第6話


あの日から遊郭に通いつめて、3ヶ月と2週間。毎日とまではいかずとも、頻繁に「まきや」に出入りするようなった椿は既に常連客だった。


「今日も来てくれたか。嬉しいよ」


訪れる度、胸の高鳴りが激しくなる。

会えない期間は、胸が苦しくなる。

これをなんと呼ぶのか知らないほど、椿も子供ではなかった。


「また君の話を聞かせてくれ」


椿は、ここへ来る度に最近の出来事を話していた。嬉しかったことや美味しかったもの、友達の話や、ちょっとした女将の愚痴など様々。

それを聞いている時のユウキの顔は、儚いという言葉が良く似合う。


「そしたら友達がその人を殴り飛ばしたんです!ふふ…今思い出しても面白い…」

「…君の見る世界は大層、眩しいのだろうな」


椿の黒い髪の毛をさらりとひと撫でして、今度は悲しそうな顔をうかべるユウキ。


「ユウキ様も、一緒に見ますか?」

「あぁ。本当にそうしたい」


でも、それは叶わぬ願い。


「なんてな。椿の話だけで、俺の心はいっぱいだよ」


時々目にする、彼の悲しそうな顔。



ユウキ自身は、決してこの檻からは出ることが出来ないと分かっているからこそ、彼女を愛して縛ってはいけない、と椿を思っているからこそ。

(椿に身請けをしてほしい)。

なんて、口が裂けても言えなかった。

一生をかけても返済し終わらないという借金を女に払わせるなど、傲慢も甚だしい。


身請け金は、売れっ子ほど借金も増えていくため人気と比例して金額は上がる。

ユウキは、この遊郭のNo.3のため相当な額が予想される。

今は、ざっと見積っても億を超えるほどの値段になっていた。人間をお金で買うなど人身売買とやっている事は同じだと思いつつ、行動にうつすことは出来ない。



「俺は、椿に会える時だけが幸せだよ」


そう言って、ユウキは椿に優しく口付けた。


ここの遊郭の大前提のタブーとして、花魁は口付けをしない。もし客からされた場合は、その客は出禁にされるほど固く禁じられている。

それは大体にして、花魁からの報告で分かるため逆に言えば、花魁さえ黙っておけば分からないのだ。


そんな内緒事で、愛を確かめあっている者もいたり、いなかったり。


「名を。名前を呼んでくれ椿」

「ユウキ、様、」



名前を呼ぶくらいどうって事ないと思ったはずなのに、椿の口からは喘ぎ声と空気しか出てこなかった。


「…呼び捨てで良い」

「……ゆ、ユウキ、」

「ははっ。いいな、もっとだ、」



椿に、源氏名といえど名を呼ばれたという事実に心臓を握りつぶされたような気持ちになったユウキ。それを誤魔化すように、行為を激しくする。


「ああ、幸せだ……」


優しい顔のまま、2人は眠りについた。

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