第二話 思わぬ遭遇


「ここは……どこだ?」



 眠っていたのか? 何がどうなったのか思い出せない。

 思い出そうとすると頭がズンズンと痛む。

 僕はどうやら木の幹にもたれかかって眠っていたようだ。

 目の前はどこかへと続く街道らしき道が続いているけど、ここは一体何処なんだろう。

 ただ、幸い僕の意識の中にはフェアリーのフュリンがいる。


 彼女に聞けば何か答えてくれるに違いない。

 僕が〝フュリン〟と呼びかける前に、タイミング良くフワッと僕の前に現れた。

 現れたと言っても他の人には見えないし勿論聞こえもしない。

 何故なら僕の意識が現実の世界に投影しているだけだからね。



《ま〜あんな事があったんやから、覚えてなかっても無理ないやろなぁ》


「あんな事……?」


《その話はまた落ち着いてからした方がええよ。

それより今大事なんは、あんたは追放されたって事や!》


「追放……なんとなく覚えてるよ」


《ほんまに?

アストは勇者偽証の罪でラムリースから追放されたんやで。

ほんで今、お隣の国に向かってるとこや》


「……僕はどうやってここまで来たんだ?」


《セシルがあんな事になって、さらに嘘つきやって国中のみんなから言われて追放されたんやもん。

あんたはヘトヘトに疲れてここに倒れてそのまま眠ってもーたんやけど、あんな辛いのは思い出さんでいいんよ……》



 段々と意識がハッキリして来たぞ。

 ここへ来るまでにすれ違う人に罵詈雑言を浴びせられ、石なんかも投げられてた気がする。

 でも、こうなる事は罪を認めた時から分かってた。

 そしてセシルに何が起こったのかも思い出した。



「セシル……そうかセシルは……くそぉ!!」


《うん……ごめんアスト。

あたい、何もしてあげられへんかった。

ずっと黙ってた……》


「何で君が謝るんだよ。 セシルの事は僕のせいだ」



 アーキノフは僕の目の前で命じた。

 あの時の事を思い出すと、セシルの光景が目に何度も焼きついて心臓が潰れそうになる。

 平和を望んでいたラムリースの国王が僕の大切な人の命を……。


 怒りが、憎しみがジリジリと込み上げてくる。

 僕はこれまで世界の平和の為に戦ってきた。

 誰かの為に戦って来たんだ。

 でも今日からは自分の為に戦うと決めた。

 絶対に許さない。この報いは必ず受けてもらうぞアーキノフ。



《ん? なぁアスト……なんか空から近づいて来てるんやけど》


「空? どこ?」


《凄い魔力や……! アスト気をつけや!》



 ズドォォォーン。


 大きな爆音と砂煙が辺りに舞った。

 なんだ? 魔物か? でもこの魔力は……。

 頭には二本のツノに、背中には四枚の黒いコウモリの様な翼。

 蛇のような顔を持つ尻尾がシュルシュルとその者の右脚に巻き付いた。


 それ以外は人間の姿をしているんだけど、一応服は着てます程度にしか身につけていない薄着ヘソ出しルックにも関わらず立ち振る舞いは見た目とは真逆で清楚だった。

 あれは服なのか、或いはそう言う模様の肌なのか……。

 煙が邪魔をしてハッキリ見えないけど、目の前には女性と言っていいのか、それでもやっぱり人間ではなかった。


 

「魔族か!?」



 砂煙が落ち着き姿がハッキリと確認できると思って注意して見ていると、それは急に攻撃を仕掛けて来た。

 と言っても僕には戦闘能力はない。

 僕は勇者の力が失われ、導師の力が身についたんだけど、主となるスキルはサポート、それも自分自身には使えないものなんだ。

 だから僕には戦う力がない。


 ただ、強敵という事は分かるから今の僕に出来る事と言えば、身を守る事ぐらいしか出来なかった。

 反射的に目を瞑ってしまったけど、この瞬間に気づいた事があった。

 僕は自分の能力を誤解していたんだ。

 導師の力は能力をパワーアップさせるものだと、そう思っていた。

 だけど目を開けてみると、僕は聖騎士のガードスキルを使って攻撃を防いでいたんだ。



《アスト……あんたそのスキルって……

ゼノスがよく使ってた聖騎士のガードスキルちゃうん!?》



 そうだ。 僕は今聖騎士のスキルを使った。

 聖騎士だけじゃない。 恐らく拳聖、賢者、戦巫女のスキルも使い熟せる。

 こんな事が出来るなんて……導師の力は相手を強くするだけじゃなかったんだ。


 種を植え、芽が出て作物が育つ様に、僕はいつの間にか才能を仲間に与え、その才能が育ち育った才能を〝収穫〟して自分の能力として吸収する。

 つまり、聖騎士や拳聖、賢者、戦巫女と言う才能は僕が与えたのだと言う事。

 考えてみれば、みんな初戦が終わってびっくりしていたな。


 あの時はみんなで力を合わせたからだと思ってたけど、彼らの能力は、僕が才能という形で種を与えてたんだ。



「見つけましたよ。 アスト・ローラン」


「!?」



 この魔族が僕の名前を知っていたのにも驚いたけど、一番驚いたのは彼女の顔が、セシルに似ていた事だった。

 姿は魔族だけど、顔と声はセシルと瓜二つだった。

 思わず「セシル」と呼んでしまいそうで、攻撃をやり過ごしながらも僕はとてつもなく動揺してしまった。

 もう二度とこの目で見る事はないと思っていた矢先に、今回の遭遇。


 ……何を考えてるんだアスト。 相手は魔族だ。

 お前の敵なんだぞ。 殺らなければ殺られるんだぞ。



「分かってるんだ。 でも……」


「よくも! わたくしのたった一人の肉親を……!」


「肉親? 君は一体……」



 大きく回転しながら僕から距離を取り、火属性魔術である【烈炎弾(レギア)】を数発撃ってきた。



「貴方は父の仇です!」


「な、なんだって……!?」



 拳聖の能力に切り替え、僕は素早く燃え盛る火炎の塊を右左に避ける。

 僕が考えるよりも先に体が反応してるみたいで不思議な感覚だな。

 って感心してる場合じゃない。 今はそんな事よりも、父の仇だと彼女は言ったんだ。


 これまで魔族とは何度も戦って来たから、その中に彼女の父親がいたと言う事なら僕は彼女の父親を奪った人間という事になる。

 そうか、父親を奪ってしまったんだな。

 その事に関しては人間も魔族もないよな。

 と、僕が気を逸らした一瞬を狙って彼女が蹴りを放って来たけど、それもちゃんと見えていた僕は、間一髪のところで腕で弾く。

 凄い。拳聖の能力は反応力も凄まじい。



「わたくしの名は、ネファーリア。

魔界を統べる魔王ザングレスの娘です!」


「ま、魔王ザングレスの娘!?」


「お父様の仇! 人間! 殺してやります!」


「そうか、君は魔王ザングレスの娘なんだな。

分かったよ。 好きにしていい」



 魔王ザングレスは多くの人間の命を奪った。

 人間側からすれば死んで当然だ。 でも魔族にも人間と同じように家族と言うものがあるんだな。


 なら僕は君の親を奪った人間だ。

 奪われた悲しみは奪われた者にしか分からない。

 セシルを奪われた悲しみは果てしない。 だからこそ僕は受け入れる事にした。 アーキノフへの復讐は果たせなかったけど、ネファーリアの悲しみは、少なからず今の僕には分かってあげられるから。


 僕は戦闘態勢を解き無防備状態を作った。

 彼女の瞳には人間と同じように涙が浮かび、それと同時に大きな憎悪、殺意を感じる。

 ネファーリアは物凄いスピードで僕を殴り続けた。

 何度も何度も、憎しみや悲しみを込めて。



「はぁ……はぁはぁ……」



 痛みなんて感じない。 いや、痛すぎるあまり感覚が麻痺してきたのか、どっちにしても僕はまだ生きている。

 そして攻撃が止んだ。 ネファーリアは倒れている僕を睨みながら、ただただ涙を流している。



「貴方がもっと……残酷な人間ならよかったのに」



 ネファーリアはそう言うと、膝から地面に崩れ落ちてしまった。

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