々な職についている。

 そんなわけで私は学者の道に入った。

 異色な存在として私はある意味重宝されてきた。

 だが、学者という人種は虫が好かない。

 鼻持ちならぬほど気取っているか、どこかイカれているか、ぼそぼそとわけのわからぬ念仏を語るか、話が一方通行でまるでコミュニケーションが取れないといった連中だ。

「教授、学内は禁煙ですが?」

 いつもの癖で胸ポケットをまさぐっている私にエリザベートはやんわりと注意した。

 私の中で苛立ちが沸点を迎えようとしている。

 残された自制心のすべてを動員して大声を上げないのがやっとだった。

 それに胸ポケットにお目当てのモノはない。

 入室するなり彼女に取り上げられたからだ。

「エリザベート、少々席を外す。アレを」

 エリザベートは既に机の引き出しからタバコ入れと携帯灰皿を取り出していた。

「健康のためにも吸いすぎには」

「君はいつから厚生省の役人になったのだね?」

 ご丁寧にタバコ入れの側面にはお定まりの文句が書かれている。

 だが、私は禁煙する気などさらさらなかった。

 これでも頭脳労働者を自負する私にとってニコチンの摂取は不可欠のものと感じていたし、健康的に屋外競技で汗を流す時間があるのであれば、タバコを片手に一冊でも多くの書籍を読む方がマシだと常々考えている。

 学内が完全禁煙になるぐらいだったら、私は喜んで辞表を出すだろう。

 もっとも学内に愛煙家は多い。

 その実、学長も理事たちもそうだ。

 私はイライラしながら席を立ち、ドアを開けて中庭に続く廊下を歩き出そうとした。

 そのとき、丁度隣の部屋のドアが開き、廊下に出ようとしてきた人物とぶつかった。

 その拍子に彼女が胸に抱え持っていた書類の束と書籍があたりに散乱した。

「すいません」

 ひどく慌てた様子でカザリン女史が書類を拾い上げる。

 今はファードランドの秘書官をしている。

 その様子を廊下の端で見ていた一人の学生がすぐさま駆け寄り、散らばった書類を一枚一枚丁寧に拾い上げる。

「あら、ありがとうね」

「いいえ、カザリンさんにはいつもお世話になっていますから」

 私はつい手にしていたものを学生に見られまいとして後ろ手を組んだ。

 学生達には校内禁煙と通達されている。

「失礼、私は急ぎの用があるので」

「はい、どうもすみませんでした」

 少々悔やまれたが仕方ない。

 初老のカザリン女史が腰と膝の痛みに耐えながら書類を拾う様子を横目に立ち去ろうとしたとき、それを手伝っていた学生と視線がぶつかった。

 その瞳は私の仕打ちに対する敵意に満ちていた。

(まずかったな)

 乱暴にドアを開けて強引に押し通ろうとしたのは私であった筈で、この学生はその一部始終を見ていたに違いあるまい。

 気まずい思いと共に、シャツの袖口から覗いた学生の淺黒い肌が脳裏に焼き付いていた。


 屋上で一服・・・いや二服・・・ここは正直に言おう。

 5本立て続けに吸った後、私は気分を直して教授室へと戻った。

 そこに意外な来客の姿があった。

 先程の男子学生だ。

 日焼けした浅黒い肌。

 そしてこざっぱりとした格好。

 ただし、流行遅れは否めない。

 眼鏡の奥に覗く知性的な瞳。

 まさか抗議に来たわけでもあるまいと思いながら、私はそのまま席に戻ろうとしてエリザベートに制止された。

「教授、リムストン君が見えていますわ」

 彼が?

 私は一瞬ひどく困惑した。

 おそらくはよほど虚をつかれた間抜けな顔をしていたのだろう。

 エリザベートが笑いを噛み殺している。

 生真面目そうで挑戦的でもなく、なにより年寄りの秘書官にも親切なその学生があのティルト・リムストン?

「すまん、ちょっと時間をくれ」

 混乱した精神状態を落ち着けるのに約1分間目を閉じた。

 私が私なりに描いていたティルト・リムストンとは全く人物像が違っている。

 彼が落第寸前の劣等生のようには到底見えない。

 金銭的に裕福でもない証拠に、身なりはみすぼらしくはないが素っ気なかったし、浅黒い肌と荒れた手の平はなにかの重労働に従事しているように見えた。

 独特の鋭い眼差しと、広く知性的な額。

 その気になりさえすれば立派な論文を書き上げたり、難解なテストにも満点に近い内容の答えを書くことが出来そうだ。

 私の直感と観察眼ははっきりとそのように告げていた。

 これでも人を見る目は養われている方だ。

 しばし、手で顔を覆って考えた後、私は決断した。

「きなさい」

 彼はおそるおそる室内に入ってきた。

「さて、どこからどう話をしたものだろうね?」

 私は指で机を叩きながら彼の目を上目遣いに見た。

「白紙回答に全欠席。それだけでもD-評価に十分だと思うが?」

「はい・・・」

 彼は悄然とうなだれていた。

 先程みせた義侠心は影を潜め、そこには気弱な男子学生が立っていた。

 私が次の言葉を探して思案していたとき、隣室からエリザベートの声がした。

「教授、ちょっと席を外してきます」

(勘の良い娘だ)

 私の姿が大空に立ちこめた雨雲のように見えたらしい。

 カミナリが落ちるのは時間の問題で、たとえそれが自分の所でなくとも堪らないと言わんばかりだ。

「いいだろう」

 私は話を長引かせるつもりは全くなかった。

 休みを前にしたこの時期に後のスケジュールなどまったくなかったが、カミナリ一つ落として話を終えるつもりでいた。

 その言葉を聞くまでは・・・。

「良かった」

 彼は心底ホッとした様子でつぶやいた。

 私の頭にまた一つ疑問符が浮かんだ。

(コイツは自分の置かれた立場が分かっているのか?)

「君は自分の置かれた立場が分かっているのかね?」

 何故だかカミナリとはほど遠い、多分に疑問符を含んだひどく曖昧な言い回しになった。

「分かっています。でも、彼女に迷惑をかけたくはなかったので」

「他人の心配をする余裕があるのかね?感心なことだ」

 鼻を鳴らし皮肉まじりに笑い飛ばそうとしたとき、彼の鋭い視線とぶつかった。

「他人じゃないですよ。事は彼女にも関係あるんですっ!」

「君はなにを言いたいのかね?」

 私はしかめ面で彼の目を見た。

 とても真っ直ぐないい瞳だ。

「ふぅ」と小さなタメ息を一つして、ティルトはすかさず畳み掛けるように続けた。「授業に出なかったのも、テストを白紙で提出したのも、すべては『彼女』の指示に従ったからです」

「先程から君がしきりと口にしている『彼女』とはエリザベートのことか?」

「他に誰が?」

「アレがどういう者か分かって言ってるのかね?」

「ええ」と肯いて彼は軽く眼鏡を直した。「目に入れても痛くない教授の実のお嬢さんですよね」

 思わず私は大仰に手を上げる仕草をした。

「おやおや、君は我々教授の身辺調査でもしたというのかね?」

 隠し立てているわけでもなかったが、エリザベートは私の実の娘だ。

 今年で25になる。

 アエリアのエベロン女学院大学を卒業後、私が自分の秘書として雇い入れたのだ。

 無論、大学側も承知してのことだ。

 気むずかしい私の秘書は30年間の教職の間、毎年のように変わっていた。

 私の教職期間には満たないが、彼女には少なくとも生まれてからこれまで私の逆鱗に触れることなく成長してきた「実績」がある。

 とても似た境遇でも誰かとは大違いだ。

「他の教授の身辺調査なんかほとんどしていませんが」彼はそこで言葉を切り、慎重に後を続けた。「あなたの家系の調査はイヤというほどしてきました。この一年の間」

 カッとなった私はうっかり手を上げるところだったが、一つ気になった箇所があった。

 それが歯止めとなった。

「家系?」

「ええ、そうです教授。あなたの家系です」

 失礼、二カ所だった。

「してきたってどこでだね?」

「まずは“ここ”の図書館でです」

 ティルトの指先は床を指している。

 「ここ」とはつまり、エルシニエ大学の図書館に他なるまい。

 私は振り上げかけた拳をだらりと机に落とした。

「エルシニエの図書館に私の家の家系図でもあるというのかね?」

 ティルトは大きなタメ息をつき、椅子を指で示した。

 どうも思っていた以上に話が長くなりそうな気配だ。

「どうぞ」

 私の答えを待つより早く、彼は後ろに立てかけられていたパイプ椅子を素早く用意し、深く腰掛けて身を乗り出すように話し始めた。

「どうもおかしいと思ったのですよ」

「なにがだね?」

「エリザベートは教授はなにもかもご存じの筈だから心配ないと。でも、そのご様子じゃなにもご存じないみたいじゃありませんか?」

「君がなにを言ってるのかさっぱりわからん」

「あいつぅ!」

 彼はさっさと逃げ出したエリザベートを恨むように一言つぶやいた後、大きく深呼吸して話を始めた。

「アレは昨年の9月初旬のことでした・・・」


統一暦1511年9月2日

パルム東区 エルシニエ大学


 ボクはエルシニエ大学一階廊下の掲示板をぼんやりと眺めていた。

 外はセミの鳴き声がひどやかましい。

 新年度の教科スケジュール表を確認して新しい時間割を頭とメモ帳に書き込むためだ。

 ボクは残念ながらそれほど裕福ではない。

 親父ののこしたたくわえがあったが、それは今後の生活を送る上で欠かせないもので、なるべくならば簡単に手をつけたくなかった。

 死んだ親父には夢があり、その遺言ゆいごんに従うのであれば、ボクはそのために少なくとも来年の夏休みは犠牲にしなければならないはずだった。

 今年度からやっとケヴィン・レイノルズ教授の講座を受講できる。

 それがボクにとってなによりのモチベーションとなっていた。

 おそらくは来年度のゼミ生選抜にも繋がる大チャンスだ。

 ボクには教授のゼミをなんとしても受講しなければならないという強い使命感があった。

 それはたった一つ、だがたった一つであっても重大な疑問を教授にぶつけることから始めなければならない。

 そのために平和な学生生活のすべてが台無しになっても仕方ないとさえ考えていた。

 なぜなら、少なくともボクのような史学生が・・・。

「ティルト・リムストンさんですよね?」

 通りがかりの女性職員に不意に声をかけられてボクは面食らった。

 すらっと背が高くて長いブロンドヘアをカチューシャで束ね、目鼻立ちも整っている。

 ファッション誌のモデルでも通用しそうだ。

「いつも図書室で拝見はいけんしていますわ」

「えーっと・・・」

 ボクにはその女性が誰なのか見当がつきかねた。

 見たところ、ボクとそう年頃の変わらない。

 背が高く知的でスマート。

 なによりチャーミング。

 いかにも男心をくすぐるその女性には確かに見覚えがあるような気がした。

「はじめまして、エリザベート・エクセイルです」

「エリザベートさん?」

「父の秘書をしています」

 「ああ」と思わず言いかけて、ボクは改めて彼女を見た。

「ティルト・リムストンです。今年度からお父上の講座を受講することになっています」

「ええ、存じ上げていますわ」

「今丁度、時間割の確認をしていたところです」

「そのあとのご予定は?」

「いえ、今日は家庭教師のアルバイトもないので、家に帰って読書でもしようかと」

 父の遺品いひんである美術関連の書籍が自宅には大量に残っており、それらに目を通した上で必要でないものは「知り合いの古本屋」に叩き売りしている。

 それらが日々の生活のかてに化けることも多い。

 だが、今後の調査に役に立ちそうなものは残しておいている。

「折り入ってご相談したいことがあるのですけれど」と言いさして彼女は嫣然と笑った。「良かったら夕食にお誘いしても良いかしら?」

 人が羨む美女からこんな風に誘いを受けて、断る理由は見当たらなかった。

 幸いにしてボクにはソレに嫉妬するガールフレンドもいなかったし、はやし立てる友人も少なかった。

「ええ、喜んで」

 そう答えるのに時間も手間もまったく必要なかった。


 老舗しにせの高級レストラン「ポンパドゥール」のような店を予想していたボクの直感はものの見事に外れた。

 そこはパルム西区の高級住宅街の一角で、とびきり大きな邸宅が建ち並ぶ小高い丘に位置していた。

 遙か向こうにパルム湾が見下ろせる。

 立派なお屋敷の表札にはファードランドと刻まれている。

 タクシーで大学から直行していきなりこのような場所に連れてこられたボクは全くの場違いに思えてならなかった。

 しかも、ファードランドというのは昨年講座を受講した若くてハンサムで見るからに野心家の法史学主任教授だ。

(まさか彼女は教授の婚約者なのかな?)

 年頃の釣り合いは悪くない。

 それに長身のファードランド教授には彼女のような背の高い美人はお似合いだろう。

 その予想もものの見事に外れた。

 教授の美人だが童顔で背の小さい奥さんが玄関先で出迎えてくれたからだ。

 彼女はエリザベートを一目見るなり相好を崩してにこやかに歓迎した。

「まぁ、ベス。久しぶりねぇ」

「アンナこそ変わりないわね」

 互いの愛称を呼び交わし、二人は玄関先で抱擁を交わしている。

 ボクはバツの悪さに頭を抱えそうになった。

「主人からはもうじき帰るとさっき連絡があったわ」

「父には今日は友人の家に寄ると伝えてあります」

 二人が親しげに言葉を交わすのをボクは後ろできょろきょろしながら見ていた。

「まぁ、この学生さんね」

「初めまして」

「エルシニエ大学はじまって以来の秀才・・・ではなかったわね」夫人はなにか含みのある笑みを浮かべた。「ずっと昔、そう呼ばれていた人がいたらしいわね」

 夫人がなんでも承知と言わんばかりに話を進めるせいで、つい自己紹介の機会を逃してしまった。

 エリザベートはさっさと先に入ってボクに目くばせで合図している。

 なんだかよく分からないまま、ボクはファードランド教授宅の客となった。

 庭先に小洒落たパラソルとテーブルとが見えた。

 しかし、まさかその後も足繁く通うことになり、アンナマリー夫人の淹れた紅茶をすすることになる等とは想いも寄らなかった。

 あまり家族以外の女性と話をした機会がないボクにとってかなりハードルの高い作業になるという予測も、ものの見事に外れた。

 ファードランド教授の夫人は・・・アンナというのが愛称なのか本名かはこのときはわかりかねたけれども、予想以上に知的センスに溢れる女性だった。

 そして、エリザベートも負けず劣らずの才媛だと思い知らされる。

 会話について行けるのだろうかという心配は全くの杞憂だった。

 その程度の学識と教養は幸いにしてボクにも備わっている。

 二人はかつてエルシニエ大学始まって以来の秀才と言われた二人の学生の話に花を咲かせ始めた。

 その二人とは、ゼダで歴史の授業を受けた者ならば誰でも知っている二人だった。

 一人は後に共和国の初代総理大臣となったアリアス・レンセン。

 もう一人は後にエルシニエの学長まで務めたD・エクセイル元学長だ。

 代々史家を輩出してきたエクセイル家は当代のケヴィン・レイノルズ・エクセイル教授に至るまで常に史学界をリードしてきた存在だ。

 アリアスとディーンの二人ともおおよそ200年は昔の人物だというのに、彼女たちはまるで彼らがごく最近人気のTVスターであるかのような口ぶりでせわしなく話を続けている。

 二人とも相当な博識で、しかも史学に通じている。

 これなら、多少難しい専門的な話をボクがしてみせたところでドン引きされたりする心配はなさそうだった。

 アンナ夫人はキッチンで作業しながら、エリザベートは大学創立400周年を記念したアルバムを手に話の花を咲かせている。

 アルバムには色褪せた当時の写真が掲載されていた。

(あれっ、でも確か・・・)

 ボクの記憶違いでなければアリアス・レンセンはエルシニエ大学を卒業していない。

 丁度、6月革命の時期であり、彼の最終学歴は政経学部の中途退学だった筈だ。

 ボクは思い切ってその疑問をぶつけてみた。

 すると・・・。

「彼は大学在籍当時その名前ではなかったのよ」

「そうそう、元老院議員の養子だったの。それで昔の学生名簿に彼の名前はないわ」

「なぜ、それをご存じなのですか?」

「そりゃあ」と言ってアンナ夫人は優しく微笑んだ。「そのアルバムは私が夫の秘書をしていた時代に手がけたものなのよ」

「そうなんですか」

 ボクは心底驚いた。

 エルシニエ大学の創立400周年式典は5年前の出来事であり、ボクはその当時士官学校の学生だった頃だ。

「私も当時はエベロンにいたわ」とエリザベートは微笑む。そして彼女は指を折って数え始めた。「私は18か9だったかしら」

「えっ?」

 意外な事実にボクは思わず声を上げた。

 彼女がエベロン女学院大学の出身だからではない。

「同い年くらいだと思ってたけど、まさか君って今年24?」

「あらっ、でも変ね?あなたは今年3年生でしょ?」

 エリザベートは当然の疑問を口にする。

「ああ」と言ってボクは気まずくなって目を伏せた。「ボクは寄宿学校を出た後、2年間は父の事業の整理のために・・・」

「まぁ、ごめんなさいね」とアンナ夫人はすまなそうに声をあげた。

 実を言えば半分が本当で半分は嘘だった。

 寄宿学校在学中に父の病状は悪化し、個人経営だった事業も傾いていた。

 学資がアテに出来ないと悟ったボクは勉学を続けるため、ある人の勧めで陸軍士官学校を受験した。

 そして、士官学校に1年通った後に父の容体が悪化した為、入学から1年半後に中途退学することになった。

 父は休学の後、1月足らずで他界した。

 父は古美術商を営んでいて、残った資産のほとんどが美術品だった。

 父が捌けなかった品物を別の業者を通じて売却し、その金で相続税を支払い、手許に残ったのは処分した美術品のもつ本当の価値からすれば10分の1程度の僅かな額に過ぎなかった。

 その半分を西部のアルマスに住む母と姉夫婦に送金し、ボクは残りの遺産を引き継いだ。

 残りの遺産というのはパルムにあった父の店舗兼事務所兼住居と美術や骨董関連の書籍、そして父が遺した夢を受け継ぐのに必要な軍資金だ。

 ボクは士官学校にいた一年半で自分には軍人になる根本的な才能がないことを思い知らされていたし、その後の半年で商才もそれほどないことを思い知らされていた。

 なによりボクはビジネスライクな人付き合いが苦手だったし、それ以上に人との争い事が苦手だった。

 叔父や父と親しかった同業者たちが年若くして跡取りとなったボクに好意的に振る舞ってくれなかったら、僕等の一家は国に相続税として美術品を差し押さえられた挙げ句に無一文となるところだった。

 不幸中の幸いに学資分はどうにか工面できることになり不動産も残った。

 それで店舗を処分し、アルマスに戻って士官学校に復学するよう強く働きかけてくれた姉夫婦の誘いを断ってパルムに残ることが出来た。

 そして母と義兄に反対されながらも士官学校に復学せず、夏まで受験勉強に費やし、父の目指していた考古学を学ぶためにエルシニエ大学に入学することが出来たのだ。

 そんな身の上話をかいつまんで話した。

「意外な経歴ねぇ」

 アンナ夫人は変に関心した顔をしている。

「そうでしょうか?結局ボクはどっちもモノにならないと、短期間で見極めたのですよ」

「でも、あなたってちゃんとしてるわ」

 なにがどうちゃんとしているのやらだ。

「そうでしょうか、冴えない男だし友人も少ないです。なにせ2つ年が離れた子たちに囲まれているのでどうしても引け目に感じてしまって、なかなか大学内でも打ち解けられません」

「でも、観察眼は鋭いわね」とアンナ夫人は真っ直ぐにボクの目を見た。「ウチの主人があなたの答案用紙を家に持ち帰ってわざわざ私に見せたほどだもの」

「えっ?」

「EXCELLENT!」と流暢な発音と大仰な身振りで夫人は「彼」の真似をしてみせた。「非の打ち所もないとは正にこのことを言うのだ」

 ボクは自分のことを褒められている気がまったくしなかった。

「1、2年生の成績はオールA+。さすがだわ」

「それは単にボクが2年の間、独学で学んだ結果だと思います」とボクは小声でつぶやいた。「進路の夢が敵わないとわかっていても、なかなか諦めきれなかったので・・・」

「2年の間って士官学校に居たときも?」

「はい、時間を見つけては図書室で勉強を。でもそれが教官たちの気に障ったせいでよく殴られていました。『軍事に関係のない書物なんか読みふけるけしからんヤツだ』とね。それで体力訓練のときは目の敵にされて散々シゴかれました。それこそ、へとへとになるまで・・・」

「あらっ」

「それで負けっぱなしは悔しいので片っ端から軍事関連の本も読みましたよ。古代から現代にかけてほとんどすべての」

 まったくヤケっぱちな気持ちだったが自分に意地があるとすればそういう所にだった。

 体力と実地訓練の成績はかなり悪かったが、机上演習と軍事学、軍事法といった座学に関してはそれなりの成績を収めることが出来ていた。

「やはり適任ね」

 アンナ夫人はそうキッパリと言い捨てた。

「なにがです?」

「ええ、この人しかいないわ」

 二人は顔を見合わせて思わせぶりに頷き合った。

「一体なんの話ですか?」

「あなた《女皇戦争》について興味あるわよね?」

「はいっ?《女皇戦争》と《6月革命》ですよね?」

 ボクはかなり怪訝そうな顔をしていたと思う。

 熱っぽい二人に比べ、ボクはその歴史的事実に関しては正直興味と関心が乏しかった。

 むしろボクはそれより以前の十字軍時代の歴史やファーバ教団、ミロア法皇国成立史に関心があった。

 亡くなった父の関心もその時代にあったからだ。

「その『真実』を知りたくない?」

「真実?」

「そうよ、まさに歴史の闇に葬られた『真実』よ」

 エリザベートは最早笑ってすらいなかった。

 彼はツンと澄まして「真実」という言葉に独特のイントネーションを添えていた。

「興味がないと言えばまるでウソになりますけれど、たかが一学生にどれほどの事が出来ると思います?」

 実のところ金も時間もそれほど自由にならない。

 それにしっかりと身分を保障されてもいない。

「その気になれば現在の学説すべてを吹き飛ばすことが」とエリザベートは笑った。「頑固者のウチの父が驚いて飛び上がるほどのセンセーションよ」

「買いかぶるのはよしてくださいよ」

「買いかぶってなんかないわよ、私がどれだけ慎重に貴方の適正を見極めてきたか分からないくせに」

 エリザベートは怖い顔でこちらを睨んでいる。

(君はボクの一体なにを知ってるというのさ?)

 ボクは正直なところかなり頭にきていた。

「君は見た目は可愛らしいけど、その強引さはなんなんだよっ!」と少しずつ溜まっていた鬱憤を吐き出した。「こちらの立場が弱いからって、人がなんでも自分の思い通りになるなんて、少し勘違いしてやしないか?」

「そんなことないわよっ!」とエリザベートは鼻息を荒くする。「あなたって見かけよりもずっと意気地がないのね。そんな調子だから士官学校も途中でやめてしまったんでしょ!」

 正直痛いところを突かれてボクも退くに退けなくなった。

「頭が良くてチャーミングなのは認めるよ。でも君の言うことは飛躍しすぎ。あまりにも突飛すぎて、とてもじゃないけどついて行けないよ。とんだ“じゃじゃ馬娘”だねっ!」

「アンタこそ頭でっかちのガリ勉じゃない。確かに人当たりが優しいし軍人ってガラじゃないのは分かるわよ。でも、女の私にこうまで言われて簡単に引き下がれるの!?」

 無論、引き下がるつもりはなかった。

 同い年だとわかったこともある。

 そのせいかいつにも増して大胆になっていた。

 そのまま取っ組み合いのケンカでもしかねない二人を見てアンナ夫人は・・・。

「あはははははは」

 一人で腹を抱えて大爆笑していた。

 キッチンで包丁を片手に小さな躯をよじらせて笑い転げている。

「あー、おかしい、初めてよ。ベスにそんな顔させた人は」

 アンナ夫人があんまり笑うもので僕等はバツが悪くなって互いに矛をおさめた。

「私の知っている限りでは、ベスを本気で怒らせることがあったのはレイノルズ教授だけよ。だけど“そこまで”怒らせたのは貴方が初めてね」

「アンナ・・・」

 エリザベートは上目遣いにむくれている。

 そんな姿でさえ愛らしく見えてしまう。

「どうやら相当ベスに気に入られたみたいね」

「はぁ!?」

 僕等はほとんど同時に素っ頓狂な声を上げた。

 そしてお互いに顔を見合わせていよいよ怪訝な顔になった。

「アンナ、なに言ってるの」

「おかしな冗談はやめてくださいよっ!」

 丁度そのとき玄関のベルが鳴り、ファードランド教授が帰宅した。

 迎えにも出て来ないのでリビングに入った教授は怪訝なカオでボクらを見回した。

「どうしたんだい、君たち?」

 出迎えを忘れるほど笑い転げたアンナ夫人を前にした教授は顔立ちが整っている分だけ、なんだかひどく間抜けに見えた。


「なるほど・・・」

 私は旧知の人物たちである“彼ら”の意外な一面を知って驚きを隠せなかった。

 キザったらしいファードランドが一人の学生を持ち上げて家に招くことも信じられなかったし、いつもツンと澄まして、理論武装完了といった様子の夫人がそこまで茶目っ気のある女性だとも思っていなかった。

 ましていつも笑顔を絶やさず、学生達を魅了している娘のエリザベートがえらい剣幕で怒ったことも、私の知らない所で私の意に反して足繁くファードランド宅に出入りしていることなども信じがたかった。

 そしてなにより、異色の経歴を持つティルト青年に自分も強い関心を抱き始めていることに気付いたのだ。

 やはり最初に彼を最初に目にした“直感”の方が正しかった。

「それで教授が帰宅してからは具体的に『依頼』の話になりました」

「依頼ねぇ」私は彼らがティルト青年になにを依頼しようとしていたかについて大いに興味をそそられた。「依頼というからには報酬も提示されたのだろう?」

「はい」

 彼は大きく肯いた。

「金額は?」

「いいえ、お金ではありませんでした」

 金ではない?

「確かに。ファードランドの貰う俸給からすれば多額の資金を捻り出せるとも思えない」

 大学教授の年収などたかが知れている。

 その3分の1は研究のための書籍代に消える。

 まして彼は若く、妻を娶ったばかりで、土地はおそらく彼の実家の所有だろうが、家はローンを組んで建てた筈だ。

 あの男の不徳の致すところから、実家からそれ以上の援助も見込めまい。

「それが実のところボクにもなんのことなのか今もって分からないのです」

「よく分からないで引き受けたのかね?」

 ティルト青年はコクリと素直に肯いた。

「エリザベートからは『エクセイル家の至宝』だと言われました」

「『エクセイル家の至宝』だとぉ!?」

 私は驚き、そして半ば呆れ返った。

 そんなモノがあるという話は義父母たちから聞いたことがない。

「はい、それでエクセイル家ほどの史家で旧家が大切にしているものだというからには、恐らくは史学に関係する“なにか”ではないかと思ったのです。そのときもしやと思ったのは《ナコト写本》です」

 《ナコト写本》とは中原最古の活版書籍とされ、遙かに後の時代の文献の中にしか登場しない伝説級のシロモノだ。

 ファーバ教団の秘奥義書とも呼ばれており、その内容に関しては全くと言って良いほど謎に包まれている。

 そもそも存在自体が疑われてもいる。

「いや、確かに君がそう推察するのもムリはないが、残念ながら《ナコト写本》は我が家にはない。それにアレが現存するかさえ疑わしいのは当然知っているだろう?」

「勿論“そうでした”教授」と言ってから彼は信じられない言葉を続けた。「けれどボクは《ナコト写本》の実物と《真の書》に接しました。ミロアに旅をし、ファイサル法皇猊下に謁見する少し前にです」

「法皇猊下に謁見だとぉ!?ば、馬鹿なそんなことがあって・・・」

 私は興奮のあまり思わず席を蹴って立ち上がりかけた。

「すいません、教授。でも落ち着いてください」

 宥めながら、ティルトはバツが悪そうな顔をしてみせた。

「アレは失礼ながら教授が期待され、想像されている内容の書物ではありません。確かに伝説級であることは事実なのですが、既に歴史的役割を終えてしまった本なのです」

「歴史的役割を終えた?なんのことだかさっぱりわからんっ」

 ティルト・リムストンの言葉の一つ一つから立ちのぼる不思議なニオイのする空気に私は興奮し我を忘れかけていた。

 私の中にある「探究心」という本能がなにか重大な事実を前にしていることを告げていた。

「今になって思い返してみれば本当にとんでもない『依頼』になりましたよ。ボクはこの1年間ゼダは勿論、ミロアやベリア、フェリオにも滞在して取材と調査と史跡を巡りました」

「もしかしてその日焼けは?」

「ええ、トレドでは実際に発掘調査をしてきました」といって袖口をまくり、見事に残った日焼けの痕を見せた。

「だけどそれというのもすべてはエリザベートとファードランド教授の『大学の事はなにも心配しなくていい』という言葉を信じてのことだったんですよ」

「それでこの成績か・・・」

 私が憤慨する原因となったティルトの成績表。

 そこには私の講座を除く全教科でA+の評価が下されていた。

 出席日数は全く足りていない。

 だが、他の教授達は揃いも揃ってその事実を不問にするつもりらしかった。

 そのことに私はなにより腹を立てていた。

「だが、ファードランドは私に君は“落第寸前”だと話していたぞ?」

「それは失礼ながら、教授の聞き間違いです。“落第寸前”ではなく“落第同然”です。たとえ教授の講座の単位を落としても進級は問題ないにしても、もともとの目的だった教授のゼミ生に加わることが出来ないのならボクにとっては落第そのものです」

「しかし、君は旅先に居たのでは定期試験には全く参加出来なかったのではないのかね?」

「はい、今年の6月を除いてはですけれど」と言ってティルト青年は遠くを見るような目をした。

「ただ、旅先から調べ上げた内容の一部を論文形式にして送るようにエリザベートから指示されて、彼女の言う通りにした結果、他の先生方はA+をくださいました。でも・・・」

 言い淀みながらティルトはなにか別のことを考えている様子だった。

「でもなんだね?」

「『頑固者の教授を納得させるのは秘書である自分の役目だから任せておけ』、『現代の定説に反する内容を解答用紙に書いたりすれば、たとえ内容が正しいと論証できてもへそ曲がりな教授は採点を辛くするから定期テストも白紙で提出しろ』って指示されて・・・」と言ってから、ティルトは忌々しげに娘の愛称を呼んだ。

「リザのやつぅ!はなからハメるつもりだったのか」

 呆気にとられた私の顔を見て、父親の前だったことに気付いたティルトは慌てて居住まいを正した。

「さっき慌てて逃げ出したんでホッとした反面、『もしかして?』と思ったらやっぱりそうでした。アイツ肝心な教授にだけは全部秘密にしてたんですよ。多分、今はどこかでほとぼりを冷ましてますよ」と言ってから、なにかに気付いた顔をした。

「・・・たぶん屋上だ」

「屋上?」

 ティルトは立ち上がって教授室のドアを開け、エリザベートの仕事机の上を見た。

「ほらっ、教授がここに置いたタバコ入れがなくなってます。アイツも愛煙家ですよ」

「・・・・・・」

 あれだけ私にしつこく禁煙を勧めながら、娘が自分も愛煙家だということさえ私は知らなかった。

 私の頭の中はすっかり真っ白になっていた。


 私は火のついたタバコを指に挟んだまま、心地よい初夏の風に身を任せていた。

 今頃、あの二人がどんなやり取りをしているかと思うと心がゾクゾクした。

 なにも日が陰ってきて、少しだけ風に冷たい空気が混ざりはじめたせいではない。

 思えば厳格で堅物で、気に入らないことは誰が相手でも怒鳴り散らし、頑固者で偏屈で、その癖自分にはちょっとだけ甘い父に一泡吹かせてやりたいというのが、主犯格である“私たち”の動機だった。

 そして、その事業を遂げるための役目としてティルト・リムストンを“共犯者”に選んだ“私たち”の見立てに間違いはなかった。

 それに、ファードランド教授や祖父をはじめとして先生たちや大先輩たちはみんな私たちに好意的だった。

 秘密を守り、私たちの身分をしっかりと保障してくれた。

 ティルトが深夜まで図書館で調べ物が出来るよう大事な書庫の鍵も預けてくれたし、ミロアでファイサル・オクシオン法皇猊下に拝謁を許されたのも、ある人物の口添えと紹介状があったからだ。

 ティルトが士官学校に在籍していたのはなによりの好都合で、その実「成績優秀で将来はかなり有能な参謀将校になる」と目されていたティルトが父親の不幸で中途退学したことを惜しむ士官学校関係者や、ティルトの双子の姉の夫など現役将校も数多くいて、ティルトの実地調査と取材とに協力してくれた。

 ここまで出来過ぎてしまうと最早、それが運命だったと思えるほどに事はスムーズに運んでいった。

 普通の人ならば1年程度でこれだけのことは成し遂げられない。

 ティルトは私が白羽の矢を立てる以前から“普通”からはほど遠い存在だった。

 なにより私を満足させたのは、常に父だけがなにも知らない状況に置かれていたことだった。

 私は何食わぬ顔をしてこの一年間秘書の仕事に専念し、休みは友人とバカンスを楽しんでいる素振りをしながら、ティルトの調査に協力し、時には一緒になって旅をした。

 ティルト・リムストンはあたしたちの期待にそれ以上の回答を示してくれた。

 多分、彼が丹念に調べ上げ、証拠を積み上げ、研究し、論証し、明るみにした内容のすべてが世間に発表されれば、史学界どころか世の中がひっくり返るほどの大騒ぎになるだろう。

 そして、エクセイル家が世間に対してつき続けてきた“大嘘”が白日の下に晒される。

 ただし、おそらくはティルト自身もそして彼に協力した人たちのすべてがそれを望んでいない。

 ティルト・リムストンが紡ぎ上げた物語はまったくの「おとぎ話」だった。

 それは歴史というにはあまりにも突拍子なく、そして真実として語られるにはあまりにもロマンティックで、なによりも悲惨であり悲劇的で衝撃的な事実だった。

 シャイでウブで、自分のことは何一つ分かっていないアイツにそんな詩情が眠っているなんて思いも寄らなかった。

 アイツはいにしえの吟遊詩人のように世界各国を巡って「おとぎ話」の素材集めを丹念に行った。

 あるいはテレビドラマの「名探偵」のように、大学図書館を皮切りにパルム中央図書館や国立国会図書館に出入りしては証拠固めをしていった。

 もうすぐティルトが父さんと共にここに来る。

 父はともかくティルトの怒った顔を見るのは久しぶりだ。

 正直なところアイツが本気で怒った顔は初対面だった頃からたまらなくセクシーだった。

 そして、エウロペアにおける「真実の物語」が語られる。

 ティルトは中原をひた走って追い求めた「エクセイル家の至宝」をその手にするだろう。

 それにしても彼にその「答え」が分かっただろうか?

 幾星霜を紡ぐ物語の終着点がどこなのか。

 多分、私に指摘されるまで彼は気付かない。

 彼は頭がいいけど鈍感で、女心がまるっきりわかっていない。

 そういう所は父さんに、そして私の大好きな“あの人”にもよく似ている。

 もし彼が答えを間違えたのなら、他の教授や父さんがA+をつけてもあたしだけはD-をつけることにしよう。

 そろそろ、気付いた頃かも知れない。

 あたしがここに居ることに。

 ヒントは十分に与えた。

 そのチャンスもあった。

 すべての準備は滞りなく整った。

 さぁ、物語を始めよう。

 その最初の舞台はここ。

 物語の始まりはそれよりもずっと前のこと。

 だけど、あたしのお気に入りは、とびっきりのお気に入りは「あの場面」だから・・・。

 4人が出会ったあの場面。

 物語の舞台は「ここ」。

 私がティルトという宝石の原石を見つけたあの場所を物語のスタート地点にしよう。

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