第13話


「…知らぬ男に抱かれるのはさぞ怖かったろう……痛かっただろう。すまない。こんな無茶をしてまで、」


すべてはユウキのためにやった事。

彼の慈愛で嫌悪感は薄れ、腕の中で子供のように泣きわめいた。こんなに泣いたのは、浮気されたときでさえ無かった。


しばらくして落ち着くと、椿はユウキの着物を握りしめながら心の中で死闘を繰り広げていた。


「…これで、ユウキ様は自由です」

「ありがとう。本当にありがとう……」


これで、役目は終わった。

椿は、現代に帰らなくてはならない。

やっと帰れる、なんて気持ちはなく、ユウキのそばに居たくて仕方がない気持ちで溢れかえっていた。

椿の頭の中はこんがらがり、自分がどうしたいのかすら分からなくなっていた。


「俺も…椿と街を歩けるんだな…。いつでも椿と会えるんだな」


涙ぐむユウキに、椿が口を開く。


「…私は、どうしたらいいでしょうか」


先程までの涙とは違う、何か悲しい思いを含んだ涙にユウキは再び動揺する。


「…お前は俺と生きるんじゃないのか」


さも当然のように言うユウキに、嬉しさが込み上げてくる。


「私だって、そうしたい。でも……私は、ここの人間じゃない」

「どういう事だ……分かるように説明しろ」


椿によって次から次に落とされる爆弾に、ユウキは頭が痛くなってきた。


「わたしは、…はるか遠くの、未来から、来たって…言ったら信じて、くれますか」


今度は、涙のせいで視界が滲むもユウキの目を見ながら、笑った。


「…そうだな。じゃあお前は、ここにいろ」


あまりに非現実的な話で、ついに匙を投げたのだろうかと疑いたくなるほどあっさりとした返事に、涙は一筋で止まった。


「…最初から、変だとは思っていた。口調といい態度と言い、明らかにここの人間では無いことはすぐに分かった」


まさか最初から怪しまれていたとは。

ユウキの話にあっけらかんとしてしまう。

素っ頓狂な椿の顔を、ユウキの綺麗な長い指で輪郭を沿うように撫でる。


「でもまさか、未来からとはな……。通りで意味のわからない言葉が多数ある訳だ」


気をつけてはいたものの知らず知らずのうちに現代の言葉を使ってしまっていたようだった。

16年や7年での習慣は1年やそこらでは抜けないらしい。


「…未来に帰るのを迷っているのならば俺と居ろ。俺を買ったのは椿だ。買主が居なくなっては、俺としても迷惑だしな」


あえてなのか本心なのか、はたまた照れ隠しなのか上から目線で言うユウキに、思わず笑いが込み上げてくる。


「…はははっ!そうですね!!」


そんな椿の笑顔を見て、ユウキも目を細めて歯を見せて笑った。


「ははっ!やっと笑ったな」

「…」


途端に恥ずかしくなった椿は、無言になってしまった。


「…なぁ、椿」

「なんでしょうか……」

「椿は、俺を買ってくれたんだよな」

「そ、そうですね…あんまり言い方よくないですけど」

「なら、今は存分に味わせろ」


心の傷も、体の傷も、ユウキにかかればあっという間に癒えてしまう。

未来に残してきた友達や家族には申し訳ないと思いつつも、椿は愛を知ってしまった。


「…椿、名前、よんで」

「ユウキ様…?」

「違う……源氏名ではなく、本当の名前で。お前にだけは教えたろ?」

「…雪、」

「もっと」

「雪……雪」

「椿。愛してる。お前が嫌って言っても、もう離さない」


椿は、生まれて初めて幸せを感じて、涙を流した。



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