第三話 魔物化(ロスト)

 

 魔族と言う存在を誤解していたのかも知れない。

 大切な人を失った悲しみ、そして奪った者への憎しみ、何一つ違うところなんてなかった。 人間と全く同じだったんだ。

 ネファーリアはどうして父を殺したのかと僕に問いかけてきた。



「ザングレスは罪のない人間を次々と殺してきた。

放ってはおけなかったんだ」


「嘘です!

先に仕掛けて来たのは、貴方達人間ではないですか!

魔族は、何もないのに人間を襲うなんて事絶対にしません!」



 ネファーリアから大粒の涙が溢れ零れた。

 彼女の涙に嘘は見えなかった。 だから物凄く困惑してしまう。

 僕達は今までずっと魔族は絶対悪、人間にとって害でしかないと教わって育って来た。

 でもネファーリアの話が本当なら、本当の魔族は友好的なのかも知れない。 そして何故こんな嘘を教わってきたのか。



「貴方達人間は魔界に疫病を流行らせ、絶滅させようと企んでるんじゃないんですか!?」


「疫病?」


「魔物化(ロスト)の事ですよ。

貴方達が魔界を汚し、魔力を奪い取ったから……」



 つまりこう言う事か。

 人間が何らかの形で魔族から魔力を奪い取り、奪い取られた魔族はロスト、つまり魔物と化すと言う事なのか?

 もしそうなら、一体誰がそんな事をしたんだろうか。



「ネファーリア、僕は知らない事があるみたいだ。

このまま僕を殺してくれても構わないけど、もし許されるなら真実を追ってみたい」


「何を今更!」


「お互い誤解をしているところが、あると思うし

僕達なら本当の関係を築けるかも知れない。

真実に辿り着いた時には、その時は君の好きにして構わない」


「随分都合が良いんですね」


「君の気が変わったらいつでも殺せるように、一緒にいればいいし、君も知りたくはないのかい? 本当の真実を」


「本当の……真…………ぅぅぅあぁぁぁ!!!」


「ね、ネファーリア!? どうしたんだ!?」



 体を抱え苦しみ悶えるネファーリアは、同じ女性のものとは思えない程、地を這う様な断末魔の奇声を上げた。

 地面に転がり体が震えている。 明らかに苦しんでいる様子。

 どうしたら……どうすればいいんだ。



《アスト! 彼女の魔力が空っぽや!》


「なんだって!? 魔力が!?」


《何でか分からんけど、急激に魔力が減ったみたいや……。

なんでや……何でこんな事に……。


ま、まさかこれは……アスト!》


「魔物化(ロスト)か!?」



 このままだとネファーリアは魔物と化してしまうのか。

 ダメだ、そんな事はさせない。 とは言ってもどうすればいいのか。

 落ち着いて考えろ。

 魔物は魔素が多い所に出現する。


 魔族が魔物化(ロスト)して魔物になるんだったら、魔族にも何らかの作用があるはずだ。

 もたもたしてられない。 こうしてる間にも彼女は悶え苦しんでいるんだから。



「魔素を集めよう!」


《魔素……そうか!

魔物は魔素の強い場所を好む! そこに連れて行けばもしかしたら!》


「いや、もう連れて行くだけの時間も無さそうだよ。

ここに魔物を集めて魔素を発生させる」



 魔物は人間の血の臭いに敏感だから、もっと血を流せば……。

 刃物は持ち合わせてないし、ここは魔術を使って……。



「疾風刃(フウザ)!」



 風属性初級魔術だ。 僕の体は疾風の刃で切り刻まれる。

 でもこの程度じゃ中々魔物は集まらない。

 さっき知った導師の本当の力に、まだ馴染んでない事もあって、中々高レベルのスキルが発動出来ない。

 もっとだ。 もっともっと血の臭いを。

 【疾風刃(フウザ)】を連続的に唱え続け、全身を切り刻む。



「ウガァァ!」


「ガゥ! ガウガウ!」


「ギギィ……ギギィ!」



 魔物が集まって来たな。 多く密集すると魔物達は魔素を生み出す。

 そして魔素が強くなると、魔物は凶暴化し能力が上がるんだ。

 だから同じ魔物でも魔素の多い所にいる魔物の方が強い。

 この事から魔物にとって魔素は力の源なんだと思う。 だからこそ魔族にも良い効果があるはず。


 横たわって痙攣していたネファーリアに覆い被さるように包み込んで、魔物から彼女を守る。

 今更気づいたんだけど、どうやら魔物は魔族も関係なく襲うようだ。

 放っておけば、周りの魔物の餌にされてしまう。

 彼女が元に戻る事を願って、僕はただひたすら魔物の攻撃に堪える。



「ぐぐぅ……ぅぁ……ど…………して」


「君を……魔物になんか……させ……ない!」


《アスト!

あんた……このままやとあんたも無事じゃ済まへんねんで!


助けたい気持ちは分かるけど。

くそ! あたいはただ見てるだけしか……》







 僕が次に目が覚めた時は、魔物はいなくなっていた。

 あれ? 僕は確か彼女を庇って……。

 地面には僕だけが倒れている。 彼女の姿はなかった。

 傷も治ってるし、一体どうなったんだ。



《よかった〜! 目が覚めたんやなぁ……アストォォ〜》



 丁度僕の目線の高さでホバリングしているフュリンの姿があった。 小さな羽を小刻みに動かしながらうるうるした瞳で僕を見つめる。

 心配かけたなフュリン。



《ほんまやで! あんな無茶して!

あんたが死んだらあたいも死ぬんやからな!

でも無事でよかった……ほんまによかったぁ……》


「もう泣くなってフュリン。

僕は大丈夫だからさ。 それで彼女はどうなった?」


《彼女なら空や。 魔物が来ーへんか言うてバサバサ空に飛んでったわ。 なんか見張ってくれてたみたいやな。

魔力が戻ってすっかり元気になってるわ。

あんたのおかげやね!》


「そっか」



 自然と笑みが溢れてくる。

 よかった。 元に戻ったんだな。

 夕焼けの空にネファーリアの姿が小さく見える。

 暫くすると僕の姿を見つけ、空から降りて来るなり僕の顔を見つめながら、彼女から切り出して来た。



「凄い治癒力ですね。 あんなにボロボロになっていたのに」


「僕も今知ったんだけど、フュリンのおかげみたいだな。

僕はフェアリーと契約していて、彼女の能力の恩恵を受けられるんだ。

ここまでの治癒力があるのも、彼女のおかげさ」


「契約……。 そうですか。

無事のようでよかったです」


「君の方こそ、もう大丈夫なのかい?」


「はい、貴方が集めて下さった魔素を上手く魔力にして取り込めたようです」



 あの、と目線を落としながら続ける。



「何故……敵であるわたくしを助けたのですか?

貴方を殺そうとした魔族なのですよ?」


「分からないんだ。 咄嗟だったから。

君こそ、僕を殺そうと思えば殺せたはずなのに

どうして殺さなかった?」


「わたくしも、知りたくなったからです。

貴方の言う真実というのを」


「……そっか」


「貴方と共に暫くいようと思ってます。

でも忘れないで下さい。 貴方は父の仇という事を」


「あぁ。 よろしくなネファーリア」



 さてと、もうすぐ日が暮れる。

 今日は野宿して明日の朝、ラムリースを出よう。



《あたいらが目指すのは隣国エスハイムやでアスト!

ここはまだラムリース領やから今日野宿するんやったら、くれぐれも気をつけなね!》


「うん、分かってるよ」


「何ですか?」


「あ、いや……」



 つい口に出してしまってたか。

 フュリンとのやり取りは僕にしか分からないから、ネファーリアからすれば、自分に話しかけたように見えるよな。

 魔王討伐の旅に出た頃も、仲間に変な目で見られてたっけ。

 フュリンと会話をする時は気をつけないとな。

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