第11話
「…会いたかった。椿」
部屋と廊下の狭間でいつまで抱き合っていただろうか。やっとその事に気づいたユウキは、椿をユウキの匂いが染み付いた明るい部屋へ通してくれた。
ユウキは、自分で襖を閉めるべく椿を先に部屋に入らせた。そして、違和感に気づいた。
「…椿、お前やつれてないか?平気か?髪の毛も、切ったのか……」
「そうです!切っちゃいました!似合いますか?」
何もかもを悟られないように気丈に振る舞う。
「…あぁ。よく似合っている。お前は、何をしても、綺麗だな」
上から降ってくる甘い声と甘い匂いに、頭が麻痺しそうになる。耳元で聞こえるユウキの息遣いと心臓の音で、これだけ安心してしまうのは椿にとって後生にも彼だけだろう。
「…というかお前、なんでこんな時間にここへ入れたんだ?もう接客の時間は過ぎてるはずだ」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、椿は満面の笑みをユウキに向けるだけだった。
「なんだよ言えよ」
「実はですね……私、あなたを身請けすることになりました!」
恥ずかしさと嬉しさが相まって、椿は立ったまま手を後ろに組んで左右に揺れる。
「…………は?……身請け?……お前が?……俺を……………………?」
「そうですよ!!これで、ユウキ様は自由ですよ!!」
人は、あまりに予測不可能な事が起こると頭が働かなくなるらしい。現にユウキも思考が停止し、働かせるためにあぐらをかいて座り込んでしまった。
椿もユウキの反応がみたくて、ユウキの目の前で正座をする。
「……お前が……俺を……」
「ここから出て自由に生きる事が、あなたの…雪様の願いだったのでしょう?」
「あぁ……あぁ!…本当に……言葉にできないくらい、嬉しい」
再び抱きしめられ、肩に顔を埋められたせいで顔は見えないが、ユウキから発せられる弱々しい少しくぐもった声から、泣きそうなほど嬉しいのだと分かった。それだけで、その表情を見れただけで、椿は満足だった。
「…でも、お前どうやってこんな大金…」
「野暮ですねー」
「……いいから応えろよ。どうやってこんな金集めたんだ」
先程までの弱々しい姿は何処へやら。急に何かを悟ったユウキは、椿の肩を掴み顔を上げる。
「いいじゃないですか。ここから出られるんですから、そんなことは」
「なぜはぐらかすんだ。やましい事があるのか……!なんだ、この手首のあざ」
膝の上に置いていた手からは着物が上がり、肘下まで肌が見えていた。
慌てて着物で隠すも、それは逆効果だったと気づいても、すべては後の祭り。
「な、なんでもないです」
「なんでもないならなぜ隠す!?よく見れば首にも傷が…!」
「なんでもないですってば!」
人間、悟られたくないことや隠し通したい事がバレると語尾が強くなるらしく、典型的に椿もソレだった。
「…なんでもないなら、俺の目を見て言えよ」
椿はユウキの言う通り、アザを指摘されてから斜め下を見ていた。こんな態度…嘘です、って言ってるようなものだった。
「…こ、これは、少しドジ踏んだだけです!」
「ならこの首の傷は」
「……じぶんで、やったんだと思います」
「それを、俺の目を見て言え」
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