第28話 ゲイルも来ますよ

ロイドたちがヒノモト国へ向かった翌日。ゲイルは学園長に呼ばれていた。


「何か用かよ!ジイさん!」


学園長室でゲイルを待っていたのはもちろん学園長ヴァンクレスト・ヴォ―ゲンである。


「相変わらずお主は全く目上の者に対する敬意がないのう。それに何で毎回そんなに不機嫌なんじゃ。怖いんじゃけど」


ヴァンクレストは今となっては好々爺といった感じであるが、さすがにここまで偉そうな口を利くのは学園広しといえどゲイルとロイドぐらいだ。


「休み中に呼び出されたら不機嫌になるに決まってんだろ!」


「休みじゃないときに呼び出しても不機嫌じゃろ、お主」


「うるせぇな!さっさと要件を言え!殺すぞ!」


「怖いからすぐ殺すぞとか言うなて!えっとじゃな。儂とヒノモト国の将軍、そしてイガの里の里長は古い友人なんじゃ。だが10日ほど前、イガの里長の反応が途絶えた。前から体を壊しているとは聞いていたが、完全に生命反応が消えた。それなのにイガからの連絡がない。すぐにヒノモトの将軍にも連絡を取ってみたのじゃがそちらも反応がない。じゃからお主に何が起きているのか確認してきてもらいたい」


「なんで俺なんだよ」


今日一に不機嫌そうな顔でゲイルが聞き返す。


「儂はこの学園の結界を維持するためにここを動けん。ミユキに頼もうと思ったのじゃが、ミユキとも連絡がとれんのだ。おそらくこの王都にはいないようだ。という訳で生徒会副会長のお主に行ってもらいたいのだ」


「めんどくせーな。自分で行けよ」


「じゃから結界を―


「あんたなら何とかなるだろ。そんなもん」


生意気な口はきくがゲイルはヴァンクレストの力をしっかりと理解していた。


「、、、確かに結界を維持したまま儂が外に出る方法はある。じゃがその準備にはしばらく時間がかかる。今は一刻を争うのじゃ」


「じゃあ霊刀カグツチをよこせ。ジジイが持ってんだろ?」


霊刀カグツチとはかつて一国を焼き尽くしたと言われる炎の精霊が封印されている刀である。


「、、、わかった。やろう。前払いじゃ。カグツチは持っていけ」


「はぁ!?マジでくれんのかよ!」


断るために無理な条件を出したはずだったゲイルは逆に驚いた。


「あれは上位精霊じゃが人の言うことを聞くものではない。見方によってはもっとも純粋な精霊とも言える。じゃがお前なら何とかなるじゃろ。なんかお前の方がヤバそうじゃし」


「あん!?」


ゲイルはヴァンクレストを睨みつける。


「だから怖いっつーの!」


「返さねーぞ」


「ああ、構わん。だから頼む」


「ちっ!わかったよ」


珍しく真剣な目をするヴァンクレストを見てさすがのゲイルも折れる。こうしてゲイルは嫌々ながらもヒノモト国を目指すことになった。





そして今、ゲイルはタカビヤ山脈を登り始めていた。登るにつれ気温は下がってくるがそんなもの炎を操るゲイルにとってはなんてことはなかった。


だがそこまでやる気のないゲイルは早々とテントを組んで、火を起こす。そして早速夕飯を作り始める。


実はイメージに合わないがゲイルの料理の腕はプロ並みである。山を登る途中で仕留めた動物や摘んだ香草、あとは帝国で買っておいた調味料を使ってスープを作る。


鍋いっぱいのスープを煮込んでいる間、別の場所にも火を起こして香草を揉みこんだ肉を焼く。そしてそろそろスープもいいころかと鍋の方に戻ってくると、鍋に頭を突っ込んでいる何かがあった。


とりあえずゲイルはその何かを鍋から引き上げる。


「ちょ、ちょっと何するでやんすか!もっと食べたいでやんす!久しぶりのごちそう!」


ゲイルに首根っこを掴まれたそれは手足をジタバタさせていた。よーく見ると小さな子供だ。


「なんだ?お前」


「あっしはサスケでやんす!」


子供はなぜか堂々と元気よく名乗る。


「ん?その恰好シノビ装束か?てことはガキ、お前シノビか?」


サスケの姿は書籍に記されているシノビの恰好そのものだった。


「その通り!あっしはシノビでやんす!」


これまた元気に答える。


「そんなシノビのガキがなんでこんなところで人の飯を食ってやがるんだ?」


「実は―


「まあどうでもいいか。さっさとどこかいけ!」


「え!?あの、、、気にならないでやんすか?」


さっきまでの元気はどこへやら、サスケはポカンとしている。


「大してな。まあ一言で済むレベルの理由なら言えよ」


「それはそれは複雑な事情が―


「じゃあいい」


「え?ここは前のめりで聞いてくれるところでやんしょ!」


「全く興味がない。他のやつを探せ」


「でもこんな山奥に他に人なんて。それにあっしお腹もペコペコで。このままだと野垂れ死ぬのではないかと、、、」


「知るかよ」


「薄情でやんす!悪魔の所業でやんす!あっしは子供でやんすよ!」


「だから知るかよ。俺はイガの里とヒノモト国に行ってさっさと帰りたいんだよ」


「え!、、、イガの里にはきっともう何もないでやんす」


急にサスケの元気がなくなる。


「はぁ!?イガの里に何もないってどういうことだ?」


「あいつが全部消してしまったんでやんす」


悔しそうな顔でサスケが言う。


「あいつってなんだ?」


「一人でイガの里に攻め込んできた男でやんす」


ゲイルは悪そうな笑みを浮かべる。


「気が変わった。イガの里に何があったか話せ」


「え?興味ないんじゃ!?」


「気が変わったって言ってんだろ!さっさと話せ!」


「わ、わかったでやんす!」


それからサスケはイガの里で何があったのかを話し出した。





イガの里はシノビが暮らす里。戦闘民族とされるシノビは日々技を磨き、その技を売る。暗殺、諜報、そして戦争においては傭兵として。

依頼さえあればどんな国にでも味方する。表立っては知られていないが、各国の上層部で知らない者はいない。時には戦争を起こしている二国の両方に派遣され、味方同士で敵対することさえある。

シノビは依頼のためなら私情の一切を捨てる。それがシノビの絶対の掟。いやそれは定めるまでもないシノビたちにとって当たり前のものだった。


だがイガの里が唯一敵対しない国がある。それが唯一の同盟国ヒノモト国だ。


ヒノモトのサムライとイガのシノビは遥か昔から共に戦って来た。有事の際シノビはサムライの下に就くことになっているが、基本的に力関係は対等である。


『決して裏切らない。たとえ裏切られたとしても』


これが数百年前から結ばれている盟約だ。この盟約に契約魔法の類の拘束力はない。故にこの盟約を破ったところで何の罰も受けない。だが歴史上この盟約が破られたことは一度もない。


ただ盟約が破られそうになったことは一度だけある。ヒノモト国の将軍を殺し、自分が将軍になろうとしたシノビがいたのだ。


名前はジライヤ。イガの里始まって以来の大天才と言われた男だ。その実力はすさまじく、身体能力、魔力共に右に出る者はいなかった。


シノビの戦闘方法は勇者とは異なる。サムライやシノビは生まれながらの身体能力がずば抜けていることと引き換えに魔力量の多い者が生まれずらい。


だからこそ彼らは足りない魔力にオドを混ぜるという戦闘方法を編み出した。更にシノビは隠密に特化するために、魔力とオドのオンオフを極めたのだ。魔力もオドもそんなに大きくはない。だからこそ一瞬にかけた。ほんの一瞬だけ、瞬間最大出力を上げるための技。敵を屠るその一瞬だけ、その瞬間だけは誰にも負けないように。


だからシノビは必殺の瞬間までは魔力もオドも纏わない完全無防備な状態で敵と向き合う。

必殺の一撃まで彼らは身体能力のみで戦う。


だがそんな一族の中にイレギュラーな存在が生まれる。サムライ、シノビの歴史の中で初めての大量魔力保持者が生まれたのだ。


それがジライヤ。身体能力、魔力、そしてオド。全てにおいてずば抜けていた。そしていつしか種族や盟約なんてものに疑問を持ち始めた。


彼にとって目に映る全てが弱者に見えたのだろう。それはヒノモト国の将軍でさえも。


そして思った。なぜ自分より弱いものの下に就かなくてはいけないのか。だからこそ思うがままに動いた。自分こそが王に相応しいと信じて疑わなかったから。


ジライヤは里を抜け、将軍を暗殺しようとした。


だがジライヤの将軍暗殺は成功しなかった。


遥か昔から続く盟約を破ろうとするジライヤはサムライとシノビその両方から命を狙われ、殺された。サムライとシノビは世界に名を轟かす戦闘種族だ。いくら規格外の天才と言えど、さすがにたった一人で全てを相手に出来るわけがない。


そう、その時に死んだはずだった。だがジライヤは死を偽装して生き残っていた。そして再び国を獲るために動き出したのだ。


まずはイガの里で兵隊を集めることにした。前回と同じ轍を踏まないために。数を集めることにしたのだ。


イガの里はあっという間に空にされた。まるで手品のようにジライヤによって里のシノビたちは消されていった。


唯一里の外に逃げられたのがサスケだ。


サスケは里長の子。イガの血を守るために逃がされた。両親は自分を守って目の前で消された。そこからも血を残すために他のシノビたちもサスケの盾となって次々と消えていった。


自分のために大好きな人たちが次々と消えていく。正直自分も一緒に消してほしかった。でもそれじゃあだめだ。それじゃあみんなに合わせる顔がない。だから必死に逃げた。サスケにとって生きることはもう呪いのようなものだった。


「なるほどな。人が次々消えたんならジライヤってのは空間属性の魔法を使うのかもな」


「うっぐ、うっぐ」


話してるうちにサスケは泣きだしていた。


「泣くな。うるせぇ」


「ひっぐひっぐ」


サスケは歯を食いしばり、必死に涙を拭う。


「で、お前はどうしたいんだ?」


「皆を助けたいでやんす!」


「いや、もう全員死んでるだろ」


「いや、きっと生きてるでやんす!そんな気がするんでやんす!」


「、、、確かに。普通に殺すんじゃなく消したって言うんだから、何か意味はあるのか?そもそも国盗りを一度しくじった男が恨みで里を襲うならむごたらしく殺したいはずだ。もう一度国を獲ろうと思ったなら、前回の失敗を反省して兵隊を欲しがるか」


ゲイルは考えだす。


「殺すのではなく傀儡にする術でもあるのか?でもそれでどうする?ヒノモトに攻め込む?ジリ貧だな。なんかしっくりこない。しばらく姿を隠していた割に大したことない作戦だ。他に目的があるのか?」


「剣士のアニキ、どうしたんでやんすか?」


「俺の名はゲイルだ」


「あ、失礼したでやんす!ゲイルのアニキ!」


「俺はこれからイガの里に向かう。お前が里の中を案内しろ」


「一緒にいていいんでやんすか?」


「そう言ってるんだ。何度も言わせるな」


「あ、ありがとうでやんす!」


「その代わりしっかりとイガの里を案内しろ」


「も、もちろんでやんす!」


こうしてゲイルとサスケは行動を共にすることになった。

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