第3話


ここに来てから、10日が経った頃。

ようやくこの時代の暮らしにもなれてきた。


ここは、大正時代。京都の街中にかまえる商家だった。洋装と和装が入り交じる街中で、レンガ屋敷もチラホラと見える。


夜でも眩しく光る商店街の中、一際明るく光る店…遊郭がそこにはあった。

気になりはしたが、そんな事よりも現代に帰る方法を見つけなければ…と思い、いつも素通りするばかり。


本屋や、バイトとして最近働き始めた茶屋に来る客人に、それとなく聞いてみたりはしたが、有力な情報はまったくなく、ならばと、もう一度海へ潜ろうとすれば、女将に自殺をするな、と見当違いな事を言われた。


「なにか悩み事があるのかい?私でよければ聞くから、、もうあんなことはしないでおくれ」

「い、いや…あの…」


ただ試しにやってみようとした事が、女将に涙を流させてしまう羽目になるとは。

結局、現代には帰れないまま、半年がたった。



「椿〜来たよー」

「美千代ちゃん!いらっしゃい」


椿が茶屋でバイトをし始めてから、何度も茶屋に来て椿の話し相手になってくれる美千代。

彼女も良家の娘で、大層なお金持ち。

椿と歳が近い事もあり、プライベートでも仲良くさせてもらっている。


「ねぇねぇ椿さ、遊郭とか興味無い?」

「え、ぇ、、?ゆ、遊郭…?って、女の人が色を売るやつ?」


店主に休憩をもらい、美千代と話をするため店の端っこにある小さな丸机に腰掛ける。

そして話題のネタがまさかの遊郭ということに、焦りと驚きが隠せない椿。

遊郭と言えば今で言うキャバクラとか、ホストのようなものか、とぼんやり思う。この時代の遊郭と聞けば、誰でもまず思い浮かべるのが娼婦と呼ばれる、美人な花魁を思い浮かべるだろう。


「そうそう。でも吉原にね男花魁専門のまきや、っていう遊郭があるんだけど、女の人しか入れないらしいの!」

「へ、へぇ」


なぜそんなことを椿に話すのか。

そんな理由など分かりきったことで。


「1人だと入りにくいからさぁ、あと2人くらい連れて多人数で行きたいの、ねぇ椿…」

「え」

「一緒に行こ♡」


絶対に言われると思った。

椿の手を握って、これでもかとぶりっ子を発動する美千代は誰から見ても可愛い。


「…ぇぇ…」

「おねがーい!1回でいいから、ね?」

「ん〜…」

「じゃあ食事だけでもいいから、ね?」


どうしても行きたいのか、美千代はめげない。

このやり取りをあと10回ほど繰り返し、ついに椿は負けた。


「…はぁ…分かった。ご飯だけ食べたら、もう帰るから」

「やったー!ありがとう椿〜!」


後悔をする間もなく、店主から休憩時間の終了が知らされる。


「じゃあまた明後日、迎えに行くから!」


話したいことを話し終えた美千代も、茶菓子とお茶代を少し多めに払って店を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る