第六話 信頼②


「あ……ぁ……ぅ」



 少女の体の色んなところから黒い霧が漏れ出し、その霧がネファーリアの尻尾をすり抜け、離れた所に集まりどんどんと人型に形作られていく。

 少女の体は霧に飲み込まれ真っ黒い霧に包まれた。

 人型をした黒い者は目らしきものが二つ、怪しく赤く光っている。

 こんな魔物、見た事ないぞ。

 全身の黒い霧がまるで溶けているかの様にポタポタと地面に落ちるとその地面から湯気が上がる。



「フシュシュシュ……。

キサマラハ、ダマセナカッタカ」


「しゃ、喋った!?」


「ニンゲント、マゾク、メズラシイクミアワセ。

ダガ、ワレラニトッテ、ドチラモエサダ。

クワセロォォ!」



 黒い魔物は雄叫びにも似た叫び声を辺りに散らしながら、過敏な動きを見せ、ネファーリアに向かって突進して行く。

 素早く右へ左へと飛び上がりながら、ネファーリアへと距離を詰めていく魔物をしっかりとこの目で捉えた。

 ネファーリアは動きを見極めようと身構えてるが、あの感じだと動きについていくのがやっとのようだ。



「ネファーリア!!」


 

 僕は咄嗟に拳聖のスキル【ブライトダッシュ】を使って一瞬の内にネファーリアの前に移動し、聖騎士のガードスキル【鉄壁】を発動し防御力を最大まで高めた後、黒い魔物の攻撃に備える。



「アスト!」


「グゥワァァァ!!」



 再び大きく雄叫びを上がると、黒い魔物の両手が巨大化して、ハンマーの様な形状に変わり、魔物自身も大きく飛び上がってそれを振り下ろして来た。

 こいつ……形状を自由に変えられるのか。

 僕とネファーリア、纏めて一気に仕留めるつもりだな。



「グダバレェェェ!!」



 ズゴォォォォーーーーン。

 落雷の様に周辺一帯に落とされた。

 ハンマーが叩きつけられ、地響きと共に衝撃が地を走る。

 まともに食らえば一発で終わってただろうけど、残念だったな。

 僕が、いや僕達がこんな攻撃を食らう訳がない。

 どうやら魔物は僕達の姿を見失ってしまってるようだけど、きっとハンマーの下敷きになってると思ってたんだろうな。


 まず僕は、魔物が勢い良く振り下ろしたハンマーを聖騎士の【ゴーレムアーム】で攻撃を弾いたんだ。

 落雷の様な衝撃はハンマーと【ゴーレムアーム】とがぶつかった時に起こったものだった。

 そしてその後、すぐさま拳聖の【ブライトダッシュ】で魔物の背後に移動。


 戦巫女のスキル【幻刀一閃】で抜刀の構えを取って、ありったけの魔力を乗せているところだ。



「ナニ……キエタ。

ソンナバカナ……タシカニテゴタエハアッタハズ……」


「こっちだよ! 黒い魔物!」


「ナ、ナンダト!?

イツノマニ、ソンナトコロニ……!」


「幻刀一閃!!」



 幻刀一閃は、刀がない状態でも使えるスキルだ。

 魔力の刃で素早く斬りつける抜刀術。

 一歩踏み出すタイミングで、相手の間合いへ瞬間的に入る【神風】が追加効果として自動発動すると言う凄技。

 魔力が大きく消費されて、連発する事は出来ないからこれを使う時は一撃で仕留めるつもりで使うんだ。


 スパァーンと黒い魔物に一撃を刻むと、魔物はまた大きな叫び声を辺りに撒き散らす。

 黒い魔物は綺麗に真っ二つになるが、直ぐにまた傷が繋ぎ合わさり元に戻る。

 けどこれも実は想定内だ。

 こう言った霧で出来た魔物は完全に消し去るまで再生し続けるって言うのは経験値からの予測。


 だから幻刀一閃は囮。


 本命は……。



「アーダ・マリアーダ・ラファルジュ・リノ・アーダ・ラー!

霊神ヴァルガントよ! 我の敵は汝の敵!

我が剣となりて 彼の者に裁きの炎を与え給え!


竜炎霊気砲(イダルアード)!!!」



 空から魔力で形作られた火竜が黒い魔物に向かって、落ちてくる。

 これは超魔力によって霊神の力を顕現させる超々高等魔術【霊神術】だ。

 超魔力を保持する魔族の為にあると言うくらい、下手に人間などが唱えると身を滅ぼしてしまう事から、禁術に指定されていて賢者のさらに上のクラス、大魔道士クラスでも一発発動するのがやっとだろう。

 霊神術を使ったのはネファーリアだった。



「ナ……ナニィィ!?

グゥゥゥベェェアガボアガベベア……べ……ァ……」



 竜炎霊気砲(イダルアード)は黒い魔物に直撃し大爆発した。

 僕やネファーリアにまでその爆発は拡がったんだ。

 霊神術はロックした対象にのみ影響を及ぼす術でそれ以外は全て結界によって守られる。

 だから、僕達はおろか周りの家や木々なんかも全く無傷なんだよな。

 超々高等魔術さまさまだ。 そして黒い魔物は完全に消滅した。

 フュリンも喜びを隠せないのか、僕の中から飛び出し、ガッツポーズをして笑みを見せてくる。



《アスト! やったなー!》


「あぁ!」



 空からスッと降りてきて戦闘モードを解除するネファーリア。

 「人間の姿に戻った」って言い方が合ってるかどうか分からないけど、美しい人間の容姿に戻った。

 ネファーリアの協力なしにこの勝利は無かったと思う。

 僕はその旨を伝えようと、喉元に言葉を用意していたんだけど彼女の表情を見てそれを飲み込んだ。

 何やら驚いている様子だけど、どうしたんだろう。



「アスト……」


「何かあった?」


「わたくしに何をしたんですか?」



 そうか、それに驚いてたんだな。

 黒い魔物が大きなハンマーの一撃を繰り出そうとしていたあの瞬間、ネファーリアに才能の種を与えたんだ。

 僕はこれを【シード】と名付ける事にした。

 彼女に与えた【シード】は〝霊神術士〟の才能。

 【シード】を与えた後、彼女にこう告げた。


 〝僕が隙を作るから、思い切り今できる最高の技をぶつけてくれ〟と。

 そしてネファーリアは霊神術【竜炎霊気砲(イダルアード)】を唱えたって経緯だ。

 【霊神術士】の【シード】を彼女に与えた事で才能が開花して霊神術を使えるようになったって事だな。

 だから急にこんな術を使えるようになったからびっくりしたんだと思う。

 そう彼女に伝えた。



「それが……貴方の能力なのですね」


「導師の力だよ」


「導師の力……何だか魔導神様のようですね」


「魔導神様?」


「魔族を導くと言われる神様です。

貴方達人間にも神がいるように、魔族にも神がいるのです」


「そっか。

魔族は自分の力のみ信じてるって思ってたけど」


「勿論、そう言う魔族もいるでしょう。

人間にもいるように、魔族にも色々といるのです」



 そうなんだな。

 益々僕達と変わらない事に拍車がかかったな。

 違うのは容姿ぐらいなのかもな。



「ありがとうございます」



 と、突然僕に向かって礼をするネファーリア。



「え?」


「わたくしの事を信じていただいて……嬉しかったです」



 そう言ってほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。

 ように僕は見えた。

 本当にうっすら少しだけニコッと。

 勘違いだったかも知れない。 言葉を聞いて僕が無意識に勝手に妄想しただけなのかも。

 でも、それでも凄く嬉しかった。

 

 今回の件で一歩近づけたような気がした。

 人間と魔族が手を取り合い共に生きていくと言う新しい運命の道をこの時確かに感じたんだ。

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