第12話
椿にとっては言えるわけなかった。
「…大丈夫ですから!」
「会話になってねぇよ」
ついに呆れたユウキは、無理やり椿の顔を上に向かせて、視線が合うように大きな手で椿の頬を挟んだ。
「……まさか、お前。売ったのか、自分を」
「……っっ」
「応えろよ。なぁ!!」
ユウキなりに試行錯誤考えた結果だろう。
髪の毛は短くなり、体には無数の傷跡、そして痩せた体と慌てた態度。
「……」
「無言は、肯定ととるぞ」
「…………ごめんなさい……ごめんなさい」
椿も違うと言いたかった。けれど事実で、嘘をついてもなんの得にもならないと分かって、何か言いたくても、出てくる言葉は謝罪だけ。
それが何を意味するかを知ったユウキは、1度椿から離れ、そばにあった机に肘をついた。
「……はぁぁぁ……なぜそんなことをした」
1番知られたくなかったユウキに、墓場まで持っていくはずの事がバレた。
深い深いため息で、椿の心臓は痛んだ。
よく少女漫画とかで、主人公が胸を抑える場面があるが今なら、その気持ちがよく分かった。
飽きられた。汚いと思われた。軽蔑された。
胸の痛みからか、涙が溢れてきた。
「……悪い。お前を泣かせるつもりはなかったんだ」
ユウキは罰が悪そうに、胸を抑える椿を抱きしめた。
「…でも、なんでそんなことしたんだ」
「……身請けの……」
「待て。なぜそこで身請け金の話が出てくるんだ」
ユウキはてっきり、自分に飽きて愚行をしたと思って居たのに、身請けという言葉が出てきた瞬間、嫌な汗が吹き出る。
椿は片手で胸元の着物を握りしめ、もう片手で口元をおさえて喘ぎ声をおさえて、感情を殺そうと必死に繕っていた。そんな椿の事をお見通しだと言うように、ユウキはさらに強い力で椿を抱きしめる。
「……まさか、身請け金の、俺のためにこんなことをしたのか…」
こくり、とユウキ腕の中で小さく頷くと再び深いため息。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
椿は謝罪を口にしながら、これほどユウキに嫌われることを恐れている自分に気づいた。
誰でも、好きな人に嫌われるのは怖い。
しかも椿は、最近…といえど1年前に現代で好きだった人に盛大な浮気をされていた。
「…なぜこんなことをしたんだ。バカか……!俺は、お前に……椿にだけは無理をして欲しくなかった!だから、口が裂けてもお前に身請けしてほしいなんて言えなかった!」
「…私は、」
「知っている。椿はそんな俺の気持ちを分かってやったんだろう?……けどこれじゃ、俺たち遊郭の人間と変わらないじゃないか……」
「…」
ユウキとの間に流れる沈黙がこれほど気まずかったことは、過去に一度もない。
それに耐えきれなくなった椿は、余計なことは言うまいと頭で数少ない理性を働かせて、口を動かした。
「……私のこと、もう、きらいですか」
「バカか…俺はお前がここに来なくなってから椿のことを考えない日はなかった。それほどまでに、椿のことが好きだ」
「…わたしは、汚いですか」
「なら逆に聞くが、お前は俺のことが汚いと思うか?」
体を離した目の前のユウキの顔は、ひどく傷ついた少年の顔をしていた。
「俺はお前と出会うよりもずっお前から、色んな女を抱いてきた。お前が汚いのならば俺はなんだ?」
「そ、それと、これとは話が」
「同じだ。俺からすれば椿は眩しくて綺麗なままだ」
食い気味に答えたユウキは、眉をさげて困ったように笑った。
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