第41話 ヴァンクレストVSネロ

「ずいぶん老けましたね、ヴァンクレスト先生」


「お前は変わらんのう」


「一度死んだ身なので」


「、、、」


ネロはヘラヘラしながら軽く答えるがヴァンクレストは辛そうな顔をする。


「久しぶりなんで昔話にでも花を咲かせてみましょうか?」


「、、、いや、いい。これからの話をしよう。必死に逃げて殺されるか、必死に戦って殺されるか選べ」


ヴァンクレストは腰に差していた何の変哲もない剣を抜く。だがその瞬間、明らかに辺りの空気が変わる。ヴァンクレストから発せられるとんでもない圧。


ジライヤは息苦しそうにしている。


「ジライヤ、下がっといて。この人は僕じゃないと戦えない」


「御意」


ジライヤはネロの指示通り二人から距離をとる。


「仲間を逃がしたか。だがまあお前を殺した後にすぐ殺すから大して変わらないがのう」


「先生、老体で無理をしない方がいいですよ」


ヴァンクレストからの圧力を押し返すようにネロからも大量の魔力が吹き上がる。


「ふっ、怖いなら正直に言え」


ヴァンクレストもまた魔力を高めていく。



―闇魔法 召喚 百鬼夜行―



四方八方からネロが召喚した数百の魔物たちがヴァンクレスト目がけて突撃してくる。


迫りくる魔物たちを視界にとらえながらヴァンクレストは身動き一つせずに眺めている。そして今にもヴァンクレストに襲い掛かろうとした瞬間やっと彼は動く。



―時空魔法 次元断ち―



ヴァンクレストの横薙ぎの一閃は、剣が通った軌道を削ぎっとった。斬ったのではなく空間ごと消し飛ばしたのだ。これによって身体の一部を失った魔物たちの死体が雨のように辺りに降り注いだ。


「上手く避けたな。お前ごと断ち切ってやろうと思っておったのに」


「本当に僕を殺すつもりなんですね。僕は教え子ですよ?先生」


ギリギリで攻撃を避けたネロが茶化すようにヴァンクレストを挑発する。


「だから最初から殺すと言っておる」


だがヴァンクレストに動揺の色はない。淡々とネロを殺すために動こうとしているだけ。


「本当に出来ますか?」



―闇魔法 召喚 ディアボロス―



ネロの後ろに人型の悪魔が現れる。


「そんな悪魔じゃ、儂には勝てんぞ?」


「わかってるよ」



―覚醒闇魔法 人間失格―



呼び出された悪魔がネロと融合していく。そしてそこに現れたのは悪魔を身に宿し人間を辞めたネロだった。


「なるほど。覚醒にまで至ったか。さすがじゃのう」


「なんだその余裕ぶった言い方。あんたはここで死ぬんだよ!」


ネロはヴァンクレストに向かっていく。


「余裕ぶった?何を言っとるんじゃ?余裕なんじゃよ。圧倒的にな」



―覚醒時空魔法 時と空間のはざま―



「もちろん儂も覚醒しておる」


ヴァンクレストは現実世界から隔離された空間を展開する。


「なんだよ。ここは」


現実から隔離されたその空間は黒と白の四角が交互に規則正しく並ぶ不思議な箱だった。


「ここか?ここは儂のためだけの空間じゃ」


ヴァンクレストは余裕の笑みを浮かべる。


「こんな部屋に閉じ込めて何をする気かと聞いてるんですよ、先生」


「何度言わせるんじゃ。ずっと言っておる。殺すと」


ヴァンクレストの目がすわる。


「いい加減ウザいよ、先生」



―悪魔の鍵爪―



一瞬でヴァンクレストの前まで現れたネロは悪魔の爪でヴァンクレストの腹を突き破る。


「ぐはっ!」


「ほら、こうなるんだって。先生、年月とは恐ろしいですね。あれほど強かった先生がここまで惨めな死を迎えるとは」


ネロはヴァンクレストの腹から腕を抜き、ゴミを見るような目で見下ろす。


しかし時は戻る。


キュルキュルキュルキュル


時間が巻き戻され、ネロとヴァンクレストは再び向かい合う。


「何をした!?」


「わからんかったか?時間を巻き戻したんじゃ」


「はぁ!?」


「言ったじゃろう。儂の思い通りの空間だと」


「まさか、、、」


「ここでの時間は全て儂の思い通りじゃ」


「ははは、なんだそりゃ。まるで神みたいな魔法じゃないか」


「そう言えば年月がどうとか言っておったな。じゃあ少し若返ろうか」


「なに!?」


ヴァンクレストの姿がドンドン若返っていく。


「ちょうどお前に剣を教えていたころぐらいの歳だな」


若返ったヴァンクレストは剣を構える。


「ネロ、お前は剣を使わねーのか?」


「、、、剣を使うのは勇者だ。僕は勇者じゃない!」


「剣も抜かずに勇者と戦えると思っているのか?」


その言葉が言い終わる前にヴァンクレストの剣はネロを真っ二つに切り裂いていた。


「なっ!!??」


「悪い悪い、時間を飛び越えた。この空間だとそのほうが速いんでな。だが身体を真っ二つにされても生きているか」


真っ二つにされたネロの胴体は漏れ出した闇によって再び引き寄せられてくっつく。


「はぁはぁはぁ」


だがそれによる消耗はかなりのものと思われた。なにせネロが肩で息をしているのだから。


「お前を苦しめるつもりはなかったんだ。ここまで頑丈だとは思ってなくてな。だが安心しろ。次は塵一つ残さず消し去ってやる」



―時空魔法 貯蓄引き出し 50年―



ヴァンクレストの剣にとんでもない魔力が集まっていきまるで一本の大樹のようになる。この大きさであれば斬ると言うより押しつぶすと言った方がいい。言葉通りヴァンクレストはネロを塵一つ残さず消すつもりなのだ。


「くそぉぉぉぉ!!!」


ネロはその場でヴァンクレストの魔力に跡形もなく押しつぶされる。


ネロの死を確認したヴァンクレストは『覚醒時空魔法 時と空間のはざま』を解除し、現実へと戻ってくる。


「はぁはぁはぁ」


現実に戻ってきたヴァンクレストは元の老人に戻っていた。ヴァンクレストが時間を自由にできるのは現実の時間から隔離された『時と空間のはざま』の中だけ。そしてそこで巻き戻した時間は現実の自分に還ってくる。


急激に老けて行く自分にヴァンクレストは再び魔法をかける。



―時空魔法 貯蓄引き出し 100年―



ヴァンクレストは消費した時間を自分の貯蓄から補填する。


「はぁはぁはぁ、まったく。せっかく溜めた貯蓄を使い切ってしまったわい」


ヴァンクレストの時空魔法は歴史上もっとも稀有な魔法とされている。


ヴァンクレストの『時空』は一つの属性で二つの事象を操るからだ。時間と空間、これによりヴァンクレストは勇者を引退した後もイームス最強の男として君臨している。彼が本気を出せば国など簡単に滅ぼされてしまうことから国も彼の意見を無視できないでいるのだ。つまり王たちにとって最も邪魔な目の上のタンコブともいえる。


だが必要でもある。なぜならばヴァンクレストの存在は他国への牽制にもなるからだ。


ヴァンクレストは自分の魔力を時間に変換する。だから彼は魔力を貯蓄して自分に時間を与えて来た。


ヴァンクレストの正確な年齢は知られていないが、ヴァンクレストが勇者として歴史に登場したのは約500年前と言われている。


師匠としてネロを育てていたのは今から200年以上前だ。


ヴァンクレストは自分の生を延ばし続けて、本物の勇者を待っていた。それは彼にとっての勇者との約束だったから。一時はネロがそうなのでは思っていたこともある。でも闇属性であったために命を落としてしまった。


またヴァンクレストの長い旅が始まる。いろいろな勇者を育て見送って来た。そして遂にロイドという少年に出会う。だが彼もまた魔力がないということに絶望し勇者への道を諦めてしまった。


ヴァンクレストは魔法を恨んだ。自分の教え子たちをことごとく不幸にしていく魔法を。だがその魔法の恩恵を一番受けているのも自分だ。いっそこの魔法をロイドにあげられたらと何度も思った。


ロイドに諦めろと言ったのはヴァンクレストだ。だが結局諦めきれなかったのもヴァンクレスト。


彼はロイドが勇者になれる可能性を探し続けた。そして希望を感じたのがヒノモト国のサムライが使うオドだ。


だからヒノモトの交換留学生としてジロウを呼ぼうとした。


「ロイドにだけはずいぶんとお優しいようで」


背後からネロの声が聞こえた瞬間にヴァンクレストの右腕は斬り飛ばされていた。


「なに!?」


「今更驚くことでもないでしょう。現に僕は200年以上前に一度死んでいるんですから。一度蘇ったのなら2度目も3度目ももちろんあるでしょう?」


間違いなく死んだはずのネロは何事もなかったようにそこに立っていた。


ヴァンクレストは自分の目を疑う。


「不死の呪いですよ。僕は死ぬことさえできないんですよ」


「契約したのか?冥府の王と、、、」


「はい、しちゃいました」


あっけらかんとネロは答える。


「死んでも死なない?それがどんな地獄かわかって言ってるのか?ネロ」


ヴァンクレストが声を絞り出す。


「僕にとっては全てが地獄だよ。地獄の質が変わったところで関係ない」


「そうか。儂はお前をそこまで追い詰めてしまったんじゃな。じゃあせめて寂しくないように一緒に死んでやろう」


ヴァンクレストは哀しそうにネロを見て微笑む。


「先生、ボケてるのかい?僕は死なないんだよ」


呆れたようにネロがヴァンクレストに言った。


「それはどうかのう」


ヴァンクレストは不敵な笑みを浮かべる。



―超越時空魔法 時と空間の王―

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