第9話
髪を売った椿が次にしたのは、水商売。
遊郭なんかよりも遥かに金をぼったくる代わりに、若い女の体を提供するというもの。
暇と金を持て余したおじさん達は、そういう欲を求め始める。その欲を満たすため、椿は好きでもない男と体を交わらせる。
1日目は、紳士風を装ったおじさんだった。
しかし、いくら見た目が良いと言えど好きでもない男に抱かれ、嫌悪感を抱かない女はいない。現代に帰りたい。友達に会いたい。家族の元に帰りたい。ユウキに、雪に会いたい。
2日目は、奥さんも子供いる和服のおじさん。
既婚者だろうがなんだろうが、こちらとしてはもうどっちでも良かった。どうせ1晩だけなのだから。今日の相手は気性が荒く、少しでも抵抗を見せれば暴力を受けた。痛かった。
遊郭から出られない雪に、檻の中にいる雪に、助けを求めてしまう自分がどこかにいた。
3日目は、貴族の人だった。
珍しく若めで爽やかな印象を受けたが、それも印象止まり。中身はただの中年男性に変わりはなかった。
同じ男なのに、雪に抱きしめられるのより気持ち悪く思ってしまう。
毎日毎日飽きもせず、雪のことを考えてはこんな弱い自分ではダメだ、と言い聞かせる。
「私が、わたしが……弱くない。私は強いんだから。雪を自由にしたら、わたしも現代にかえるんだから。家族がいるんだし、友達もいるんだから……」
布団に黒いシミを作りながら、暗示のようにそう唱えていた。
こんなことを初めて、気がつけばあっという間に時は経ち、この時代に来て半年が経っていた。おかげでお金もだいぶ溜まり、目標まであともう少し、というところまで来た。
昼間はいつも通り茶屋でバイトをしているため帰りは必ず『まきや』と書かれた遊郭の前を通って帰路に着く。
待っててね。
テレパシーでも使えたらな、と鼻で笑いたくなる冗談を考えながら遊郭の前を通り過ぎる。
そして、今日は最後の夜の仕事へでかける。
最後の最後。
椿は運がいいのか悪いのか。
最後の相手は、夏休み前に振られたはずの元カレだった。
いや、違う……。
顔だけは元カレにそっくりだが、しゃべり方や性格は全く違う。それはそうだ。同一人物なわけがない。
椿と同世代ながら、椿の一晩を買うほどの金持ちということは、どこかのお偉いの息子なのだろうか。ならば、優しく丁寧なのではと、滅多にしない期待をしてしまった。
やはり、と言うべきか。
期待を裏切り優しくもなければ丁寧でもなく、むしろ乱雑で椿の事を性処理道具にしか思っていない事が、初手から伝わってくる。
目からは涙がとめどなく流れ、口からは悲鳴しか出なかった。
「やだっ…!やっ……!!ぃたっ…!」
「っるせぇなぁ」
感情のない声が聞こえた途端、手首を押さえつけられ骨に痛みが走る。
「道具が喋ってんなよ」
手首が離されたかと思えば、今度は右頬に痛みが来た。叩かれたとわかった時には、もう絶望しか無かった。今日で終わりにしようと思っていたこの仕事だが、今日で人生そのものの終わりを告げたくなるほど、辛かった。
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