第25話 去っていったジロウ
2週間前、勇者科が魔物討伐に駆り出されていた時、ジロウは魔物討伐への参加を許されず、部屋で一人険しい顔をしていた。
「ジロウ様。本国から書簡が届きました」
「、、、何と書いてあった?」
「即刻帰国せよと」
「もうか。やっとロイドに会えたというのに、、、」
ジロウはそもそも交換留学生として国を出ることなど許されない身分であった。彼女はヒノモトを治める将軍の一人娘だからだ。つまりヒノモトの姫なのだ。
だがジロウには将軍家一の剣の才があった。兄が一人いたが、身体が弱く、剣や戦の才能は全くなかった。だからジロウは男児として育てられてきた。ヒノモトでは女が戦場に出ることは不吉とされているから。
そしてジロウは剣の腕をメキメキと伸ばして行った。ジロウ自身も剣が好きだった。誰にも負けない自信があった。夢はヒノモト一のサムライ。その夢に一切の曇りはなかった。だがある日彼女は出会ってしまった。
ロイドという眩しすぎる光に。その日からジロウの夢は変わった。それはいつかロイドに勝つこと。
だが15になったころからロイドが国外の大会に参加しなくなった。彼女はどうしてもロイドと戦いたかった。その時に飛びついたのはイームスとの交換留学制度。
本来なら王族は対象外だ。まあごり押しすれば参加することはできるが、ジロウには絶対に無理だった。
本国であればどうとでもごまかしがきくが、他国ではそうはいかない。留学生はイームスで様々な審査を受けなければならない。
つまりジロウが女であることがばれてしまう。イームスでは問題ないが、ヒノモトではジロウが女だとわかれば戦場に出ることはできなくなる。
同盟国で女と判断されれば、国内でもごまかしがきかない。
それでもジロウはイームスに行くと言ってきかなかった。そこで父である将軍はジロウに条件を出した。
戦場に出られ無くなるならば嫁に行けと。
嫁に行く先は決まっていた。帝国とヒノモト国の国境線にそびえるタカビヤ山脈。ここにはシノビと呼ばれる者たちが里を築いており、遥か昔からヒノモト国と同盟を結んでいる。里の名はイガ。
将軍家に女児が生まれればその娘はイガに嫁ぐことが習わしとなっている。
ヒノモトが難攻不落の国である理由には国に入る前に山脈を超えないといけないこと。そしてそこには地形を知り尽くしたシノビの一族がいるということが大きい。
イガはヒノモトを攻撃させないように戦い、ヒノモトはイガに物資を提供する。これが遥か昔から続くシノビとサムライの在り方なのだ。
つまり今回のヒノモト国からの呼び出しはイガの里長との婚姻が決まったことを意味する。もちろんジロウも覚悟の上のことだったが、正直思ったよりもずいぶん早かった。
「はぁ、それにしてもなんでこんなに突然」
「わかりません。ただ婚姻が決まったからすぐに帰ってこいとだけ」
「そうか。ロイドたちは今魔物討伐。どうやら別れの挨拶も出来なさそうじゃ」
「姫様、もし姫様が望まれるのであれば!」
「それ以上言うな、アカネ。サムライが一度した約束を反故にすることはあってはならぬ」
アカネはジロウが物心ついた時からずっとそばについている侍女だ。
「しかし!」
アカネは悔しそうな顔をするが、ジロウの顔はどこか清々しいものだった。いや、清々しいというのとは違う。諦めきった表情だ。
「別れの手紙だけ置いて行くとしよう」
「よろしいのですか?」
「よい。儂の勇者にもう一度会えた。そして戦うことまでできたんだ。十分満足じゃ」
*
「はぁ!?ジロウがヒノモト国に帰った!?留学期間は一年だろ!」
ジロウが暮らしていた寮の寮母にロイドが詰め寄る。
「そうだ。あんた宛てに手紙を預かってるよ」
これ以上寮母に詰め寄ってもどうにもならないと諦めてロイドは手紙だけ受け取って寮を後にする。
何が何だかわからないロイドは部屋に帰ってとりあえず手紙を読むことにする。
そこには今回の件について正直に書かれていた。そしてロイドに会えた喜び、ロイドへの感謝、そして本気で戦えたことがどれほど嬉しかったかも。
「おい、いるんだろ!入って来いよ、ニニカ!」
手紙を読んでからしばらく黙っていたロイドだが扉の外に気配を感じ、声を上げる。
「やっぱしバレてたか」
そう言いながらニニカが部屋に入ってくる。
「何の用だ?」
「わかってるでしょ。ボクもジロウちゃんの寮に行ったんだよ」
「そうか。あいつは行っちまったみたいだ」
「追いかけないの?」
「なんで?」
「なんでって友達じゃないか!」
「あいつ自身が納得してることだ。追いかけてもどうしようもない」
「何からしくないよ」
ニニカは少し不機嫌そうにロイドに言う。
「らしくないって何がだよ」
ロイドも不機嫌に返す。
「ボクにも手紙を読ませてよ」
「、、、ほらよ」
ロイドは少し考えたがニニカに手紙を渡す。手紙の中にはロイドへだけでなくこの学校で出来た友達へ向けての言葉も書かれていたから。
「ふむふむふむ」
「わかっただろ。俺たちにはどうすることも出来ねーよ」
「ここに書かれてるのがジロウちゃんの気持ちの全てならね」
「え?」
―おいで、メッフィ―
『ちーす!姉さん!』
ニニカは従属契約を結んだ悪魔を呼び出す。すっかり牙を抜かれてニニカに媚を売るだけの残念な悪魔に成り下がったメフィストだ。フォルムもニニカ好みの可愛いぬいぐるみのようになっていた。セトに憑りついていたころの面影は全くない。
「メッフィ、この手紙に残る残留思念を聞かせて。ジロウちゃんがどんな気持ちでこの手紙を書いたのか」
『おっけーっす』
すると手紙から絞り出すようなジロウの声が聞こえて来た。
―もっと一緒にいたかったよ、ロイド。もっともっと強くなってロイドの横で一緒に戦いたかった。勇者として。ニニカ、ミユキ、ミル、もっと一緒にいたかった。もっともっと仲良くなりたかった。もっともっともっと―
その声は涙声のようにも聞こえた。もちろんそんなことはあり得るわけない。相手は誇り高いサムライ、ジロウ・ササキだ。そうなのだが、どうしてもロイドにはそう聞こえてしまった。
「どうする?ロイド君」
答えなんて決まっている質問をニニカはする。それでもロイドに言ってほしかった。だってジロウは他の誰でもないロイドの言葉が欲しかったはずだから。
「今日から夏休みだよな。暇だからヒノモト国に旅行でも行くか。ちょうどジロウもいるみたいだしな。案内させて一緒に帰ってくるか」
「ふふ、いいね。賛成!」
ニニカは嬉しそうに手を上げる。
「私も行くわ。さっきのジロウの声私にも聞こえちゃった」
外で話を聞いていたミユキが部屋に入ってくる。
「ミユキもか。じゃあさっさと行って、夏祭りまでには帰ってくるぞ。夏祭りは皆で行かないとつまらないからな」
「うん、夏祭りのダンス大会にはボク、ミユキちゃん、ジロウちゃんの美女三人で出場して優勝する予定だったから」
「確か優勝賞品は焼肉バイキング食べ放題だったわよね?焼肉バイキング食べ放題、もうそろそろ行きたくなってきたところだったわ」
「ボクもだよ!これが焼肉バイキング食べ放題の不思議なんだね!」
「じゃあ決まりだな。まあ俺は全然食べ放題いきたくねーけど」
ロイドたちはその日のうちに準備を済ませ、翌朝ヒノモトへ向かこととなる。だが街を出る前に4人目が待ち伏せていた。
「お兄!ミルも連れてって」
ミルが駆け寄ってくる。大きなリュックを担いで準備もバッチリのようだ。
「朝はやけに静かだなと思ってたけど、先に出てたのかよ」
「ミルもジロウちゃんのお友達だもん!」
「へへへ、じゃあ夏祭りはミルちゃんも含めて美女4人でダンス大会出場だね!」
4人揃ったところで今度こそロイドたちはヒノモトに向けて出発する。
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