第五話 信頼①

 僕達はラムリースを去り、隣国のエスハイム領土内へと入っていた。



《アスト、ここから西に三十分ぐらい歩いた所に

「リーベ」って小さな村があるみたいやわ!》


「この先に村があるらしいよ。

とりあえずはそこを目指そうと思ってる」


「分かりました」



 フェアリーにはナビゲート能力が備わっていて、地図を見なくてもどこに何があるのか分かるんだ。

 不思議なんだけど村の名前まで分かるんだよ。

 フュリンが言うには何となく浮かんでくるって言ってた。

 フェアリーって昔から勇者のパートナーとなる宿命だけど、きっと勇者を最大限にサポートできるように、フェアリーも色々と進化して身についた能力なんだろうな。

 凄く助かってるし、特に見知らぬ地だとナビは本当にありがたい。



 「…………」



 チラッと後ろに目をやると距離を取ってついて歩くネファーリア。


 表情もそうだけど、何回見ても人間と見間違うぐらい今の彼女の容姿は人間だ。

 と言うのも、僕と行動を共にする事について、〝あのまま〟では色々と面倒だと思うから今回の件で戦闘モードと悲戦闘モードを作ったそうだ。

 非戦闘モードはツノや翼、尻尾がなくなり肌の色なんかも人間に合わせている。

 これでもう見た目では魔族だと分からないな。

 顔は相変わらず、セシルに似ていて美しかった。



「何ですか?」


「あ、いや。

そんな事もできるんだなって思って」


「……わたくしも初めての試みでしたけれど

戦闘モードと分ける事で魔力の節約にもなると気づいたのです」


「じゃあ、今の状態は楽なんだ?」


「そうですね。 楽です」


「そっか」



 僕は思わず笑みを零してしまった。



「何がおかしいのですか?」


「おかしいんじゃなくて、嬉しいんだ」


「……勘違いしないで下さいね。

行動を共にしてるのは、貴方を見極める為です」


「あぁ。 分かってるよ!

それでも元気でいてくれて嬉しいよ」


「…………」



 ネファーリアを見ると凄く複雑な気持ちになる。

 彼女の後ろにセシルを見てる気がして……と言うより完全に見ている。

 僕がネファーリアを魔物化(ロスト)から救ったのは、目の前でセシルを失いたくなかったから。

 あの光景が甦ってくるんだ……。

 もう二度と失いたくはなかった。

 でもそんな不純な気持ちでネファーリアを救ってしまった事に罪悪感を覚えている。



《あたい達は一心同体!

アストの心の声は、あたいにも聞こえてるって事忘れたん?

ははは! ぜーんぶ丸聞こえやで!》



 軽蔑するならしろよ。

 ネファーリアに対して失礼な事をしてる事は分かってるから。



《アストは優しいんやよ。

それにセシルに似てるから救ったって言ってたけど

似てなくてもあんたは救った。

困ってる人を目の前で見過ごす事ができへんあんたのお人好しの性格ならなー! あはは!》



 褒めてるのか貶してるのか……。

 でも、フュリンがいて精神的に凄い楽だよ。

 それにしてもエスハイム領に入ってからまだ一度も魔物に遭遇してないな。

 この辺はそんなにいないエリアなんだろうか。

 フュリンに言われるがままに平原を進んでいくと、やがてポツンと村が見えて来た。



「あれがリーベ村か」


「アスト、あれを……」



 リーベ村の入り口付近で、七、八歳ぐらいの小さな女の子がウロウロと慌てふためいているのが見えた。

 なんだ? どうしたんだろ。

 一度ネファーリアと目を合わせると僕は、女の子に駆け寄る。



「何かあったのかい?」



 女の子は、僕を見つけるなり感情を溢れんばかりに解放し泣きながら僕に走ってくる。

 この状態で只事じゃない事を感じ取った僕は、女の子が駆け寄ってくる間も周りに気を配って警戒しながらも、優しく抱いて女の子を安心させる。

 今会ったばかりの僕の体を、強く抱きしめてるところからするに、さぞ一人で不安だったんだろうな。



「もう大丈夫だよ」


「おねがいたすけて! まものがでたの!」


「分かった! 他の人は無事かい?」


「トリークにいったよ!

でも、それいがいのひとはわかんない……」



《トリークは……ここから更に西やな。

歩いて行くと三日ぐらいかかる距離や》


「君はここで、このお姉さんと待つんだ。

いい? 分かったね?」


「う、うん! わかったよ!」



 僕は女の子の手を取り、ネファーリアへと誘う。



「この子を頼むよ」


「わたくしに? でもわたくしは……」


「一緒にいてくれるだけでいいから」


「…………分かりました」



 よし、村の中にまだ無事な人がいるかも知れないから急いで探そう。

 小さな村だから村人であれ、魔物であれ、すぐに見つかると思ってたんだけど村は恐ろしい程静かだ。

 悲鳴も聞こえなければ、魔物の気配も全くない。

 戦いの形跡もないし、血の臭いもない。

 どう言う事だ?


 何か……おかしい。



《アスト、一旦村の入り口に戻らへん?

あんたの言う通り、なんか変や》



 急いで入り口まで走って戻ると、そこには予想外の事が起こっていた。

 僕は今目の前で起こってる出来事を脳で処理する事ができないでいた。

 どうしたらそんな事になるのか、暫く言葉が出てこなかった。



「お、おい……! 何やってるんだ!?」



 それは戦闘モードの姿をしたネファーリアが蛇のような尻尾で少女の首を巻きつけて殺そうとしていた所だった。



「ネファーリア!!」


「これは人間ではありません! 魔物です!」


「な、なんだって!?」


「お……おにい……た……けて……」



 ネファーリアはそう言うけど、少女は苦しんで僕に助けを求めている。

 この少女が魔物……? 人間に化ける魔物なんて今まで出会った事なかったし、この子に魔物が憑依してると言う事なのか?



「まさか、ここまで高い知能を持つ魔物がいたなんて。

わたくしも、初めて遭遇しました」


「ネファーリア、その子をどうするつもりなんだ?」


「この魔物は、人間に姿を変える特殊能力を持っています。

逃すと次、いつ見つけられるか分かりません。

ここで殺しておきます」


「あ……あぁぁ……おに……さ」


「もういい!! 苦しんでるじゃないか!!

ネファーリア!! やめてくれ!!」


「騙されてはいけません!

わたくしが魔族だから、信じられないのですか?」



 正直、僕はどうすればいいか分からなかった。

 ネファーリアの言う通り、この子は魔物なのか?

 でももし、全てがネファーリアの計算ずくなんだとしたら、この子は人間で今殺されようとしている。 

 絶対に見過ごす訳にはいかない。

 ただ、あの時のネファーリアの涙。

 僕と話していた時の表情はどうしても嘘だとは思えない。

 くそぉ……どうすればいいんだ。



「おに……いさん……たすけ……て」


「わたくしを信じて下さい!」


「くる……しい……よ」


「くっ…………フュリン僕はどうしたら……!」


《あたいはあんたを信じてる。

あんたが信じる方を信じればええんよ》



 セシルのあの時の言葉。

 僕の正義を貫く……。

 僕の正義は。



「ネファーリア……やってくれ」



 僕の一言でネファーリアは実行に移した。

 蛇のような黒い尻尾をグイグイと締め付けていく。



「あぁ……ぁ……く……る…………よぉ」



 僕は……君を信じる。

 あの時語った君の話。

 魔族は人間を襲いはしないって言った君の顔。

 

 僕は……信じてる!

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