第10話

永遠にも等しい地獄の時間が終わっても、しばらくは心の傷が癒えなかった。

けれど、全ての感情に蓋をして椿は、雪をあの監獄から逃がすために金を持って遊郭へ走った。


「あの」

「すいませんお客さん、今日の時間はもう……ちょっとお待ちください!」


幼い禿の男の子が椿の顔色を伺うように腰を低くしてそう伝えるが、椿の手に持っているものを見て察したのか店の奥に消えた。


「…中にお入り」


店主のおじさんは営業時間外にも関わらず、椿を客間にあげた。


「……で、誰を買いたいんだ?」


先の禿や、椿の持つ荷物から何をしに来たのかはある程度は分かっているのか、世間話もなく単刀直入にそう聞かれた。


「ユウキ様です」

「ほぅ。ならば…」

「これで足りますか」


店主が値段を言う前に、持っている半分の金を目の前に差し出した。これで足りないことはもちろん分かっている。ただの駆け引きだ。


「これじゃ足りん」


半分と言えど結構な値段が麻袋には入っているが、1分ほどで中身を確認したのか顔を上げて椿に言う。


「これでどうでしょう」


今度は、さらにその半分を差し出す。

この値段でいければラッキー程度にしか思っておらず、足りないと言われることも分かっていた。同じくらいの時間が経つと、やはり足りないのか、何を言うでもなく店主は顔を上げてしかめっ面をする。


「…これで、私の持ち金は全部です」


有り金全部を差し出せば、店主はなぜか目を見開き、椿を見る。


「…まぁ良いだろう」


将来的なユウキの売上だ、と言って店主はそのまま椿が差し出した有り金を全て持って、どこかに行ってしまった。

結局、すべて金で解決してしまった。


人をお金で買うことに罪悪感はありつつ、店主の許可がおりたことに一安心。



数分待っていると、部屋の襖を開けたのは店主ではなく先程、椿の相手をしてくれた禿だった。


「椿様、こちらへ」


年下とは思えない至極丁寧な言い回しで、禿は椿をユウキの部屋へと案内する。

椿も久しぶりの場所で、テンションが上がるのが分かる。しかし、先程までの自分の行いを思い出しては心臓を握りつぶされたような痛みで、我に返る。


禿は、ユウキの部屋の前で止まり、あとはお好きなようにとでも言うように、ニコッと笑って来た道を戻った。


「…そこにいるのは誰だ。悪いが今は1人にしてくれ」


気配を感じ取ったのか中から当分聞けなかった大好きな人の声を聞き、なぜか涙が出そうになった。

涙腺は緩くないどころか、感動映画でも泣かないほどガチガチのはずなのに、こんな時には泣きそうになってしまう自分が不思議だった。


「…私です。椿です」


名前を名乗ると、しばらくの沈黙の後目の前の襖が勢いよく開かれ、愛しい人と目が合った。


「…椿?ほんとに…椿なのか」

「…お久しぶりです。ユウキさ」


名前を呼んだ瞬間、遊郭特有の甘い匂いに包まれ鼻の奥がツン、とした。

……違う。決して、泣きそうな訳では無い。


「ほんとに。ほんとに…。椿なんだよな……急に来なくなるから、俺もう……飽きられたんだと」

「私が貴方に飽きるわけないじゃないですか」


半年前とは変わらず、男らしい筋肉質のがっしりした体と、この匂い…。他の男に抱きしめられても嫌悪感しか抱かなかったのに、ユウキとは会えるだけで幸せというものを感じる。




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