第2話
現在、吉原の数ある遊郭の中でも、男花魁を専門とした遊郭が、注目を浴びていた。
暇を持て余した女たちが、自分だけを愛してくれる男を求めて、ここへやってくる。
そんな彼女達の期待に応えるように、毎日毎日愛を囁き、体を交わらせる。
一見して豪華で自由な生活を送っているように見える花魁だが、そうでも無かったりする。
花魁は、大体にして子供の時に金に困った両親に売られて遊郭へやって来る。そして、遊郭での生活費や売られた時の借金返済が終わるまで、この場所からは逃げることが出来ない。
吉原遊郭「まきや」のナンバー3 嘉山雪(かまやゆき)もまた両親に売られ、この遊郭にやってきた。
雪は、この遊郭で生きてこの遊郭で死んでいくのだろうとしか自分の人生は想像出来なかった。ましてや、心から愛する人など出来やしないと思っていた。
しかし、その期待はいい意味で裏切られた。
雪…源氏名をユウキとして花魁として本格的に色を売り始めて1年ほど経った頃、椿と出会った。
八重樫椿は、当時吉原でも有名な商家の娘だった。いわゆるお嬢様で、遊郭などとは無縁の人物だった。
しかし、友達の誘いでたまたま寄った遊郭で、2人は出会った。
お互いがお互いを運命の相手だと錯覚しそうなほど話は弾み、体の相性は良く、年頃という事を言い訳に、椿もまんまと遊郭にハマってしまった。
「椿…愛している」
彼に、ユウキに名前を呼ばれる度に自分のことが好きになっていく気がした。
けれど、それは気のせいだと思わなければならなかった。
なぜなら、椿はここの人間では無いのだから。
椿は、ここの時代の人間ではなく、現代…つまり平成の時代を生きている人間だった。
椿が現代から昔にタイムスリップしたのは、1年ほど前のこと。
高校2年生の夏の日。
突如としてその時付き合っていた彼氏の浮気現場を発見した。夏休み前にメンタルを崩壊され沈みまくっていた椿。
そのまま夏休みに突入し、友達2人の計らいで気分転換に、と椿と3人で海へ行こうという話になり、海へ遊びに来ていた。
その日は朝から快晴で、ニュースも天気予報のアプリも今日は雨は降らないはずだった。
しかし、運の悪いことにゲリラ豪雨に直撃。夏の天気雨は、短時間に大量に降るため海辺などは水位が上がって特に危険だった。
けれど運が悪いことに、椿は海の深いところまで入っている時だった。泳ぎがさほど得意ではない椿は、必死に浜辺に戻ろうとしたが間に合わず、沖まで流されてしまい、溺れた…というところまでは覚えている。
しかし、次に目を覚ました時は時代劇でしか見ないような服装と建物が周りにはあった。
「あらお嬢ちゃん、目が覚めたかい」
白髪の優しそうなおばあさんが介抱してくれたらしく、椿が目を覚ましたと知って喜んでいた。
「あ、あの、ここは」
「ここは京の端っこだよ。それにしてもお前さん、あんなはしたない格好のまま倒れてたら危ないよ、一体何してたんだい?」
おばあさんのいう、はしたない格好、とはいわゆる水着でここの人たちにとっては下着同様の姿だった。
「え、えっと…そ、それより助けてくれてありがとうございました。助かりました」
「あぁいいよそんな事!」
話を聞く限り、おばあさんの家は商家…今で言う大企業の社長のお家で、お金持ちの家だった。それからしばらく、椿はそこのお家でお世話になることになり、身元も分からない椿のためにおばさんの娘、という事にしてもらい、住まわせてもらうことになった。
「私は千代。この店の女将でね、皆からは女将さんって呼ばれてるよ」
「私は椿と言います。しばらくお世話になります。女将さん」
千代、と名乗った優しい顔をした女将は、社長夫人とは思えないほど気さくで明るい人だった。
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